連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「味わい深いジビエを楽しむ冬」
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2023年9月29日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「味わい深いジビエを楽しむ冬」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第50回「味わい深いジビエを楽しむ冬」

ジビエの季節が近づいてきた。11月から狩猟が解禁される日本は、冬がジビエの時期。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

滋養に富んだ歴史も深い食文化

ジビエは言うまでもなく、自然に生きる天然の野生鳥獣をいただく食文化。日本ではイノシシを使ったぼたん鍋が有名だが、起源はフランスをはじめとしたヨーロッパ。もともとは狩猟ができる自分の領地を有する貴族の伝統的な食文化だったとのことである。
そんな伝統的食文化もちょっと前の日本では、ジビエ=自然に生きる動物を狩猟(捕獲)していただくという行為から、「残酷なのでは」「人間都合では」とする向きもあったが、野生で生きる動物の貴い生命を奪っていただく代わりに肉から内臓も骨も血もできるだけ全てを余すことなく使って感謝をささげようという精神性や、サスティナブルの観点で山野を荒らす野生鳥獣を捕獲して食べることで自然の生態系や環境を守ることに繋がる持続可能性の観点から、昨今その意識は見直され、ジビエという食文化を積極的にサポートする自治体や行政も増えている。そのおかげか、以前はグランメゾンや料亭や割烹、老舗旅館でしか見られなかったジビエも、カジュアルな居酒屋やチェーン店でも見られるようになった。まあ、僕たちが普段食べている牛や豚、鶏肉の多くは、人間が出産から育成、繁殖まで管理している食用前提の動物。どっちが残酷で人間都合かと言われたら……であるから、食物連鎖的に考えても至極妥当と言える。
ジビエとひとくちに言っても、鹿やイノシシをはじめ鴨や雉や熊や鳩……色々あって、それぞれオスもメスもあるので旬は厳密には異なる。オスなら交尾に入る前のたくさん栄養を体内に蓄えている時期、メスなら出産経験のない方が、肉質は柔らかく、味も良いらしい。なお、日本では狩猟期間が決まっていて、里山での農林作業者が減り、また鳥獣たちの繁殖期を妨げない(繁殖期は主に春夏)、鳥類の渡りの時期も考慮された冬、原則11月15日~2月15日の3か月間(北海道は10月1日~1月31日)が狩猟期間となる。熊は冬眠前に秋からどんぐりなどを食べて栄養をたっぷり蓄え、イノシシも冬前に体を太らせていく。鴨は12月以降脂が乗って肉質が柔らかくなる。やっぱり冬がジビエの旬であることは間違いない。
ジビエはその精神性や嗜好性や希少性から親しまれているわけではなく、もちろん味わいとしても絶品。山野を駆け巡り自然界の餌を蓄えてきた体は、脂肪が少なく身は引き締まって栄養価も高く、うま味が凝縮されている。捕獲、血抜きや解体、冷凍・冷蔵、解凍までのプロセスにも高い技術を要する。そして最後に調理するシェフの腕とこだわり。寒い冬は、複雑で深みがある滋養に富んだジビエを楽しみたい。
■ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ 目黒区祐天寺1-1-1 リベルタ祐天寺B1F
目黒銀座商店街のつきあたり。冬を前にして毎年思うのは、河豚を食べたいというのと、ブッパに行かなきゃということ。店内に入ってまずに目について驚くのが圧巻の熟成庫。ブッパはジビエの名店であると同時に、熟成肉の先駆者的存在でもある。この熟成庫の中で眠る肉の数々はすべて選りすぐりの国産肉。狩猟時期や処理方法、年齢、性別も細かく管理しているそう。これらをシャルキュトリー(ソーセージやハム、パテなど加工品の総称)やシンプルに炭火で焼き上げたのを、自然派ワインと共にいただくのがここの定番。冬の名物、青首鴨は必食。野生肉と思えぬほど上品な味わいに仕上げていて、ジビエ初心者でもエントリーしやすいのも魅力。
■レストランユニック 目黒区目黒3-12-3 松田ビル 1F
目黒駅から目黒通りを歩いて大鳥神社の先、15分くらい。オーナーシェフが料理からサービスまでひとりで切り盛りするコンパクトなお店で、気取らずにカジュアルに楽しめる本格的なフレンチジビエ。鹿やイノシシ、鴨といったオーソドックスな食材だけでなく、鳩や熊なら穴熊やツキノワグマまで様々な旬の食材を揃える。それらを手間暇かけて丁寧に調理し、骨太で力強い味わいに最大化してくれる。初めて出会う食材も多くて、口に運ぶたびに「へえー」「おぉー」という驚きと納得と感動があって、楽しみが尽きない。深みがある味わいもシンプルで華美じゃないプレゼンテーションも、大衆に媚びないプロの矜持を感じさせる。ジビエ初心者にも、真のジビエ好きにもハマるだろう。
■ももんじゃ
両国で江戸時代から300年以上、十代続くしし鍋(ぼたん鍋)の老舗。店の前の3匹のイノシシのはく製が印象的である。江戸時代、野生獣肉食は忌避されていたものの実はひそかに親しまれ、これらの肉を扱う食事処は隠語で「ももんじ屋」「山奥屋」などと掲げられていた。現在もぼたんや山鯨(やまくじら)、鹿肉が紅葉(もみじ)と呼ばれるのは当時の隠語の名残だそうだが、一説には赤身と脂身が美しく盛られるのが牡丹を模しているからとも言われている。コースでは、鹿のお刺身や熊汁もいただける。ジビエに対して、「臭みがなく……」と評するとなんだか陳腐だし、ジビエ好きにはまったく響かない表現のような気がしてならないけど、臭みはなくクセというか旨みというか、そういったジビエらしさみたいなものはしっかりと残している。鍋はみそ仕立て。中居さん曰く、煮込めば煮込むほど美味しくなるということで、強火でずっと煮込むと肉がかたくなりそうなものだけど、煮込んでも柔らかい。イノシシ肉と味噌の出汁を吸った野菜もたまらない。やはり歴史があるというのは相応の理由があることに納得させられる。旨みと栄養がたっぷりのぼたん鍋で冬は体をあたためたい。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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