若槻千夏/宇川直宏が感じた、バーチャル渋谷の可能性
LOUNGE / FEATURES
2020年6月17日

若槻千夏/宇川直宏が感じた、バーチャル渋谷の可能性

2020年5月19日、渋谷区公認の配信プラットフォーム「バーチャル渋谷」にて「#渋谷攻殻NIGHT by au 5G」が行われた。コロナ禍によりさまざまな活動が制限されるなか、バーチャル空間を使った新たなエンターテイメントを模索するこの試みは大きな話題となり、メディアを席巻した。また、実現に至っては前回​同様、スピーディに「走りながら考える」姿勢が見られたのも興味深い。ここでは、同イベントに登壇した若槻千夏氏(渋谷未来デザイン フューチャーデザイナー)、宇川直宏氏(スーパー ドミューン代表)、そして仕掛け人である三浦伊知郎氏(KDDI革新担当部長)の対談を通じて、「バーチャル渋谷」の可能性を探っていく。

Text by TOMIYAMA Eizaburo

バーチャル渋谷ガイド:バーチャル渋谷の魅力を紹介 #渋谷攻殻 NIGHT by au 5G

それぞれの思い出が息づく街「渋谷」

三浦 先日は、「#渋谷攻殻NIGHT by au 5G」へのご出演ありがとうございました! おかげさまでのべ5万人を超える来場者数で、各種メディアにも取り上げていただきまして。そこで今回は、当日の模様を振り返りつつ感想をいただければと思います。まずは皆さんの「渋谷」との関わりについて伺えますか?
若槻 私は埼玉が地元なんですけど、渋谷にはもう17年くらい住んでいます。
宇川 ドミューンのスタジオが渋谷区に移ってからもう12年くらい。でも、三浦さんは生まれも育ちも道玄坂(渋谷)でしょ?
三浦 そうなんです。
宇川 若槻さんも埼玉出身なので、若い頃から実際に渋谷に訪れて、この街で遊んでいたわけですよね。僕は香川県高松市生まれだから。思春期が’80年代のニューウェーブど真ん中で、原宿の賑わいを四国で見て育ったんです。当時は竹の子族全盛で、それ以外にも山崎眞行さんの『クリームソーダ』(現ピンクドラゴン)がブレイクしたり。そうこうしている間に、『ヴィヴィアン・ウエストウッド』がバズって、『アストアロボット』に復刻した『セディショナリーズ』が入ったり、そこからヒップホップが台頭して、皆が急にドレスダウンに目覚めて『アディダス』や『トゥループ』を買いあさっていた。また、キース・ヘリングが来日して、表参道の路上にチョークでライヴ・ドローングした、あの頃の渋谷がいわゆる僕の青春時代です(笑)
三浦 原宿もまた渋谷区ですからね。でも、隣町なのにまったくキャラクターが違う。
宇川 本当に多様な顔をもっていますね。僕は中〜高校時代、地元でオルタナティヴでアヴァンギャルドな音楽にどっぷり浸かり、その影響からいわゆるセゾンカルチャーにハマりまくった世代で、80年代終わりに上京して、先鋭なものが他の街から数年で渋谷に移行する流れを見てきました。そのひとつが、’90年代の渋谷系。当事者たちは、いまだにこのカテゴリーを躊躇していますけど。当時はバブル景気真っ只で、日本のレコードコレクターがレアグルーヴ(発売時には話題にならなかった良質音源)を世界中で掘ってきて新たな価値をつけるので、ヴァイナルの世界的な価格も高騰した。それが’90年代になると、ピチカートファイブやフリッパーズギターなどが、それらの音源をサンプリングしてオシャレに脱構築していくわけです。ゆえに、当時は世界中の音楽が渋谷に集中的に集まっていたし、レコードを漁ってそのまま夜はクラブへ流れていくような、’90年代の文化的発信源になった。自分もその時代の東京を堪能したひとりだと思います。
三浦 人が多く集まる都市はどこもそうですけど、「渋谷」はとくにそれぞれの思い出がある場所ですよね。僕の場合は地元ということもあって、両親もバーチャル渋谷に来てくれて、昔を懐かしみながら楽しんでくれたみたいなんです。僕が小さい頃は、ドン・キホーテがある周辺がまだ空き地で、石原軍団がよくロケをしていて毎週のように、爆発音がしていたんです。
若槻 えっ! あんなところでカーチェイスをやってたんですか? 想像がつかない・・・・。私は17歳で初めて渋谷にきて、スカウトされたのも渋谷。「カリスマ」って言葉が流行っていた時代で、厚底ブーツのアムラーファッション全盛期。だから、渋谷といえば「ギャル」なんです。そういう渋谷に憧れて行ったらスカウトされて、事務所も渋谷だった。だからずっと憧れの街だし、その街のことを知りたくて住み続けているような感じです。
宇川 僕も「バーチャル渋谷」にいながら、毎日のように渋谷に浸っていた頃を思い出していました。イベントでは若槻さんの掛け声で一緒に街ぶらしましたけど、当時の思い出が仮想空間の中で脳内に押し寄せてきました。
三浦 不思議と、いまの渋谷をバーチャル化しただけなのに、懐かしさを感じた人が多いんですよね。

リアルなバーチャル空間だからこそ生まれる感覚

若槻 そもそも「バーチャル渋谷」というのは、どう始まったんですか?
三浦 当初は、5Gの技術を使いながら「リアルな渋谷」を回遊してもらう企画だったんです。渋谷区としてはスクランブル交差点以外にもいろいろ行って欲しいし、消費を喚起させたい。そのひとつとして、攻殻機動隊とau5Gのキャンペーン企画があった。でも、新型コロナ騒動が起きて、そもそも渋谷に人が来れなくなってしまった。いよいよどうするか? ってときに、攻殻機動隊の「電脳」ってワードから「電脳渋谷」を連想して、そこから「バーチャル渋谷」というもうひとつの空間を作ろうと。それが渋谷区の公認事業と認定されたというのが経緯です。構想から約1ヶ月半で完成させるという超短期間での構築だったので、伸び代はまだたくさんあるんですよ。
若槻 えっ、でも映像はめちゃくちゃキレイでしたよ! もっと「絵」みたいなものかと思っていたら、本当の渋谷の街だった。夜の風景にもワクワクしつつイベントを楽しめました。
宇川 再現度が半端じゃないよね。あれが完全に架空の街だったら、あそこまで空間に浸れなかったと思う。参加した人の多くは、原体験だったり、憧れだったり、ニュースで見た風景だったり、それぞれが渋谷と向き合ったノスタルジックな物語を心に刻んでいる。そう考えると、常に渋谷には街の記憶が気配として宿っているわけで。たとえバーチャルでも、アクセスした瞬間に「リアルな感覚が得られた」のは、都市の持つ「アーカイヴ」に、自己が抱えていた「ノスタルジア」が自動的にチューンインしたのだと実感しました。感情が瞬時に外在化され、共有された。これは大きな発見でしたよね。僕が一番感動したのは、若槻さんがスカウトされた場所をみんなで追体験したこと。
若槻 あんなこと、めちゃくちゃ仲良しでもない限りはしないですからね(笑)
「#渋谷攻殻NIGHT by au 5G」のイベントでおこなわれた街ブラ。ここで、若槻氏がスカウトされた場所も披露された。なお、お客さんの人数が少なく見えるのは容量の問題で、実際はのべ5万人が参加していた。
宇川 (笑)。つまり、リアルな渋谷じゃないからこそ開くことのできる「郷愁の扉」があった。またそこを想像力で補いながら共有する「快楽」もありました。あと、LOVEちゃんが「吉野家があった」と発見し、お腹空いてたからそっちに走っていきましたよね。欲望の赴くままに(笑)。あれって、バーチャルな空間に投げ出した身体としてのアバターに、胃が直結しているという証だと思いました。義体にゴーストが宿る瞬間を目撃したようで感動しましたね(笑)
三浦 確かにそういう不思議なシンクロはありますね。
宇川 でも、行ってみたら「吉野家」じゃなくて「告野家」って書いてあった(笑)。もじり方が最高、ツッコミどころが満載なんですよね。解像度が高そうで低い(笑)。あの空間には、バーチャルとパロディの境界が滲んでいた。そのようにすごく「多層なレイヤー」がそこにある。だからこそ、それぞれの個人史が渋谷の物語として仮想の街並みに溶け出したのだし、あの日初対面だった若槻さんの物語に自由に入り込むこともできた。そういった記憶や想い出を解放し、共有し合うための「複合的な現実」を仮想体験できることに、とんでもない可能性を感じました。

ステージ上からの風景や感覚もリアルだった

三浦 ステージから見た風景はどういう感じでしたか?
若槻 アバターではありますけど、ステージの上から拍手やコメントをしているお客さんを観ている感じ。自分の意思で動いたり、階段を降りたり、リアルなステージと変わらない気分もあって。
宇川 うん、ガチでハチ公と駅前交番に向かいながら営業している感じ。でも、これまで体感したことのない感覚でしたよね。
若槻 慣れたらあれが普通の世界になるのかな~。
宇川 いわゆる「デジタルツイン」を体感するには最適の空間でしたね。言ってみれば美川憲一の家に誘われているんじゃなくて、美川憲一のマネをしているコロッケの家に誘われている感覚。あれっ、わかります?(笑)。だから、いちいち看板がモジられているし、例えば「美川」と書いてなくて「美州」と書いてある。美川と美州、もしくは「美川」と「コロッケ」を行き来するミラーワールドが、バーチャル渋谷だったわけですよ。あれっ、わかります?(笑)
三浦 あははは。Twitterのタイムラインを見てたら、若槻さんやLOVEちゃんとツーショットを撮っている人がいたり。
若槻 そうなんですね。でも、好きなアーティストとのツーショットを「気軽に安全に」撮れるのはいいですよね。
宇川 知り合いから「ずっと横を歩いていたのに、宇川さん全然気づいてくれない!」って言われて。
若槻 それはうちの子にも言われた! 「ママずっと拍手してたんだよ!」って。それは全然わからない。
三浦 そこも伸び代ですね。ビジネス的にもまだまだ面白く展開できる可能性があって。たとえば、若槻さんのブランドのポップアップストアが「バーチャル渋谷」にあって。そこでアバター向けのカバンを買うと、リアルでも同じカバンが届くとか。いろいろと考えられる。

これからサイバースペース・エコノミーが生まれる

宇川 スクランブル交差点って長らく賑わいの象徴だったのに、コロナ禍においてはソーシャル・ディスタンスが保たれているかどうかを観察する試験場になっていた。このポスト・パンデミック、withコロナの時代において、人々の行動の基準値にスクランブル交差点が選ばれたわけで。そんな中、エクストリームな独創性を競いあう「ハロウインをバーチャル渋谷でやればいいじゃないか」って、それは登壇者全員があの日語っていたこと。しかしそのためには、全オーディエンスのアバターを他人と共有できないと意味がない。「仮想」と「仮装」は表裏一体なので。
三浦 そこはやるしかないと思っています。いまは色々な制限がある状態ですが、頑張れば解決できる問題です。個人的には、今後『千夏の部屋』みたいな、若槻さんをホストにしたレギュラー番組とかもやってみたい。ドミューンと連携してもいいわけですし。リアル空間に『BAR 千夏』を作ってみるのも面白い。
宇川 パンデミックが起きる以前、僕らは渋谷未来デザインさんやKDDIさんと、(渋谷の)新しい都市開発をいかにイメージするか、そんな会合を開いていて。そのひとつとして、ITベンチャーを活性化させる昼間の「ビットバレー構想」があるならば、夜の渋谷を司る「ナイトタイム・エコノミー」についても議論をしてきた。でも、コロナ禍で状況が一変して、新たにここに「サイバースペース・エコノミー」というものが生まれようとしている。このメタバース化した渋谷をいかに現実の渋谷区と連動させ、「ミラーワールド」としての「渋谷」を世界的なブランドにしようという発想が生まれてきている。「バーチャル渋谷」はその突破口になる得ると思う。
三浦 若槻さんは「バーチャル渋谷」で何かやりたいことありますか?
若槻 私たちは渋谷にすぐ行ける環境ですけど、遠くに住んでいる人でも気軽に行けるのがバーチャルの良さですよね。体験できるエリアがどんどん広がって、実際に遊びに行く前にバーチャルで体験ができたり、昔の渋谷ってどうだったのかな? っていう体験ができると面白い。
宇川 1995年くらいのセンター街に行くと、アバターの履いた「バーチャル渋谷」で買ったばかりの『エアマックス』が狩られるとか(笑)
三浦 「場」としての領域は拡張したいと思っています。現在、過去、未来も超越することも可能ですね。1990年代バージョン、2000年代バージョンとかができれば時空を超えられる。
若槻 バーチャル渋谷では空の空間も使えるのが面白かった。今回は『攻殻機動隊』で街を作っていましたけど。ああいう感じで、渋谷全体が「好きなアーティストの街になる」とかはファンとしても嬉しいと思う。

リアルとバーチャルの相互作用

三浦 今後、逆にリアルはどうなると思いますか?
宇川 今日もこれからドミューンのスタジオ(渋谷パルコ9F)に行くし、僕は相変わらずリアルな渋谷で活動しているけど。渋谷がかつての賑わいを取り戻すのには時間がかかると思う。正確に言えば、以前の日常を完全に取り戻すのは不可能だと思う。でも、ここまでオンライン会議が続くと「会う」ことの意味を改めて考えさせられることが多くて。パソコンの画面に「顔」が映し出されているけど、人と人が会話してるときって「顔」を見てるわけではなくて、「空間」を共有したのだと改めて感じています。だから、オンラインでは「対話」はできても、本当の意味での「会合」はできていないんじゃないかな。そこをさらに掘り下げてアートやエンターテイメントを考えていくと、より豊かなものが生まれると思う。
三浦 リアルに会ってコミュニケーションすることの価値が浮き彫りになっていますよね。だからこそ、オンラインでできることはそれでやればいい。旅好きの自分としては、旅の重要性・価値が浮き彫りになっています。やっぱり最後は「リアル」でのコミュニケーションが最重要だと改めて認識しています。
宇川 今日はひさびさにリアルな対談だったから、それだけで胸がときめいたもん。これって結構重要ですよね。
三浦 「バーチャル渋谷」に関しては、うちのエンジニアが頑張ってくれた側面もありますけど。やっぱり、あの空間に若槻さんや宇川さん、DJ LOVEさん、アンジュ・カトリーナさんが登壇してくれたことが重要で、そこはリアルだったし可能性を感じましたね。なので、今回はやってみないとわからないことが多かった。やりきってみて、若槻さんや宇川さんのようなプロの方々のアドリブ力に救われたことも多かった。いろいろと勉強になりました。やはり、「とにかくやってみる」ですね。
宇川 回線のトラブルで、ステージ上で若槻さんとふたりっきりになったときは、これって「告らないといけないの?」って思ったからね(笑)
若槻 あははは。ガチでふたりきりでしたからね。
宇川 そういう「バーチャルなのにリアルなトラブル」もスリリングで面白かった! おさらいすると「バーチャル渋谷」においては、現実をいかに投影できるかがこれからのテーマになってくると思う。もうひとつは「ミラーワールド」としての現実との相互作用。例えば現実世界でのひずみを「バーチャル渋谷」で解消することもできるかもしれない。もしくは、リアルでは実現できない超越体験を「バーチャル渋谷」のなかではできるかもしれない。あとは、記憶と感情と仮想世界の融合ですね。そのようなとんでもない可能性を感じましたね。
                      
Photo Gallery