MOVIE|映画『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』独占試写会リポート!
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2015年2月23日

MOVIE|映画『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』独占試写会リポート!

MOVIE|映画『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』独占試写会リポート!

菊地成孔氏によるスペシャルトークイベント(1)

ゴンドリー監督、原作者ボリス・ヴィアン、そして映画の魅力について語る

去る9月17日(火)、OPENERS読者だけを特別招待して開催された、映画『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』の独占試写会。儚くも美しい、愛の物語を堪能したのちに、菊地成孔氏が登壇。本作の魅力を余すことなく語ってくれた。

Edited by TANAKA Junko (OPENERS)Special Thanks to PHANTOM FILM

ビョークのミュージック・ビデオが長尺で観られる映画!?

最近はフランス映画が活況ですよね。アカデミー賞を受賞した『アーティスト』しかり、『最後のマイウェイ』しかり。それから、本作に出演しているロマン・デュリス主演の『タイピスト!』、おなじくオマール・シー主演の『最強のふたり』……。ウディ・アレンもパリで撮影をしたりしていますしね(注・2011年製作の『ミッドナイト・イン・パリ』)。

ムード・インディゴ~うたかたの日々~独占試写会 02

ムード・インディゴ~うたかたの日々~独占試写会 03

『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』は、まさにそのいい流れを象徴する作品になると思います。フランスでは教科書に掲載されるほどの名著であるボリス・ヴィアンの原作を、満を持してミシェル・ゴンドリーが監督したことで、期待している方もたくさんいらっしゃるでしょうね。

ゴンドリーの名を世界に知らしめたのは、みなさんもご存知のとおり、1993年に手がけたビョークの「ヒューマン・ビヘイビア」のミュージック・ビデオ(以下、MV)。圧倒的な映像美でインパクトを与え、ビョーク自身も名を挙げました。ビョークはマイケル・ジャクソン以降、MVを味方につけたアーティスト、という見方もできると思います。

「ヒューマン・ビヘイビア」のミュージック・ビデオ
 

今回の『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』は、われわれに鮮烈な印象を与えた、あのビョークのMVが長尺で観られるという、とても贅沢な体験をもたらしてくれる作品です。そういう意味でも、ゴンドリーファンにとっては原点回帰として観られる格好の作品ではないでしょうか。

ゴンドリーはリュック・ベッソンのように、アメリカに住みながらフランスの資本で映画を撮るというようなスタイルをとりますが、かつてフランスのロックバンド「ウィ・ウィ(Oui Oui)」にドラマーとして在籍していたり、もともとは音楽畑の人間なんです。だからこそ、今回の映画も音楽が本当に素晴らしいし、楽曲は彼のバンド仲間である、エティエンヌ・シャリーが担当しています。

ボリス・ヴィアンの波乱に満ちた人生

話を原作に戻しましょう。1947年に出版されたボリス・ヴィアンの『うたかたの日々(L’Ecume des jours)」は、「永遠に翻訳不可能だ」と言われながらも、何度も翻訳され、出版されつづけています。わたしが知っている限りでも5~6冊ほどありますが、最新訳は野崎歓さんによる『うたかたの日々』(光文社出版)です。これから先、10年経っても翻訳されつづけるんでしょうね。日本ではこのタイトル以外に、「日々の泡」とも訳されていますが、アメリカでも「ムード・インディゴ(Mood Indigo)」や「フロス・オン・ザ・デイドリーム(Froth on the Daydream)」、「フォーム・オブ・ザ・デイズ(Foam of the Daze)」などさまざまなタイトルで出版されているようです。

ヴィアンは1920年に生まれ、1959年に39歳という若さでなくなっています。言うまでもなく、人生の中盤で第二次世界大戦を体験しているんですね。2009年が没後50年、2010年が生誕90年ということで、この時期はヴィアン関連の刊行ラッシュが起きて、ちょっとした話題になりました。長い間ファンが待ちわびていた、彼のジャズ批評集『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』(シンコーミュージック)も翻訳されましたしね。今日はその時期に購入した書籍をいくつかお持ちしました。

彼は日本で言うところの、『スウィングジャーナル』のようなジャズ雑誌『ジャズオット』で、ずっとジャズ批評を書いていたんです。小説家、俳優、トランペッター、ジャズ批評家などの肩書きを持つ“マルチ・アーティスト”ですよね。いろいろな肩書きがありますが、ジャズで繋がっていた部分が大きいと思います。

その後、彼はとても衝撃的な形で人生の幕を閉じるんです。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、自身の著書『墓に唾をかけろ(J’irai cracher sur vos tombes)』の映画の試写会で亡くなりました。このころ彼の身体は、連日の夜遊びや精神的疲労でかなりのダメージをくらっていたようです。この『墓に唾をかけろ』のエピソードは、非常に興味深いんですよ。

当時フランスで流行りはじめていた、アメリカのハードボイルド小説を翻訳するように依頼されたヴィアンは、「翻訳するぐらいなら、自分で書いた方が早い」と言って、『墓に唾をかけろ』を短期間ででっち上げ、黒人脱走兵と名乗って出版させたんです。それが当時、爆発的に売れて、虚名に苦しめられた。その作品が原作の映画なので、もちろん映画化へは反対だったんです。そして、友人に無理やり連れて行かれたその試写室で、開始早々に心臓発作を起こして亡くなりました。

MOVIE|映画『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』独占試写会リポート!

菊地成孔氏によるスペシャルトークイベント(2)

ゴンドリー監督、原作者ボリス・ヴィアン、そして映画の魅力について語る

「幸福な時間が長くつづいていてよかった」

じつは原作の『うたかたの日々』は、1968年にも映画化されていて、ぼくは個人的にその作品も好きでした。物語の鍵を握る“ピアノカクテル”や、クロエの胸に咲く“蓮の花”が印象的に登場します。CGがない時代だからこそ、と言えるのかも知れませんが、非常にサイケデリックな作り方でしたね。今回の『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』をきっかけに、この旧作もみなさんが楽しめるようになったらいいですよね。DVDが発売されたらいいのですが……。

小説では前半の方で、クロエが肺に花の咲く病を発病してしまって、残りのストーリーはそれに悩まされていくんです。今回この映画を見てまず思ったのは「幸福な時間が長くつづいていてよかった」ということですね。そこにゴンドリーの作家性を感じました。

原作を忠実に再現している作品ですが、映画としての流れを滑らかにしている、ゴンドリーなりのアレンジがいくつかありました。特にコラン専属の料理人であるニコラ。原作では英国紳士ですが、今回は『最強のふたり』に出演していた黒人俳優、オマール・シーが演じていて、クラブやパーティといった夜の遊びに長けているという設定にしています。そうすると、彼の妹役である女性も必然的に黒人の女性になる。

ムード・インディゴ~うたかたの日々~独占試写会 07

ムード・インディゴ~うたかたの日々~独占試写会 08

キッド・クレオールがデューク・エリントン役で登場

だからこそ、彼らのパーティではデューク・エリントンの楽曲が流れるんです。とても綺麗な流れですよね。しかも今回、デューク・エリントン役で登場するのは、キッド・クレオール&ザ・ココナッツのキッド・クレオールですよ! 1980年代のジャズが好きな方にはたまらない設定ですよね。

ボリス・ヴィアンは物知りで、才能も発揮しましたけど、先ほどの『墓に唾をかけろ』の流れでもあったとおり、ホラ吹きなんですよ。だから今回の映画で踊られているダンスも、“ゴンドリーが考えた架空のダンス”なんですね。うまく彼のアレンジを効かせている。

ムード・インディゴ~うたかたの日々~独占試写会 10

ビグルモア(架空のダンス)を躍るシーン

デューク・エリントンへ敬意を表して

そしてこの作品は、デューク・エリントンのキーワードに導かれた作品ですよね。彼の曲には「アフリカの花」と並ぶ名曲の「ロータス・ブロッサム」など、花を盛り込んだタイトルの楽曲がいくつかあるんですよね。ロータス・ブロッサム、つまり蓮の花。今回、クロエの胸に咲く花も蓮の花です。いままでの話の流れからもお分かりのとおり、ヴィアンはデューク・エリントンの熱狂的な崇拝者であり、「原作の『うたかたの日々』は、デューク・エリントンの世界観から生まれた」と言っても過言ではないと思います。

そういう意味で、今回の『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』は、音楽家であるゴンドリーが、デューク・エリントンに対して、精神的な側面だけではなく、テクノロジカルな面でも敬意を払った作品という点で、素晴らしいと思っています。音源は昔のものを使用しながら、現代の精度の高い編集技術によって、デューク・エリントンの永遠性をうまく処理しているように感じました。

原作は1946年、第二次世界大戦直後のパリが解放ムードに浸っているときに書かれたものですが、この映画は時代性が曖昧なんですよね。無時代感覚と言っていいと思います。パリの現代の風景も取り入れながら、2013年の話かといわれるとそうではないわけです。

まだまだいろいろとお話ししたいことはあるのですが、最後にこの映画を一言で表すなら。ゴンドリーが『うたかたの日々』という題材を使って、ビョークのMVの長尺版のような映画を作ったということでしょうか。

菊地成孔|KIKUCHI Naruyoshi

音楽家/文筆家/音楽講師。活動、思想の軸足をジャズ・ミュージックに置きながら、ジャンル横断的な音楽、著述活動を旺盛に展開。2010年、世界ではじめて10年間分の仕事をUSBメモリに収録した全集『闘争エチカ』を発表。2011年にはインパルス・レーベルと契約を結び、DCPRG名義で『Alter War In Tokyo』をリリース。主な著書に『スペインの宇宙食』(小学館)、『M/D~マイルス・デューイ・デイヴィス3世研究』(河出新書)がある。最新アルバムはDCPRG『SECOND REPORT FROM IRON MOUNTAIN USA』(impulse!)。http://www.kikuchinaruyoshi.net/

ムード・インディゴ~うたかたの日々~独占試写会 13

『ムード・インディゴ~うたかたの日々~』

新宿バルト9・シネマライズほかで上映中

監督|ミシェル・ゴンドリー

原作|ボリス・ヴィアン著『うたかたの日々』

脚本|ミシェル・ゴンドリー&リュック・ポッシ

出演|ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、オマール・シー、ガッド・エルマレ

配給|ファントム・フィルム

2013年/フランス/95分/原題『L'écume des jours』

http://moodindigo-movie.com/

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