連載|南アフリカ旅行記
LOUNGE / TRAVEL
2020年4月9日

連載|南アフリカ旅行記

第2回「ヨハネスブルグを旅する-1 自然と文化と」

海外旅行はおろか、外出さえままならない今。だからこそ、平穏が再び訪れる日を夢見て、憧れの地に思いを馳せる。それもまた、旅好きができる“STAY HOME”の粋な心やりになるはずだ。それでは、大いなるアフリカ大陸への旅へ出るとしよう。成田からは、およそ18時間の空の旅。香港を経由し、ヨハネスブルグに到着する。ここは南アフリカ共和国最大の経済都市だ。多種多様な民族約390万人が暮らす同国最大の街でもある。金鉱が発見されゴールドラッシュが起きた1886年以降、急速に発展。今でもここは金融と経済の中心地だ。多くの人が行き交い、活気にあふれている。人が集まると、そこから音楽、演劇、アートなどのエンターテインメント・カルチャーが生まれ、熟していく。ヨハネスブルグが見せてくれる独自文化とは。

Text by MAKIGUCHI June

南アフリカを肌で感じられる場所へ

経済の中心というだけでなく、ヨハネスブルグは文化の中心地でもある。それを体感したいなら劇場や美術館を訪れるのもいいだろう。だが、せっかくここまで来たのなら、エスタブリッシュされたものよりも、人々の息遣いが体感できる生きた文化に触れたいと思う人も多いはず。そこでぜひ楽しみたいのが、街中にある市井の人々の文化だ。

車からの移動中も、楽しめるのがストリート・アート。カラフルなグラフィティ・アートがそこかしこに描かれている。特に街中では、政治的なメッセージを持つネルソン・マンデラら社会的英雄の顔や、多国籍企業の商品など、写真を使った看板よりも手書きの画を多く目にする。それらを見つけるたびに胸が躍り、車窓からの景色にすっかり夢中になってしまう。まるで、青空ミュージアムといった趣だ。

手書きサインが多いのは経済的な理由によるのかもしれないが、特徴を見事に捉えて描かれている似顔絵や、オリジナリティ溢れる装飾がなされた商品、文字などを眺めていると、アフリカの人々が持つ人間力とクリエイティビティを感じずにはいられない。
より深い南アフリカの文化に触れるなら、アパルトヘイト時代に黒人が隔離されていた居住区、タウンシップを訪れるといい。
トタンの小屋がひしめくタウンシップ
南アを代表するタウンシップとして注目されている地区ソウェトは、ヨハネスブルグの南西に位置する。中心地からは車で1時間ほどだ。

その成り立ち自体が南アの歴史そのものなのだが、現在は真の南アフリカ人らしさやその暮らしに直接触れることのできる貴重な場所として、多くの観光客を魅了している。辻々には果物や雑貨といった生活必需品が広げられたワゴンや、青空ヘアサロンなど多様な商売がとてもシンプルなスタイルで営まれている。
トタン屋根の小屋がひしめくエリアには、アパルトヘイト政策により白人が暮らすエリアから締め出されていた頃の風景が色濃く残っている。だが、質素な外見から想像できないほど内部では豊かな暮らしが営まれていることもあるという。多くの家に大きなパラボラアンテナが建てられていることからも、現代的な暮らしがそこにあることが伺える。こんなユニークなギャップも南アフリカらしさなのかもしれない。最近は、タウンシップ内の宿泊施設にステイしたり、レストランで伝統料理を味わったり、自転車でエリアを巡るサイクリングツアーも人気だという。
エリアによっては、近代的な邸宅が並ぶ。急速に発展が進むフィラカジ・ストリートはその典型だ。ここには、長期の拘束から解放されたネルソン・マンデラが家族とともに住んでいたマンデラ・ハウスがあり、博物館として開放されている。当時の様子そのままに家具や写真、装飾品などが残されていて、暮らしぶりがうかがえる。ヨハネスブルグ観光のハイライトのひとつだ。マンデラ・ハウスの存在により、多くの人が訪れるようになったフィラカジ・ストリートは、ここ数年で多くの洗練されたレストランや店舗がオープンし市内有数の人気スポットとなった。
このタウンシップの近くにあるのが、サッカーシティ・スタジアム(FNBスタジアム)だ。2010年、アフリカ大陸初のサッカーワールドカップである南アフリカ大会の開幕戦と決勝戦の会場になった競技場だ。1987年に旧スタジアムが建設され、マンデラが27年の獄中生活から解放された90年に初めて大衆の前に姿を現した歴史的場所でもある。建設から20年ほど後、同じ場所に再建されたのが現スタジアムだ。

新しい南アフリカの象徴になることを願って建設されたというだけあり、モチーフはアフリカ原産のひょうたん「カラバッシュ」。丸みのあるフォルムに、8つの色を使ったコンクリートパネルがはめ込まれている。それらが作り出すモザイク模様は、アフリカの多様性を表現しているのかもしれない。実はサッカーシティ・スタジアムは、2013年12月5日に亡くなったマンデラ元大統領の公開追悼式が5日後に行われた場所でもある。市民に親しまれているランドマークのひとつ。いや、きっとそれ以上の存在に違いない。
このように歴史や文化を楽しむことのできるソウェト体験は、ヨハネスブルグという街を、ひいては南アフリカを知るための入り口と言えるだろう。
行政の首都プレトリアを抱くツワネもヨバネスブルグ中心部から北へ約50kmに位置し、車で1時間弱のロケーション。プレトリアと言えば、10~11月に一斉に咲き誇る紫色の花ジャカランダが有名で「ジャカランダ・シティ」の異名を持つ。もともとはブラジルから運ばれたが、今ではおよそ7万本が市中に植えられ、シーズン中は町中を美しい淡い紫色に染め上げる。桜を愛でる文化を持つ日本人には殊のほか人気だという。残念ながら、今回の旅では見ることができなかったが、次回はぜひタイミングを合わせて、一斉に咲き誇る花を見に来たいもの。毎年、当たり前のように享受していた満開の桜を楽しむ機会を失った私たちにも、10月に花開くジャカランダを愛でるチャンスはまだ残されている。
© 南アフリカ観光局
また、長く複雑な歴史を持ったことで、時代の変遷を感じさせる古い建築物も残されている。プレトリアには植民地時代の影響が色濃く残っており、アール・デコや南アフリカ独自の要素が加わった建物を探訪するのもひとつの楽しみだ。重要な政府機関が集まるユニオン・ビルディングス、開拓者の歴史を称える国定史跡の記念堂フォートトレッカー・モニュメント、南アフリカ大統領の公邸マハランバ・ンドロフ、南アフリカ準備銀行、ロフタス・ヴァースフェルド・スタジアム、南アフリカ国立劇場などを巡ってお気に入りを見つけるのもいい。
また、第1回でも紹介した、「自由への道のり」をテーマに造られたフリーダムパーク
も建築好きには興味深いだろう。丘の上には英雄たちを悼むかのように、装飾を排除したシンプルな近代建築が厳かに佇んでいる。
ここに歴史を学びに訪れたなら、ぜひゆっくりと散策することも忘れずに。南アフリカが平和を勝ち取った軌跡がわかりやすく展示されているハボ・ミュージアムを抱くこの公園の庭には、犠牲となった人々の名前が刻まれた壁が立ち並ぶ。哀しくもあるが、その一方で固有の植物が生命力いっぱいに生い茂っていて美しい。
今ある穏やかな日々が多くの命を代償としたという事実を忘れないという決意を静かに示しているかのような、とても神聖な場所だ。ツワネはヨハネスブルグとともに、この国のハートとも言うべき街。旅をするなら外せない。

南アフリカの歴史、文化、そして自然を肌で感じられる場所へと、ぜひヨハネスブルグを拠点に旅してみて欲しい。
第3回「ヨハネスブルグを旅する-2 美食巡り」に続く
南アフリカ観光局
http://south-africa.jp/
                      
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