連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「ビストロ」
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2022年9月2日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「ビストロ」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第39回「ビストロ」

「“ビストロ”ってなに?」って若い頃思ってた。テレビ番組の企画「ビストロSMAP」のお陰で言葉にはなじみがなかったわけじゃないけど、レストランでもないし、カフェでもない。街中に該当する店がそんなに昔はなかったからどんな店なのか頭でイメージがしにくい。けど、なんだかこじゃれたジャンルの店だということだけはわかる。だからかわからないけど、ごはんに行くときに、「じゃあ、“ビストロ”にしようか?」なんて言われたら気取ってていけ好かないヤツだと思ってた。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

<IL BOLLITO:神楽坂>
ビストロはフランス語で、気軽に庶民的で家庭的な料理を美味しいお酒と共に楽しめる店。まあ僕らが今言うビストロは、イタリアやスペインなども含めて特に料理はフランスに限るわけじゃないけど、日本で言うところの大衆酒場みたいなニュアンスだ。美味しいごはんと美味しい食事、ワイワイ感があってリーズナブル。ただ大衆酒場と違うのは、大衆酒場に必要なのが“深さ”や“渋さ”みたいなものだとしたら、ビストロに必要なのは“色気”?
もちろん家族で行くこともあるし、仕事仲間で行くこともあるだろうけど、初デートで大衆酒場に誘うか? でも初回からレストランは堅苦しかろう。カフェで口説くか? いや学生じゃないんだから、と考えたら、そこはビストロならでは。お酒を楽しそうに選んでいた隣の二人がパスタを食べる頃には口もきいてなかったり、ビシソワーズ飲んで生ハム食べてた時は180度に並んで座ってたカウンターの二人が鴨肉食べて赤ワイン飲んでる頃には体は90度で向き合っていたり。男女の意識や心の暗部がかすかに顕在化するのが、ビストロという場所。
だいたい昔はビストロは全然なかったのにいつの間にかすごい増えていて、どのエリアも路地裏に行けばこじんまりした美味しそうな店はけっこうある。ただ、皿を映えさせやすいからか中身は大したことないのにレビューサイトの点数が妙に高い店が多いのもビストロ。そんなこともあって、路地裏でひっそり佇むいい感じのビストロのひとつやふたつは、大人なら知ってて損はない。
1.ワインとイタリア料理141  東京都目黒区自由が丘2-14-1 とりまさビル 3F
夜が早い自由が丘で夜中2時までやっている貴重なお店。ビルの3Fだからちょっと見つけにくいし、店内もこじんまりしていていつも満席なんだけど、それが逆に心地いい。ワインのセレクトのこだわりや、料理にも込められた想いがすごく感じられる。
チーズと胡椒のパスタ カチョエペペは秀逸で、秀逸過ぎて他のパスタも気になってつい頼みすぎてしまう。自由が丘で夜中2時までっていうだけで十分なのに、この料理とお酒と雰囲気で言うことなしの店。
2.IL BOLLITO 東京都新宿区若宮町5
神楽坂の路地裏というロケーションであたたかい灯りと声がもれてくる。見つけた瞬間気になった、イタリア北部ロマーニャ州の郷土料理の店。イタリアはどこで何を食べても美味しいけど、ボローニャをはじめパルマやフェラーラが所在するロマーニャは特に食文化が豊かな美食エリア。パルミジャーノレッジャーノやバルサミコ酢、パルマハムやボローニャソーセージなどの産地で知られている。
肉とチーズをメインに地ワインもあるこの店も、どのメニューも目をひくものばかり。オススメされる皿の上にたっぷり削ったパルミジャーノと混ぜて食べる赤牛パルミジャーノの白プリンは、見た目も華やかで芳醇で濃厚な味わい。馬肉のタルタル、豚足、肉厚牛タン、牛肉ボロネーゼのタリアテッレ……、ワイン好きで肉食欲旺盛な人たちにはたまんない。

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「ビストロ」

3.IBAIA 東京都中央区銀座3-12-5 ファーストビル 1F
東銀座の路地裏で、自社農園の野菜とボリュームたっぷりでセンスあふれる肉料理でもてなしてくれる名店。SNSや雑誌で見る人気メニューは牛ヒレカツだけど、僕が大好きなのはラムの唐揚げと豚モツのソーセージ。クミンやコリアンダーを感じるスパイシーでジューシーなラムの唐揚げと、ホロホロ崩してコリっと食感が楽しめるソーセージは斬新で新鮮な出会い。荒々しさもありながら丁寧で繊細でクリエイティブ。肉だけじゃなくて野菜もしっかり楽しめる、あたたかみのある店。
<Paseri:目黒>
<IRON HOUSE:目黒>
良いビストロの条件は、センスと個性のある美味しい料理、料理にあうこだわった美味しいお酒、フレンドリーで楽しいスタッフさんとの会話、仄暗い中でのあたたかい灯り、かすかにに漂う男女の暗部。ビストロは大人の階段。
カプレーゼはモッツアレラじゃなくてブッラ―タだし、生ハムだけで何十種類もあるし、肉は牛か豚か鳥じゃなくて鴨か羊か鹿で選ばなくちゃいけない。自分の酒の好みもわかってないといけないから、ガキには太刀打ち不可能。経験を積んで色気を纏った大人だから楽しめる場所なのだ。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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