アーティストのリアルな姿で「魅せる」プロデュース。デジタル時代の音楽コンテンツの作り方|UNIVERSAL MUSIC
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2023年7月20日

アーティストのリアルな姿で「魅せる」プロデュース。デジタル時代の音楽コンテンツの作り方|UNIVERSAL MUSIC

UNIVERSAL MUSIC|ユニバーサル ミュージック

コロナ禍が明け、いよいよ本格始動するエンタメ業界の“これまで”と”これから”をユニバーサル ミュージック藤倉 尚CEOに聞く

2020年から3年間、世界のエンターテインメント業界は新型コロナウイルスによって大打撃を被った。しかしユニバーサル ミュージックグループの日本法人である「ユニバーサル ミュージック合同会社」は、そうした状況下にありながらも増収増益を達成している。そんな同社を牽引するのが藤倉 尚(ふじくら・なおし)さんだ。2014年1月、社長に就任したときは46歳と、若き社長の誕生は音楽業界で大きな話題となった。あれから9年を経た藤倉さんに、現在の音楽業界と、これからの目標を聞いた。

Photographs by OHTAKI Kaku|Text by KOIZUMI Yoko|Edit by TSUCHIDA Takashi

その仕事は、音楽を愛し、人を愛すること

EMIグループがアメリカ・カリフォルニア州に本拠地を置くユニバーサルミュージック グループの傘下になったことに伴い、2013年4月1日、ユニバーサル ミュージックはEMIミュージック・ジャパンと経営統合し、ユニバーサル ミュージック合同会社としてスタートを切る。その9か月後、藤倉尚さんは46歳という若さで、ユニバーサル ミュージック合同会社の社長兼最高経営責任者に就任した。
「私が社長になったとき、前年の合併から日が浅かったこともあって、互いに『わが社流』の仕事のやり方に固執し、同じ方向を向いていませんでした。ものの本で大型の銀行が合併した後、互いのやり方にこだわるあまりに5年も10年も平行線のままという事態が発生していると読んだことがありましたが、うちのような小さな会社でも同様なことが起こっていたんです」
その時に思ったのは「社内で競い合っている場合じゃない」ということ。ただ一方で生まれも育ちも違う両社が同調できないのも理解できた。そんな両社の関係の緩和剤、そして接着剤としてつくったのが社訓である。この機会に改めて「われわれは何のためにこの仕事をしているのか」ということを考えた。
そして誕生した言葉が「音楽を愛し、人を愛し、感動を届ける」である。
社員は誰もが音楽を愛している。では会社は一番身近な人である社員を愛しているのだろうか。そう考えた藤倉さんは、働く人々に目を向けた。
「わが社はいわゆる外資系ミュージックカンパニーですので、2014年当時、働いている人の67%が契約社員でした。それ以前、2000年代初頭には正社員の採用もやめていて、能力主義が導入されています。いわゆる『結果を出せば報酬も増えるが、ダメならクビ』というものです。とくにアーティストのそばにいる人は3年で結果が出なければ辞めていただいていたんです」
しかし2018年、藤倉さんは劇的な改革を行う。それが契約社員全員を正社員とすることだった。日本的な働き方に準じたのではない。そこには「音楽の売れ方の変化」があった。
「CDやDVDの時代は、発売から1週目が売り上げのピークで、3週間で下火になり、3か月で鎮静化。このサイクルを繰り返していました。ところがストリーミング環境の整備により、このサイクルが変化しました。ご存じの通り、なかには発売から1年後、2年後にヒットする楽曲も登場するようになったのです。これは日本だけでなく、海外でも起こっていることで、ヒットのチャンスがいつめぐって来るのか、タイミングがいつなのか、わからなくなった。となればアーティストとは長い目で向き合っていく必要があり、現状の契約社員という形態では、会社に利はありません。そこで本社と株主に理解を得て、正社員化に踏み切ったんです」
これが社員のやる気に火をつけた。

ユニバーサル ミュージック合同会社 社長兼最高経営責任者(CEO)藤倉 尚(ふじくら・なおし)。1967 年東京生まれ。92 年ポリドール(現ユニバーサル ミュージック)入社。 2007 年に同社邦楽レーベル「ユニバーサルシグマ」マネージングディレクターに就任。 08年に同社執行役員 ユニバーサルシグマ マネージングディレクター、12 年に同社副社長兼執行役員 邦楽統括。14 年1 月より現職。一般社団法人日本レコード協会副会長も務める。

新たな才能発掘は、その人が持つ熱量が道しるべ

そもそも藤倉さんが社長になってから業績は右肩上がりだったところに、正社員化した2019年からはさらに売り上げが向上した。
現在の音楽業界において、その売り上げは大きく3つに分類される。ひとつめが「フィジカル(physical)」でCDやDVD、Blu-rayといった実物があるメディアのこと。ふたつめは「デジタル(digital)」で、サブスクリプションや音楽ダウンロードなどを指す。そして3つめが「360°事業」で、ライブやグッズ販売といった音楽周辺ビジネスを包括したものだ。
ユニバーサル ミュージックでは、この3つのカテゴリーすべてで売り上げが向上しており、2022年の売上高は就任時から2.1倍強へと成長しているが、2019年以降はとくに伸び率が高く、そこには新型コロナウイルスの影響が見られない。いや、コロナ禍がなければさらなる伸びも期待できただろう。
そうした売り上げの核となるのが、同社に所属するアーティストが生み出す楽曲である。
ユニバーサル ミュージック(邦楽部門)には50年目に入った松任谷由実、30年選手のエレファントカシマシやスピッツ、DREAMS COME TRUE、そして若手では藤井風やAdoといった人気アーティストの名前が200以上並んでいる。この世代を超えて人気を集めているアーティストたちを見ているだけでも、同社の勢いや層の厚さを思い知る。
「自分たちの強みは、アーティストを探して、育てて、世の中に届けることを愚直に繰り返してきたことです。探し、育てることは当たり前と思われるかもしれませんが、どんな才能あるアーティストであっても、最初は必ず“ただの一般人”です。普通の中学生であり、高校生、そして大学生だった……そういう人々のなかから、いい才能を探し出す地道な活動を続けています。そして一人ひとりに向き合い、共に音楽をつくることに力を入れることは、いまなお最も時間を費やしているところです」
藤倉さんが、今でも時間の許す限り訪れているのが、所属アーティストのコンサート会場。そこではアーティストのステージはもちろん、マイクを通して何を語るのか、お客さんはどう反応しているのかを現場で感じ取るのだそう。
ではどんな才能の持ち主が、彼らのアンテナに引っ掛かるのだろうか。
「私が現場で担当していた時代は、妄想三原則みたいなものがあって。20人の前でやっている子でも、いつか東京ドームでやっている絵を想像できるか、デパートの屋上で歌っている子が将来、紅白歌合戦で歌っているところを想像できるか、そういう妄想ができるかどうかが大切だと思っています。ですから大前提としてA&R(アーティスト&レパートリー)が『これはいける』と感じたかどうか、ですね」
A&Rとはアーティストの発掘から楽曲制作のチーム編成、宣伝までを統括する、アーティストを最も近くでサポートする裏方である。先の正社員化の話で触れられたスタッフたちだ。
「たとえばGReeeeNはテレビ出演していないし、ライブもしていませんでしたが、あるA&Rは『この音、この歌詞なら絶対に100万枚売れる!』と思った。だから契約しました。そういう思いは、常にベースにありますね」
経営者として、今はどんな視点でアーティストを見ているのだろうか。
「『超える』ですね。国境を超える、時代を超える、世代を超える、予想を超える。たとえば今では藤井風の楽曲は国境を超えて人気になっていますが、高校生の彼にそれが妄想できたかどうか。また時代を超えたアーティストといえば松任谷由実でしょう。昨年発売した彼女の50周年記念ベストアルバムは、このCDが売れない時代に50万枚を超えるヒットとなっています。こうした『何かを超えている妄想ができるかどうか』はアーティスト発掘の大切な要素になっています」
そして最も大切にしているのが、その人が持っている熱量なのだという。
「食べ物なら、他者が『美味しい』と言っているモノに乗るようなことはしません。『自分が美味しい』と感じたものを大切にしたい。だからチャートや再生数といった数値化できるものは参考にしますが、本筋に置くことはしない。そしてどんな思いをもって音楽に向き合っているのか、本人が持っているストーリーも重要視します。虚像をつくるのではなく、リアルな姿を世に問うからこそアーティストたり得るし、こちらの心に届く。デジタルがどれほど進化しようとも、人と人のつながりしか才能発掘の根幹になり得ないんです」
 

日本から世界へ向かう道をつくる

音楽マーケットはさらに拡大する、シンクタンクがそんな予測をしているそうだ。インドやアフリカ、中東など、これまで音楽が生まれる体制ができていなかった国々でも著作権が管理され、アーティストが生まれ、マーケットが拡大するというのだ。
「これまで日本語では世界に進出できないと言われてきました。それでも少しずつ世界で認められるアーティストが登場し、肌感覚ですが、チャンスは高まっていると感じています」
ユニバーサル ミュージック合同会社は、世界各国で音楽事業を展開するアメリカのユニバーサル ミュージック グループの日本法人だ。当初の役割は海外、とくにアメリカの音楽を日本に広めることが目的だった。
「確かに10年くらい前はアメリカとイギリスの音楽を売っていなさいと言われていましたが、今、日本もアメリカやイギリスと対等に近いところまで来ています。欧米の音楽を日本で売る専門ではなく、『あなたの国の若いアーティストを日本に紹介するから、日本の若いアーティストもあなたの国で広めてよ』と言えるようになったんです。これまで日本で外資系というと、海外のモノや文化を日本に持ち込む一方的なイメージがあったと思いますが、グローバルなプラットフォームを活かすタイミングがようやく来た。本当の意味で、グローバルカンパニーの良さを、日本のアーティストのために使うことができると思っています」
そんな藤倉さんが決めていることがある。
「日本人に、(主要4部門で)グラミー賞を獲らせることです」
どんなアーティストが世界を席巻するのだろうか。“その日”まで、藤倉さんがアーティストと向き合う日々は続いていく。
                      
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