伝統産業の突破力 — アリタポーセリンラボが切り開く有田焼の新時代
LOUNGE / ART
2025年3月16日

伝統産業の突破力 — アリタポーセリンラボが切り開く有田焼の新時代

220年続く老舗が危機から復活し、グローバル市場で成功を収める——。アリタポーセリンラボの松本哲代表取締役社長が実践した「EC戦略」は、あらゆるビジネスが直面する変革の時代に、普遍的なヒントを与えてくれる。時代の荒波を乗り越え、独自の価値を世界に届ける方法とは?

Edit by TSUCHIDA Takashi

銀行員から窯元七代目へ — 伝統産業の変革者

現在、伊勢丹新宿店をはじめとする一流百貨店で人気を博すアリタポーセリンラボ。その代表取締役社長・松本哲氏は、元々は銀行員だった。大学卒業後、地方銀行に就職した松本氏が家業を継いだのは30歳の時である。
「現在のりそな銀行に勤務した後に地元に戻ったのですが、その時、我が社は20億円の借金を抱え、民事再生投資対象へと追い込まれていました。私が社長に就任した時、もはや今までの有田焼では生き残るのは難しいと痛感したのです」
アリタポーセリンラボ代表取締役社長 松本哲氏
松本氏は窯元七代目として、創業1804年という220年余の歴史を持つ家業を引き継いだ。しかし、その道のりは平坦ではなかった。会社は多額の借金を抱え、存続の危機に直面していた。
松本氏が最初に着手したのは、有田焼の伝統的な流通構造の改革だった。
「焼き物の流通とは、地元の問屋に定価の25〜30%程度で卸す下請け的な仕事だったんです。そこでアリタポーセリンラボという自社ブランドを立ち上げ、百貨店や専門店と直接取引する方針を立てました」
従来の有田焼は問屋を通して販売されるのが一般的だったが、その構造では窯元の取り分は少なく、ブランド価値の構築も難しかった。松本氏はこの古い慣習に風穴を開け、製造元が直接販売チャネルを持つという新たな道を切り開いた。

色を絞る革新 — 日本の四季をテーマに世界へ

松本氏が提案した新しい有田焼は、従来のイメージを大きく覆すものだった。
「有田焼というと中国の影響を受けた、赤や金のド派手なイメージがありますよね。私たちはその伝統的な絵柄は活かしつつも、色彩を2色程度に絞ることで、モダンな印象に仕上げました。これが私たちの大きなコンセプトです」
ジャパンチェリーシリーズ
さらに、日本の四季をイメージした色彩開発も行った。冬はプラチナを用いた「ジャパンスノー」、春は桜をイメージした「ジャパンチェリー」、夏は「ジャパンブルー」、秋は紅葉をモチーフにした「ジャパンオータム」とシリーズ名を付けて展開。伝統的な有田焼の技術は受け継ぎながらも、色彩を再考することで現代の食卓に調和するデザインを追求した。
しかし、当初この試みは地元では理解されなかった。
「問屋さんに最初見せた時は『これは絵付けの途中?』とか『何これ、全然わからない』と言われました。でも、ニューヨークの展示会では高い評価を得たんです」
転機はニューヨークでの展示会だった。松本氏は海外市場を視野に入れ、プラチナを使った「ジャパンスノー」シリーズをニューヨークの展示会に出展。これが予想以上の反響を呼び、その後、伊勢丹新宿店でのポップアップショップ開催へとつながった。
さらに、フランスの高級ブランド「ゲラン」の香水ボトル製作を受注。ほかにもマカロンで有名な「ラデュレ」とのコラボレーションを実現するなど、国際的な高級ブランドとの協業により、有田焼の可能性を大きく広げていった。
ゲラン「MITSUKO」の香水ボトルをアリタポーセリンラボが製作(完売品)
ラデュレとのコラボレーションによるティーキャニスター(完売品)

全工程内製の強み — 伝統技術の現代的活用

アリタポーセリンラボの強みは、生地づくりから絵付けまで、全工程を内製できる点にある。
「有田焼の業界では分業が基本。生地づくりや上絵付けなど、それぞれ専業メーカーに外注するのが一般的です。しかし私たちは、生地を作るところから上絵付けまでの全工程を自社で手掛けています」
その体制が、松本社長の挑戦的なものづくりを支えたのだろう。
かつては従業員700人、5〜6カ所の工場を持つ一大メーカーだったという。現在は職人20人と規模は大幅に縮小したが、全工程を手がける技術力は健在である。若い職人の確保と育成は課題とする一方で、伝統技術と革新的デザインを融合する志の高い取り組みが連綿と続けられている。

「尖らせる」戦略とEC販売 — 伝統産業の突破口

松本氏の戦略は、あえて万人受けを狙わず、特定の層に強く刺さる商品づくりだ。
「有田焼メーカー数社で合同展示会をすると、6、7割の人はうちの商品を好んでくれません。でも残り3割の人が、熱烈なファンになってくれるんです。それでいい。万人受けを狙わないことによって、エッジが立ち、強いブランドが生まれると考えています」
この「尖らせる」戦略こそが、アリタポーセリンラボの成功の鍵だと松本氏は考える。「この程度でいいだろう」ではなく、徹底的にこだわり抜くことで、他では得られない価値を生み出すのだ。
さらに松本氏が伝統産業の突破口として強く推すのが、ECを活用した直接販売だ。
「伝統産業の突破口はECにあると確信しています。自社だけの独自性のある商品をオンラインで販売することは、EC市場では大きな強みになります。百貨店で販売してもらうのはハードルが高いですが、ネット販売なら自分の努力次第で結果を出せます」
しかもEC販売の強みは、国境を越えた販売が容易になることだ。言語の壁も翻訳システムで乗り越えられ、決済も世界共通のシステムが整っている。伝統産業が持つ「歴史」や「唯一無二の技術」という強みを、直接世界中の顧客に訴求できるのだ。
「海外の人もネットで見て購入してくれます。言葉の違いもECなら簡単に乗り越えられますし、PayPalやAmazon Payを使えば決済も世界共通です。グローバル市場へのアクセスが、伝統産業にとって最大のチャンスだと思います」

未来への挑戦 — 食とのコラボレーションで新たな価値を

松本氏は次なる展開として、食とのコラボレーションを視野に入れている。
「食器業界は実は右肩下がりです。それは、百貨店から食器売場そのものが消えようとしているほど。だったら、人々の関心が高い“食”そのものと組み合わせた提案をしていくべきだと考えています」
アリタポーセリンラボ製作のボトルを採用した日本酒「HEAVEN SAKE」
左から、佐賀県産苺「いちごさん」のパフェ、有田金柑と濃厚チョコレートのパフェ、嬉野抹茶のパフェ(各3300円)。いずれも通販購入可能、冷凍便で届く。パフェを食した後の有田焼容器は茶器として使用でき、贈答用としても喜ばれている。
すでに有田焼のボトルを用いた日本酒や、有田焼の器を用いたパフェなど、食とのコラボレーション商品を展開。さらには創業220周年を記念した高級アートシリーズ「七代松本左衛門」も発表し、食器としてだけではなく、アート作品としての新たな価値創造にも挑戦している。
ニッチ市場を「尖らせる」ことで特定の顧客層に強く刺さる商品を作り、それをECで直接世界に届ける。この戦略は、日本全国の伝統産業のみならず、小規模事業者にとっても大きなヒントとなるだろう。
伝統産業の突破力—それは松本氏のように、過去に縛られず、未来を見据えて果敢に挑戦し続ける姿勢から生まれていく。
取材協力:アリタポーセリンラボ
https://aritaporcelainlab.com
                      
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