自然派を極める醸造哲学。その延長線上で偶発的に生み出された、土田酒造の稀有な“酸っぱみ”を味わう!|FEATURE
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2023年9月13日

自然派を極める醸造哲学。その延長線上で偶発的に生み出された、土田酒造の稀有な“酸っぱみ”を味わう!|FEATURE

FEATURE|土田酒造

教えて! 山内先生!! 第4回の日本酒「Tsuchida F」(土田酒造)

ヨーグルトのような酸味と、深い膨らみのある甘みが特徴。 中盤からアフターにかけても甘みがしっかりと下支えして、このバランスが崩れることはありません。 後半は若干の香ばしさも感じ、酸味に寄り添い、繊細なハーモニーを奏でる余韻を形成しています。(山内先生・談)

Photographs by OHTAKI Kaku|Edit & Text by TSUCHIDA Takashi

日本酒前衛ブランドのなかでも異端児的な銘柄。見つけたら即買い

――最近、土田酒造の名前をあちらこちらで見かけます。この酒蔵が名を馳せるようになった背景とは何でしょう?
山内先生 そうですね、まず最初に言えることは、蔵元と杜氏(とうじ)の思いが強固に合致していて、それがアクロバティックな発想に繋がっていること。これまでの日本酒は精米歩合びいきなところがあり、大吟醸・純米大吟醸がトレンドでした。綺麗な酸と、柔らかな甘さ。そうしたピュアなニュアンスが、ここ数年の日本酒の流れだったと思うんです。
そのカウンターカルチャーとして生まれてきたのが“テロワール”と呼ばれるような、土地の味わいを引き出す新たな流れです。その中で、土田酒造はさらに一歩踏み込んだ、“土地 ✕(造り手の)思い”という設計方針があり、そこに醸造上の高度な技術が被さってくる。
こうした掛け算が、土田酒造が評価されている所以です。いかんせん蔵元と杜氏が両輪で噛み合っていないと、こういった“革命”は起こせないんです。
――なるほど! 蔵元さんが、金銭的な責任を持つプロデューサーであり、日本酒造りの現場をディレクターである杜氏が動かしていくんですね?
山内先生 おっしゃる通りです。その両者の思いが、既定路線から大きくはみ出たところで、カチッと噛み合っているんです。
――その既定路線ではないというのは、具体的に言うと……。
山内祐治(やまうち・ゆうじ)。「湯島天神下 すし初」四代目 。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。有名ワイン学校にて、日本酒の授業を行なっている。
山内先生 土田酒造は、まずお米をあまり磨かない。味わいのバランスとしては、“澄んだ出汁”と“豚骨スープ”ぐらいの違いがあるかな。洗練された、必要な部分だけを抜き出した一番出汁が、今のメイントレンドの吟醸酒。一方で、土田酒造は、濃厚な豚骨スープのように、すべての旨味成分を引き出して、混濁したパワフルな味わいをもたらす。そのぐらいの大きな差だと思っているんですね。
もちろん、技術的には様々な工夫が見られます。彼らは、基本的に限定吸水(※)をしないんです。お米は2時間以上水に浸けて、飽和状態になるまで水を吸わせています。それは教科書に書いてある酒造りとは、まったく異なります。その裏側には、精米しない分、米の表層が硬くて、水を吸いにくいという麹の力学の話にもなっていきます。
※お米の水分量を低めに設定して、その後の醸造工程を有利に導く、酒造りのファーストステップ的な工程。
――単にアンチを狙って、格好だけつけるのではなく、その工程を踏むロジックが練られているんですね。
外観は鮮やかなてりを持ったゴールド色。 酸味の高さと甘味の強さが艶やかな液体を作り出していると推察します。
山内先生 そうなんです。杜氏の星野さんは、「新政」で学ばれた方です。新政の佐藤さんは、やっぱり麹や醸造力学が非常にしっかりとわかっていらっしゃる。その方のもとで研修されたおかげで、「なぜこの作業をするのか」「ここで、どういった変数が存在するのか」ということが、アタマのなかに入っているんでしょう。
もうひとつ、特筆すべきは麹造りです。じつは焼酎用・黄麹を使っているんです。
――あれ? 焼酎用の麹は白か黒、清酒用が黄色ではないのですか?
山内先生 いえ、焼酎用の黄麹もあるんです。ただし造りづらいことから、あまり使用されなくなっていたものでした。ところが土田酒造の思惑とは合致しているんですね。他の蔵では考えられないような麹を用いることが、彼らが他の蔵と最も異なっているところです。
そうまでして彼らがやりたいこととは、自然なお酒を造ること。例えば酵素剤のようなものも、彼らはあまり使いたくないんです。
――醸造上の便利な“道具”を使わずに、そこを手間と技術で補おうということですか?
山内先生 はい。彼らは醸造用乳酸を添加することが、自然な日本酒の造り方に合致するだろうか? と疑問を呈し、時代に逆行するかのように、生酛造り(※)に傾倒していく。
※日本酒造りに不可欠な乳酸菌を自然発生的に培養する江戸時代に生み出された手法。手間が大変すぎて、現在ではあまり用いられなくなった。
――強い麹に対して、生酛造りは理に適っていそうですね。
山内先生 そうなんです。やっぱり生酛の方が作業が多いということは、変数が多いことになる。造りたいお酒が造れるっていうところにも繋がったそうです。テクニカルなことは彼らも挑戦していきたいことだった、という理由で、敢えて生酛造りを選択されたそうです。
香りを確認すると、まず飛び込んでくるのは乳酸由来の酸、そして酢酸を感じさせる酸の印象。これらが柔らかい麦芽糖のような甘やかさとともに飛び込んできます。 中盤に、ふすまのようなお米の外側の香ばしさを感じ、胡桃(くるみ)のような脂肪を含んだ木の実の香り、そして搾りたての醤油のような印象も感じます。その奥からは、ハチミツのようなニュアンスも感じさせています。

自然由来の乳酸による酸味の偶発的爆発。それが旨味に変わる

――ところで、この銘柄には、「失敗」って書いてあるんですが……。
山内先生 そうですね、この「Tsuchida F」なんですけど、端的な言い方をすると、“乳酸菌汚染”と呼ばれてしまうものなんです。
――汚染?
山内先生 (日本酒にとって天敵の)乳酸菌が入ってきてしまったお酒と言ってもいいのかな。このお酒は、醪(もろみ)の段階で、本来は入って欲しくない種類(生酛造りの乳酸菌とは別)の乳酸菌が入り込み、それによって乳酸生成が大量に行われてしまった。ですから、この銘柄は酸っぱいんです。
本来は、酵母が食べてアルコールにしなければいけない糖分を、乳酸菌が勝手に食べてしまって、椅子取りゲームで酵母が負けてしまった。乳酸菌が糖分を食べて、アルコールではなく酸にしてしまった。でも、ここで杜氏は手を打ちます。酵母が生きやすい状況をもう一度整え、日本酒として成立するためにアルコール発酵を立て直したんです。
味わいは蜂蜜、ヨーグルトのような酸味に、お米っぽさと醤油っぽさが口の中に残っていくような、そんなニュアンスの貴重な液体に仕上がっています。
――日本酒の味わいとしては“不思議”だけれども、飲むと、これはこれで癖になりそうです。
山内先生 そうなんですよ。造り手さんたちからすると、これって行っちゃいけない方向っていうことにはなるんですけど……飲んで美味しくて、そこに需要が存在するならば、もはや“正義”。
この酸っぱさは、乳酸菌が造った乳酸であり、温めると旨味に変わる、まろやかさがあるんです。コハク酸やリンゴ酸など、日本酒に本来含まれている酸は、温度が持ち上がると渋み・苦味を伴ってしまう。一方で、乳酸は丸さを作る。実はこのお酒、温度を上げると、丸い酸がはっきりと前面に出てきて、味わいにも破綻がないんです。
土田酒造としては、このお酒が評価されることへの複雑な思いがあるかもしれませんが、私はこの“失敗”は、「思い」が生んでいるお酒だと肯定的に捉えたい。彼らの酒造りが、速醸酛だったらこういうお酒ができなかったかもしれません。話が細かくなるのでここまでにしますが、彼らがやっていることは、さらに背景があって、より自然派を目指しています。その難しさがあり、ギリギリの線を狙っているがゆえに、時々起こってしまう自然界の偶発的案件。それが、このお酒の所以です。
――なるほどー。知れば知るほど、面白いですね。
山内先生 楽屋話まで捉えていると、さらに興味深い一本になるわけです。彼らの挑戦、新しい製品を作り出そうという気構え、その哲学が融和して、結果、こういう稀有な製品が出てきたわけです。
ただし本来の意図ではないお酒のため、再現性がないんですよね。でも、我々はこういったアイテムを楽しめる文化的な裕福さを持ち合わせるに至りました。その意味でも、この製品が市場に存在する意義があると思う次第なんです。「ちょっとここ、しくじっちゃったんですよね」「いいじゃない、これも面白いよね、個性だよね」って言えるって、すごいことだと思うんですよ。
――日本酒の美味しさは、ひと昔前のように一元的じゃなくなってきていますよね。「日本酒の美味しい」という方向性が、多方面的に爆発しているのが現状だと思いませんか?
山内先生 はい。かつての「美味しい」は、ストライクゾーンが狭かった。現代では、きちんと定まりきっていない領域のなかに「美味しい」という言葉を当てはめていけるような、文化的な醸成があると思っています。今までは、日本酒は日本酒として評価する人たちだけのものだったけれども、そうではない人たちまでが日本酒の面白さに気づきはじめたからなのかもしれません。
日本酒とはこうあるべき、みたいな論調からもう一歩前に進み、日本酒は、本当に様々な形を展開しています。なんなら、国税庁が定める、清酒のルールからも、一歩また踏み出したところにクラフトサケが存在しています。この「Tsuchida F」は、その橋渡しみたいなものを行ってくれるようなお酒だとも思っています。
今の日本酒って、どれぐらい面白い製品があるんだろうって見渡したときに、土田酒造はぜひ注目していただきたいですし、なかでも、この銘柄は、土田酒造のなかでも異端児として、ぜひ見つけて試していただきたいと思います。
[まとめ]
Tsuchida F|イニシャル F
内容量|720ml
製造者|土田酒造
価格|1850円(税込)
えっ? これが日本酒!? と、のけぞってください(笑)。白ワインとも違うまろやかな酸味は、ほかに例えるすべがないほど特殊なもの。醸造側では非常にアクロバティックなことをやっているのですが、そういう気難しさを微塵も感じさせず、クイクイ飲める代物です。ですから、宅飲みにもってこい! 多様化する日本酒の最前線を味わうアイテムとして超オススメします。さらに、飲み手の挑戦的なアティテュードとしては、牛乳割り。日本酒を牛乳で割って飲むことをオススメします。さらなる高みを目指すなら、この銘柄をGinで割ってみてください。マティーニよろしく、無敵なカクテルが出来上がります。スタイリストがブランドをまたいで自由自在にコーディネイトするように、お酒だってもっと自由にツイストしていいのです!
※この記事は、案件ではありません。
※山内先生とオウプナーズ編集部員の土田貴史が本気でオススメする日本酒を紹介しています。
                      
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