連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「洋食」
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2022年5月18日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「洋食」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第36回「洋食」

洋食の定義はむずかしくて、広義で言えば和食や中華といった東洋圏の料理ではないフレンチやイタリアンを含む西洋圏の料理を指すけれど、一般的にはオムライス、エビフライ、ハヤシライスなどを想起する。これらは、ペリー来航以後の幕末から明治初期にかけて日本に入ってきたもの。それが、西洋料理の食材を当時の日本が揃えることが難しかったり、日本人の味覚に慣れ親しんでなかったことから、日本でアレンジされて出来上がったものと言われている。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

国旗が立ったピラフに、ハンバーグ、エビフライ、ナポリタンが添えられているお子様ランチが象徴するように、洋食はいつの時代も子どものご馳走。昭和の時代はデパートの上階が食堂になっていて、あらゆる洋食メニューが網羅されてて、そこで家族団らん食事をするのが、サザエさんにも登場する象徴的な平和家族の画づらだった。
個人的なことで言えば、好きな洋食はオムライスやハヤシライス、カツレツ。子どもの頃親に連れて行ってもらった記憶があるお店は、上野「黒船亭」、銀座「煉瓦亭」、人形町「芳味亭」。自ら主体的に洋食に触れにいったのは、背伸びすることに命懸けてた大学生の頃に行った西麻布「麻布食堂」、麻布十番「edoya(閉店)」、入谷「香味屋」。
「麻布食堂」は確かオムライスが3,000円くらいで高いなと思ったけどフワフワとかトロトロとか陳腐な言葉で表現できない美味しさに悶絶した。「edoya」にはよくエビフライを食べに行き、「香味屋」には近所に住んでいた友人とふらっと晩ごはん食べによく行った。
今、洋食は昼に食べることが多い。色々つまみながら酒を飲んで楽しむというよりも、ワンプレートでごはんとスープとともに美味しさを噛みしめるスタイルだからだろう。手ごろなお店なら700-800円くらい、少しハイクラスになるとそれこそ3,000円くらいのお店もあるが、どっちも個性があって、時々で使い分けできるのも良い。今回はどちらかと言うと、デイリーで行きたい近所の洋食屋さんというよりもわざわざ行きたい洋食屋を紹介したい。
1.グリルエフ 東京都品川区東五反田1-13-9
五反田駅の目の前、1950年創業の老舗。路地裏で蔦が絡まる外観は独特。店内は静寂に包まれているけど、丁寧な接客に安心する。人気メニューはハヤシライス。白いクロスがかけられたテーブルに運ばれる濃厚なブラウンのハヤシライスにグリーンピースの彩りが映える。
ここのハヤシライスはスープが少なめのあっさりしたテイスト。しかしながら、コクがあって非常にライスに合うし、全部食べ終わった後もしつこくない。食前にはうずらのスープ、複数人で来訪したらカニクリームコロッケ、冬なら牡蠣ソテーなんかもつまみたい。
2.銀座スイス 東京都中央区銀座3-4-4
1947年創業の銀座の老舗。何より有名なのはここが発祥と言われているカツカレー。HPに書かれている逸話によれば、創業当時常連だった読売巨人軍の名二塁手千葉茂氏が、阪神戦の前に、たくさん&早く食べられることを理由に「カレーライスにカツレツを乗せてくれ」とオーダーしたのが始まりだそう。そして、勝負にカツの験を担いで試合前によく食べたそうで、時には二皿を平らげたとか。体を軽くしておきたいであろう試合前に二皿食べるとかすげーなと思いつつ、茶色いカレーに茶色いカツが乗ったそれは見た目より全然軽やかで、確かに何皿でも平らげられそう。もちろん二皿いかずとも一皿で十分すぎるほどの満足感をえられる。
あと、ここでオーダー必須なのがシュウマイ。憎々しいほど肉々しく肉厚でジューシー。テイクアウトもやっているので、昼に店内でカツカレー食べたら、晩ごはんのおつまみにシュウマイを買って帰るのが鉄則。
3.佐藤 東京都台東区西浅草2-25-12
浅草と合羽橋を結ぶ路地に佇む、カウンター8席の名店。こちらのお店はデイリーで行きたい近所の洋食屋の佇まい。実際、僕も最初に行ったのは佐藤を目当てに行ったのではなく、その佇まいや外に貼られたメニューに惹かれて入った。しかしながら、出てくる料理と店主の人柄はわざわざ行きたい、そしてまた行きたいと思う洋食屋だ。
看板メニューは牛タンシチュー。なんと、サラダ、スープ、ライスまで付いて1,000円という破格値。あまりに破格値を提示されるとちょっと不安になるもの。量が少ないんじゃないか、美味しくないんじゃないかとか。しかしその不安はあっさり一掃される。1,000円とは思えないクオリティ、場所が場所なら3倍、下手したら5倍してもいいんじゃなかろうかというレベル。
肉厚のタンがふんだんに入って、どれもナイフを入れるとスーッとなめらかに切れる。口に入れるとフワッとした弾力を感じたかと思えば、ものの数秒でトロけて消える。感嘆。お店で食べていると、鍋を持ってきてテイクアウトしていくおばちゃんも来る。やはり地元に愛される、デイリーで食べたい近所の洋食屋でもあった。
4.香味屋 東京都台東区根岸3-18-18
創業は大正14年(1925年)、下町根岸(入谷)で長年愛される老舗洋食屋。先述したように若い頃近所の洋食屋さん感覚で訪れていただけに、なんとなく自分の中で洋食の始祖みたいな位置づけのお店。とは言え、エントランスで出迎えてくれる方がいて、天井も高くゆったりしていて、白を基調にした内装は少し格式高いスタイル。ただ、下町らしく堅苦しさのない接客で柔らかい雰囲気に包まれていて、実際はとっても入りやすくて心地いい。
人気メニューはビーフシチューやメンチカツ。メンチカツで2,200円とかなので決して手ごろではないけど、一回食べてみれば価格を凌駕するその価値がわかる。上品な見た目でありながら、ナイフを入れると肉―――っって感じで荒々しく肉のジュースがあふれ出てくる。ビーフシチューも肉―――っって主張してくるのに、口に入れるとほろりと柔らかい。
何よりも、上質な店はソースや付け合わせ、前菜がすばらしい。細部に抜かりなく手間暇かけている。デミグラスソース、ブロッコリーや人参、コンソメスープ、どれを食べても、ひとつひとつに相当丹念な仕込みがなされていることがひと口で感じられる。ここで過ごす時間は一言で言うなら、最高だ。
大人になってもハンバーグやオムライスが好物な人は「お子ちゃま舌」なんて揶揄されるけど、食通とされる大人たちも別に洋食がきらいなわけじゃない。むしろ好き。そもそも洋食は外食だけじゃなくて家の食卓にもごく普通に並ぶ料理だし、きわめてマスに好まれる料理である。そんな大衆的で日常的な料理でありながらも、ご馳走であり続けている洋食。死ぬまで飽きることなく、食べ続けられそうだ。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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