日本伝統の食文化を守るため、老舗海苔店はこれからどんな役割を担うのか?|YAMAMOTO NORI
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2022年5月27日

日本伝統の食文化を守るため、老舗海苔店はこれからどんな役割を担うのか?|YAMAMOTO NORI

YAMAMOTO NORI|山本海苔店

株式会社山本海苔店 代表取締役社長 山本貴大さんインタビュー

1849(嘉永2)年、初代山本德治郎が創業した「山本海苔店」。店舗は173年間変わることなく、日本橋室町一丁目にあり続ける。その歴史を受け継いだのが山本貴大さん。2021年7月19日、38歳で山本海苔店の代表取締役社長に就任した。これから「老舗」はどう動こうとしているのか、話を聞いた。

Photographs by OHTAKI Kaku|Text by KOIZUMI Yoko|Edit by TSUCHIDA Takashi

海苔業界を守るとは如何なること、なのか

大学卒業後、大手都市銀行に入行。2008年に山本海苔店に就職した。
「僕は銀行マンだったので、経常利益を出す会社が素晴らしいと教えられてきました。より安く買い、より高く売って、利益を出すのがいい会社という考え方です。
入社して最初に配属されたのが商売の川上である「仕入」部門でした。この時、海苔の仕入単価が前年よりも安くなったので、仕入担当の取締役に『今年は1枚当たりの単価が去年より下がって良かったですね』と言ったんです。そうしたら『何を言っているんだ。山本海苔店が安く買っているようでは、海苔業界に未来はない』と否定された。そのときに自分がいる場所は業界を守り育てる責務を負っていると、そして担当者はその気概を持って取り組んでいたことが分かって、素直にすごいと思ったし、衝撃的でした」
その後、海外勤務を経て、専務取締役になった2014年に行ったのが経営理念をつくることだった。長い歴史を有するがゆえに、社員全員が一丸となって向かうべき道が見えなくなり、なんとか気持ちをひとつにしたいと考えたからだ。
各人から出たキーワードを紡いで、全員で作り上げた経営理念は、
「我々は世界一の海苔屋として誇りを持ち、より多くのお客様に よりおいしい海苔を中心とした日本文化を永きに亘って楽しんでいただくことで社会に貢献します」
というものだった。
現在はグッと短くなって、「よりおいしい海苔を、より多くのお客様に楽しんでいただく」に落ち着いたが、この経営理念誕生によって、山本海苔店にとって海苔とは日本人にとってのソウルフードであり、継承すべき食文化であることを社員全員が再確認したという。
山本貴大さん。1983年1月7日生、東京都出身。2005年慶應義塾大学法学部卒、同年東京三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行、2008年株式会社山本海苔店に入社、仕入部配属。翌年より丸梅商貿(上海)有限公司勤務、上海環球金融中心におむすび屋「Omusubi Maruume」出店に携わる。2011年帰国後Singapore髙島屋、三越台北駅前店出店など海外事業に従事。2016年専務取締役営業本部長、2017年専務取締役営業本部長兼管理本部長、2021年7月19日代表取締役社長就任。

おいしいから、山本海苔を買う

経営理念が誕生する以前の山本海苔店のビジネスモデルは、「高級品を高価格で、百貨店で中元・歳暮時期に贈答品として売る」というものだった。中心価格帯は3000円、5000円、1万円、1万5000円。百貨店で扱われることで、プレステージ感は高く維持された。しかし時代は大きく変わり、いまや中元や歳暮といった進物市場は縮小の一途だ。
そこで中元・歳暮以外の歳時記に目を向け、ギフト市場全体を狙う戦略へシフト。同社のトップブランドである「梅の花」を1000円ほどで購入できるデイリーアイテムの充実を図った。重々しい贈答品から、気軽な手土産へと用途需要を広げ、自宅消費を喚起した。
山本さんは「『高級だから山本海苔を買う』のではなく、『おいしいから山本海苔を買う』へのシフトチェンジ」と話す。
山本海苔店が「海苔ひとすじ」と言い切れるのは、創業以来、味を守ってきた自負があるからだ。冬に採取される海苔は、各生産地で品質検査により格付けされる。その格付けは実に800種類超という。山本海苔店では、熟練バイヤー擁する仕入部が本当においしい海苔を吟味し、厳選して仕入れているのだが、誰もそれを広く伝えてはこなかった。
「日本橋特有の粋と言いましょうか、『うちは老舗です』『うちの海苔はおいしいです』と口にするのは野暮なことで、『うちは海苔ひとすじ173年です』としか言ってきませんでした。長く強いこだわりをもっておいしさを追求してきましたし、味への自信もある。いくらでも弊社の海苔には語るべきポイントがありますが、けれども言わない。その方が高級であるというイメージもあったのだと思います。でもこれからは山本海苔店の海苔のおいしさを正しく伝えていくことにも尽力していきたいと考えています」
1954年誕生の銘々海苔「梅の花」。現在のパッケージデザインは1962年ごろに誕生。江戸蒔絵師である九代三田村秀芳氏によるもの。2004年、経年変化したデザインを元に戻すべく、秀芳氏の子息である漆芸家 三田村有純氏(東京藝術大学教授)により全面的に描き直している。山本海苔店のロゴは大正時代から昭和の中頃にかけて活躍した漢字書家・大池晴嵐によるもの。山本海苔のシンボルマークである円内に梅の字を配した「まるうめマーク」は1902年に商標登録。江戸前の海では梅の咲く寒中に上質な海苔が採れたこと、海苔が梅の花と同じように香りを尊ぶことにちなんでおり、同社の製品名に「梅」を用いているのもこの理由である。

海苔の魅力を知ってもらうために

現在、日本橋は再開発が進められている。山本海苔店も再開発エリアに含まれており、2023年には1965年竣工の本社ビルの取り壊しが決まっている。同店も仮店舗での営業が決まっているそうだが、「変わるときはチャンス」とこの再開発を前向きに捉えている。
「5年前から『海苔を楽しむ会』と言って、海苔をおいしく食べることを楽しむイベントをやっていたのですが、これをビジネス化したいと、要するに海苔を使った何かを食べられるようなお店を作ろうと思っています」
これまで海苔しか販売していなかったが、これを機に飲食部門もスタートする予定という。
「日本のほとんどのフードコートにはラーメン屋さんが入っていますよね。オーストラリアではそのレベルでフードコートに手巻き寿司屋があるんです。中国・上海には自由に具材を選べる手巻き寿司屋があって、みんな気軽に食べ歩きしている。それを見ていたら『海苔、いいぞ! 海苔、未来あるぞ!!』って自信が持てた(笑)。ただし、それはうちのおいしい海苔でやらなければ意味がない。目指すは、おいしい海苔が食べられる飲食店ではなく、『山本海苔店の海苔を最もおいしく食べられる飲食店』なんです」
新社屋の完成は2029年頃を予定している。
さて、温暖化は海苔の生育にも非常に影響を及ぼしており、最近は2017年頃から不作が続いている。
「海苔は冬に育つ生物ですので、海が温かいとおいしくないし、量も採れないんです。長く生産量80億枚(1枚19×21㎝)を維持していたんですが、今年は62億枚。温暖化に加えて、漁師さんがどんどん減っていることもあって、業界としては厳しい現実がありますね」
それでも漁師を守り、海苔を育み、味を維持して、業界を牽引していく努力を続けていくのが山本海苔店の使命だ。それは、山本さんが海苔好きだからにほかならない。
「旨みの3大成分であるイノシン酸(鰹節)、グルタミン酸(昆布)、グアニル酸(シイタケ)の、この3つの成分がすべて入っている天然の食べ物は海苔だけなんですよ。もうあとにも先にも右にも左にも海苔だけ(笑)」
そんな海苔のおいしい食べ方は海苔の刺身だという。
「焼きたての、ほんのり温かい状態の海苔をワサビ醤油でいただく。僕は海苔のお刺身と呼んでいるんですが、これがもうとにかくおいしい!」
ぜひ、山本海苔店の実力を試していただきたい。

山本海苔店日本橋本店

  • 住所|東京都中央区日本橋室町1-6-3
  • 電話|03-3241-0290
  • 営業時間|10:00〜18:00
  • 定休日|無休(元旦を除く)
  • アクセス|東京メトロ銀座線・半蔵門線「三越前」A1出口を出てすぐ
問い合わせ先

山本海苔店
https://www.yamamoto-noriten.co.jp