連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「忘年会の鍋」
LOUNGE / FEATURES
2022年12月2日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「忘年会の鍋」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第42回「忘年会の鍋」

忘年会のシーズンになってきた。普段は週1,2回にしている会食も、11月に入ってから3,4回と増えている。コロナが猛威を奮っていたここ2年は、業界や企業によっては忘年会を自粛あるいは規制している向きもあった。今年はどうだろうか。そもそもコロナ関係なく忘年会自体が若人たちには敬遠されがちなんて話も聞く。昔はどうだったとか武勇伝を聞かされ、若いんだから食えや飲めやと強制されて、あげくの果てに会費が自腹なんて始末だったら、誰がどう考えたって参加したくない。と、まあそれは会社や個々人の裁量や器量の問題であって、その辺解決ができるなら忘年会は多いにやった方がいい。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

「鍋」さえあればいい

会おう会おうと言いながらなかなか会えてなかった人、偶然会って今度飲みに行こうとなっていた人、人を介して知り合って意気投合して今度また別で行きましょうとなっていた人、お世話になってお礼をしたい人、毎年年末に集合してる昔の仲間、普段から一緒に仕事している戦友、、、年を重ねると会いたい人は増える一方だけど、普段なかなか全員には会えない。けれど、「年の瀬」ということだけが会うきっかけになり、理由になる。
ぼたん:淡路町
忘年会と言えば昔から「鍋」と決まっている。このご時世衛生的にどうだとか、さほど親しくない人と同じ鍋をつつくのがどうだとか、そういう話は蹴とばして投げ捨てておく。ひとつの鍋をみんなで囲んで楽しく飲んで仲良くなろうという前向きなマインドを持っている人たちと、鍋をつついて酒を酌み交わしたい。
鍋料理の起源は土器が発明された縄文時代と言われている。土器に肉や魚、野菜を入れて火にかけることで加熱殺菌できて、また食べやすく消化しやすくなり、栄養も余すことなく取り入れられることから普及したそうだ。
現在のような、スタイルとして「鍋を囲む」のが始まったのは江戸時代から明治時代のこと。中国から日本に伝わって長崎で広まった郷土料理「卓袱(しっぽく)」がその起源。それまでの食事スタイルは「膳」だったが、大皿に盛られた料理を「卓(テーブル)」に乗せて取り分けていただくスタイルも浸透していった。明治時代になるとそれまで禁止されていた肉食が解禁されて、富国強兵も相まってスタミナが付く牛鍋が普及。今でいうすき焼きとほぼ同義。西洋料理に不慣れな庶民にも親しみやすかったようで、瞬く間に広がり、「鍋」も親しまれていった。
さあ、せっかくの忘年会。美味しい鍋で1年の穢れ(けがれ)を払い、景気を付けて、翌年の福を呼び込みたいものである。
■ちゃんこ霧島 東京都墨田区両国2-13-7
相撲の聖地両国の駅前にそびえ立つ、ちゃんこ霧島。千代の富士や北勝海、旭富士が横綱に君臨していた平成初期、甘いマスクと鍛え上げられた肉体で人気を博した元大関霧島(陸奥親方)の店。部屋の料理番(ちゃんこ番)が作る鍋のことをちゃんこ鍋と言い、ちゃんこ鍋自体に具材や味付けの定義はない。力士が体格を作り上げるために栄養バランスを鑑み、野菜やきのこ、魚介や肉がバランスよく入って、よく煮込んでいるのがちゃんこ鍋だ。消化が良くて身体も温まるのでヘルシーで、酒量が増える忘年会シーズンにはぴったりだ。
霧島のちゃんこも、野菜や魚介、肉がたっぷり入って、鳥ガラの出汁がきいたスープが染みて美味しい。両国駅前でビル丸ごと霧島というのも味があって良い。鍋の後の2軒目は隣駅の錦糸町で官能的に楽しむか、はたまた浅草で小粋に楽しむか。ちなみに、運が良ければお店で親方に会えたりもする。
■松屋(韓国) 東京都新宿区大久保1-1-17
新大久保の老舗、僕が新大久保に住み始めた25年くらい前にはすでに人気有名店だった韓国料理屋。カムジャタンを新大久保で始めたのは松屋が最初。ホクホクのじゃがいもがたっぷり入ったカムジャタンも美味しいけど、個人的にはタコ鍋がオススメ。フレッシュなタコをまるっと一匹入れてグツグツ煮込んで、煮込んだタコを掴み上げて豪快にザクザク切っていく。プルンとコリっとした食感のタコと野菜の甘みとコクが溶け込んだマイルドなスープが絡み合う、これぞ韓国という鍋。料理だけじゃなくて店構えも店員さんのちょっとそっけない接客も本場さながら。バシッと体力をつけるスタミナたっぷりタコ鍋を食べておけば、寒い冬も乗り越えられちゃう。
■鳥料理それがし(鳥すき焼き) 東京都西五反田2-15-11松岡ビル2F
鳥すきって普段はなかなか食べる機会が少ない。特別高級なわけじゃないけど、ちょっと贅沢して美味しい鍋を囲おうとなったときにすき焼きやしゃぶしゃぶは思いつくけど鳥すきはパッと思いつかない。酒をこよなく愛し、とことんこだわる「それがし」が手がける五反田の鳥料理専門店。ここの鳥すきが絶品。鳥ってこんなに美味しかったんだ、と再認識させられる。鳥を丸ごと、色々な部位が食べられてその味や食感の違いを楽しめる。一品一品趣向を凝らしているけどシンプルで素直に美味しい。
■山田屋 東京都新宿区四谷4-28-20
鍋、そして冬の味覚と言えばやっぱり河豚。高級品でめったに食べないからこそ、年の瀬の大事な場面を使って年に一度くらいゆっくり楽しみたいところ。最近のお気に入りは新宿御苑の山田屋。創業約60年、新宿御苑から四谷三丁目に向かう新宿通りの路地裏にある昔ながらの小料理屋。1Fのカウンターは8席程度、小上がりのお座敷。てっさ、唐揚げ、てっちり、雑炊とシンプルなコースで料金も10,000円を切ってリーズナブル。それに白子焼きや香箱蟹など酒飲み垂涎の一品料理をつまんで、ひれ酒を飲んで。デザートのりんごアイスも、知り合いから届くりんごを使った自家製で、最後まで抜かりなし。場所が場所なら倍以上の価格になるのでは、という内容。お座敷でみんなで鍋を囲むのも、気心知れた仲間やパートナーとカウンターでしっぽり二人でというのもいい。
年の瀬は、来年に向けてああしようこうしようではなく、ただただひたすら今年あった楽しかったことを振り返ってもう一回笑い、つまらなかったことは忘れてしまいたい。ひとつの鍋をみんなでつついて、心も体もあたためて、ほっこり楽しもう。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
Photo Gallery