世界中のうまいものはラスベガスに集結する(2)|特集
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2015年11月25日

世界中のうまいものはラスベガスに集結する(2)|特集

特集|食のメッカ、ラスベガス全解剖

合言葉は「サステイナブル」と「ローカル」

ラスベガスで見つけた地産地消の進化系

アメリカのグルメシーンに変化が起きている。ラスベガス(以下、ベガス)で、アメリカ人シェフたちが次々と繊細な料理を生みだす様子を目にした私たち取材班は、そう確信しはじめていた。そして浮かびあがってきたキーワードが“ファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)”。はたして砂漠に囲まれた街、ベガスにこの理念がどこまで浸透しているのか? その真相を確かめに街へ繰りだすことにした。

――最新グルメ事情は「ベガス・アンコルクド」で学べ
世界中のうまいものはラスベガスに集結する(1)から読む

Photographs by KOMIYA KokiText by TANAKA Junko (OPENERS)
Special Thanks to Las Vegas Convention & Visitors Authority, Delta Air Lines

砂漠ではなにも育たないってホント?

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「Sage」のシェフ、ショーン・マクレーン氏。2006年に“米国・料理界のアカデミー賞”とも称される「ジェームズ・ベアード・ベストシェフ賞」を受賞した実力派だ

ネバダ州の広大な砂漠につくられた人工都市、ベガス。夏の日中はゆうに40度を越え、冬の朝晩は氷点下を記録することもある厳しい環境である。本特集の第一弾でグルメ雑誌『ボナ・ペティ』のエディター、アンドリュー・ノウルトン氏が語っていたように「野菜も育たなければ、酪農だって難しい」。地元の畑で採れた新鮮な食材を使って料理をつくる、ファーム・トゥ・テーブル=地産地消の理念を取り入れるなど、夢のまた夢……。

だが、ノウルトン氏はこんな話もしていた。「(ベガスに店を構える)料理界の最先端を走る一流シェフたちが、ほかでやってきたファーム・トゥ・テーブルのかんがえを、ベガスでも実現させようと動きはじめてから状況は一変した」と。

その中心人物のひとりがホテル「ARIAリゾート&カジノ」にある「Sage」のオーナーシェフ、ショーン・マクレーン氏。彼のキッチンには毎週、食材ハンターのケリー・クラスビー氏から新鮮な食材が届く。野菜からフルーツ、肉まで、すべてカリフォルニア州やネバダ州で採れたばかりのものだ。

食材を見てから決めるため、当然メニューは流動的。一つひとつが、そのときの旬の食材を使った、その瞬間にしか味わえないもの。まさに一期一会の出合いが待ち受けているのだ。

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「今日はすばらしいアーティチョークが入ったんだ」と言って、この日シェフが用意してくれたのはイベリコ豚とビネグレットソースのパンチが効いた前菜「Poached Artichoke」(左)。そして契約農家から届く、ホエー豚のロースを使った看板メニューのひとつ「Beecher's Farm Whey Fed Pork Loin」

「ベガスに来てみて驚いたのはその利便性のよさ。孤立した砂漠都市をイメージしていたんだけど、カリフォルニア州とは目と鼻の先。急ぎの注文も夜のうちにすませておけば、翌朝には届けてもらえる。そういう意味でとても恵まれているとおもう。それほどカリフォルニア州で採れる野菜とフルーツは素晴らしいんだ。

たとえば青野菜。ここに来るまで、レタスの種類が10種類以上もあるなんて知らなかったよ。アーティチョークやアボガド、オレンジといった州の名産はもちろん、イチゴも信じられないぐらいにおいしい。これまで僕が知っていたイチゴはなんだったんだろう?って本気で落ち込んだぐらいだよ(笑)。

じつはこの食材たちが、州の外に“輸出”されることはほとんどない。遠くの州に送ったところで、船が到着するころには腐ってしまっている可能性が高いからね。それを僕たちは簡単に手に入れられるんだ。

それから最近では、ベガスのあるネバダ州でも、野菜やフルーツを育てている人たちがいる。もちろん、簡単なことじゃない。だけど、温室を活用したりして、夏の炎天下でも栽培できる方法をみんないろいろ模索しているよ。ここからクルマで1時間ぐらいの距離にあるパランプには、デーツを栽培している畑があったり、成功例もいくつか出てきているみたいだ」

いっぽう「デラーノ」のカフェ・レストラン「Della’s Kitchen」は、ネバダ州の食材を積極的に取り入れている、ベガスにおける地産地消のパイオニア的存在だ。率いるのは20年以上ベガスのグルメシーンを見てきたという、エグゼクティブシェフのスーザン・ウォルフラ氏。

「はじめてベガスに来たとき、砂漠ではなにも育たないというのが通説になっていた。だからすべての食材を輸入しなくちゃならないって。5年ほど前、この店を立ち上げることになったときにおもったの。じゃあ、その通説が本当かどうか試してみようじゃないのって。

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ログハウスのような居心地のよさが魅力の「Della’s Kitchen」。朝の6時30分から昼の14時まで、地元の新鮮な食材を使った朝食と昼食メニューを提供する。店内には大きく「Farm to Table(ファーム・トゥ・テーブル)」の文字が

たとえば、ブリーチーズを使いたいというシェフがいたんだけど、いつものようにフランスから輸入するんじゃなくて、アメリカ国内でブリーチーズをつくっているところを探してみようということになったの。困難なのは承知のうえでね。そしたらなんと、カリフォルニア州のグリーンバレーにすばらしいブリーチーズをつくっている酪農場を見つけたの。意思あるところに道は開けることを実感した瞬間だった。

私たちのコンセプトは、できるだけベガスに近い場所から食材を手にいれること。もしネバダ州になければ、カリフォルニア州から。もしカリフォルニア州になければ、アイダホ州やニューメキシコ州など周辺地域から。それでもなければ、アメリカ全土を探そうって。

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「Della’s Kitchen」のエグゼクティブシェフ、スーザン・ウォルフラ氏。「地産地消のすばらしさはひととひとの繋がり。そのひと言に尽きるとおもうわ。長年付き合っている生産者とは家族みたいなものだから」と語る。左はドーナツやクロワッサン、マフィンなど、焼き立てのペーストリーを盛り合わせた「Baker's Batch」

それからホテルが所有する温室も、私たちにとって重要な供給源のひとつ。もともとは、館内に飾る観葉植物を育てるためのものだったんだけど、そこの一部を間借りしてハーブを育てはじめたの。実験的にいろいろ栽培していたんだけど、じつは今年に入ってから、もっと広いスペースを使えることになったので、大きな野菜も育ててみたいとおもっているところ。

それからもうひとつ、今年中にはじめようとおもっていることがあって。それはレストランのキッチン内に野菜工場をつくること。スプラウトやバジル、ルッコラを栽培する予定。まだ必要な道具を取り揃えている段階だけど、このあたらしい試みにみんなワクワクしているの」

7年前に購入したベガス郊外にある自宅の庭でも、レモンやライム、アプリコットの木を植えたり、ニワトリを飼って毎朝生みたてのタマゴを収穫したりと、公私ともに砂漠農業・畜産業の実験をつづけているウォルフラ氏。そして、彼女の地産地消への取り組みは、野菜やフルーツだけにとどまらない。店で提供する牛肉や豚肉、鶏肉のほとんどは、ネバダ州北部にある畜産農家から調達しているほか、ゲストに提供する飲料水のボトルとグラスも、空き瓶をホテルのリサイクル施設で生まれ変わらせたものだという。

「地元の食材を活用することで、すこしでもCO2排出量を減らそう。それが私たちの狙い。そのためになにができるか。それをみんなでかんがえているときが楽しい。ひとりでかんがえていたときには、おもいもよらなかったことをだれかが提案してくれたり。地産地消はチーム力も創造的思考も高めてくれている気がするわ」

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フィットネスやスパを備えたリゾート施設の一角にある「Canyon Ranch Grill」。ジェームス・ボイヤー氏は「ここでの食事が健康意識を高めるきっかけになれば」と期待を寄せる

そんなウォルフラ氏の意見に賛同するのは「ベネチアン・ラスベガス」にある「Canyon Ranch Grill」のエグゼクティブシェフ、ジェームス・ボイヤー氏。地産地消はサステイナブルな方法でおこなわれてこそ意味をなすと語る。

その食材は冷凍保存する必要はないぐらい、新鮮な状態で手に入れられるか? そして、その食材を購入することで、どれだけCO2排出量を削減できるか? 食材のクオリティは大切だが、それ以上にそれがだれの手でどのように栽培されたのか、それをどのように調達するのかが重要だと。

このサステイナブルという言葉。ここに登場した3人のシェフがそろって口にしていた。直訳すると持続可能という意味になるが、わかりやすくたとえるなら長距離走のイメージだ。高度経済成長期の世の中が短距離走とするなら、ベガスで見つけた地産地消の進化系が示すもの。それは自分の体力と相談しながらペース配分する長距離走に似ている。途中で息切れしてしまわないように、身の丈にあった無理のないペースで地産地消に励む彼らの姿は、ベガスのグルメシーンが息の長い成長をつづけていくことを予感させた。

問い合わせ先

ベガス・アンコルクド

http://vegasuncorked.com

ラスベガス観光局

http://www.visitlasvegas.jp

           
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