クリュッグのフラッグシップ グランド・キュヴェ 172回目のリクリエーション(再創造)とは?
LOUNGE / EAT
2024年10月24日

クリュッグのフラッグシップ グランド・キュヴェ 172回目のリクリエーション(再創造)とは?

KRUG|クリュッグ グランド・キュヴェ 172 エディション

KRUG|クリュッグ ロゼ 28 エディション

シャンパーニュ メゾン「KRUG(クリュッグ)」の6代目当主 オリヴィエ・クリュッグさんが来日して、今年7月に日本でも発売となった「クリュッグ グランド・キュヴェ 172 エディション」、「クリュッグ ロゼ 28 エディション」のお披露目をした。

Text by SUZUKI Fumihiko

この道ひとすじ180年

過日、シャンパーニュ メゾン KRUG(クリュッグ)の6代目当主 オリヴィエ・クリュッグさんが来日した。
これはいまやそこまで珍しいことではなくて、オリヴィエさんは年に数回、日本を訪れる。1990年ごろ、23歳で日本に来て、ワイン業界で2年と少し活動していたオリヴィエさんは、当時まだ、ワインという酒を発見して間もない日本で、KRUGを、そしてシャンパーニュを広めた人物なのだ。
以来、親日家というだけではちょっと足りないくらい日本に思い入れのあるオリヴィエさんは、日本の古くからの友と、新しい友に出会いに、頻繁に日本を訪れている。そのオリヴィエさんによる「クリュッグ グランド・キュヴェ 172 エディション」、「クリュッグ ロゼ 28 エディション」のお披露目に呼んでもらった私は、その日、わたわたと会場に到着し、一番前の席に導かれて着席したのだけれど、わりと直後にオリヴィエさんのくりっとした顔があらわれ、目があって、なんとなくお互い笑顔になって会釈した。
オリヴィエ・クリュッグさん
いやいや!友達じゃないんだから! こちらはシャンパーニュ界最高峰・最高級メゾンの当主さまであらせられる。控えよ! と自らに言い聞かせるけれど、うっかりすると友達だったっけ? とおもってしまうくらい、オリヴィエさんはフレンドリーな人物だ。
そして、オリヴィエさんと同様、KRUGは価格を別にすればフレンドリーなシャンパーニュだ。なにせフェアで秘密がない。その上、KRUGというシャンパーニュ メゾンは、数あるシャンパーニュ メゾンのなかでもとびぬけて質が高く、かつ、分かりやすい。
にもかかわらずOPENERSをよく見てみるとKRUGはそんなに話題になっていないではないか! こんなにいいものなのに! これはとても残念なので、今回は最新作「クリュッグ グランド・キュヴェ 172 エディション」、「クリュッグ ロゼ 28 エディション」を紹介しながら、KRUGの基本的なところをお話したい。
まずは、分かりやすいと私が言った理由から。ここが一番、重要なところで、KRUGはやりたいこと、つまり理想・理念が明確だ。創業からすでに180年以上、ブレがない。だから、分かりやすい。そしてKRUGはそれゆえに尊敬されている。求道的に180年も磨き上げて到達したとんでもない完成度が、世界中のあらゆるジャンルのクラフツマンを魅了するのだ。
ラグジュアリーで、実際、高級だし、華やかなイメージがKRUGにあるとはおもうけれど、その本質は、世界にもそうそう滅多にいない、この道一筋の職人なのだ。

ヴィンテージとグランド・キュヴェ

それゆえ、KRUGの商品ラインナップは実にシンプルだ。単一年のブドウのみで造ったシャンパーニュと複数年にまたがるワインをブレンドしたシャンパーニュの2種類にしか分かれない。
前者はいわゆるヴィンテージとよばれるスタイルで、KRUGの後に年号がつくもの(例えばKRUG 2011)、その間にブドウ畑の名前(CLOS DU MESNIL(クロ・デュ・メニル)とCLOS D’AMBONNAY(クロ・ダンボネ))がつくものの3つがある。例えば、KRUG 2006と言えば2006年のブドウのみで造ったKRUG、KRUG CLOS D'AMBONNAY 2006なら、2006年にCLOS D’AMBONNAYという畑で収穫されたブドウだけで造ったKRUG、KRUG CLOS DU MESNIL 2006なら 2006年にCLOS DU MESNILという畑で収穫されたブドウだけで造ったKRUGだ。
そして後者が、今回、オリヴィエさんが紹介したグランド・キュヴェ(KRUG GRANDE CUVÉE)とロゼのKRUG ROSÉ。KRUGのシャンパーニュの中でフラッグシップ、値段が高いとか安いとかじゃなくて、KRUGがもっともKRUGらしいとする作品はこっちであることを注意されたし。
この2ラインのラインナップはKRUGの創業者ヨーゼフ・クリュッグが、毎年最高のシャンパーニュを造るべし、それから臨機応変な最高のシャンパーニュも持っておくべし、とした理念に従ったもので、前者がグランド・キュヴェ、後者がヴィンテージに結実している。ここにバリエーション的に、単一畑の作品2種とロゼが1つ加わっているのが現在のラインナップ。この形を完成させたのは、オリヴィエさんのお父さんのアンリ・クリュッグさんだ。

グランド・キュヴェは毎回、グランド・キュヴェだ

というわけでKRUGのフラッグシップ、グランド・キュヴェなのだけれど、これ、シャンパーニュのジャンル的には現在もっともありふれたものだ。つまり、直近の収穫年のブドウ果汁を核に、過去に収穫したブドウをワイン化して保存していたもの(リザーブワイン)をブレンドして造ったシャンパーニュなのだ。
ただ、KRUGがスゴいのは、これを創業以来ずーーと造りつづけていること、そして、そのブレンドがとんでもなく細かいことだ。
まず、ずーーと造りつづけているというところだけれど、今回、オリヴィエさんが発表したグランド・キュヴェは「172 エディション」となっている。これはKRUGの場合、172回目のオリジナルKRUGの再現です、という意味になる(KRUGの言葉でいうと再創造・リクリエーション)。172 エディションに使われるブドウのうちで最新のものは2016年に収穫されたブドウなのだけれど、2016から172を引き算すると1844になる。1844年は1843年創業のKRUGの最初のブドウ収穫年だ。そして1845年に1844年を再現した作品が造られ、これがファーストエディション。翌年の1846年がセカンド エディションで、今回、172番目となる。
「そうですね、172 エディションとファーストエディションを比べて、さすがに全く同じシャンパーニュということはないでしょう。なにせ172回も同じ技を磨いているわけですから色々と腕が上がっているとおもいます。ただ、ヨーゼフ・クリュッグが飲んだら、ああ、これKRUGだね、と言うとはおもっています」
事実、グランド・キュヴェは毎エディション、とにかくよく似ている。171 エディションと172 エディションを今、同時に飲めば、171 エディションの方が1年分長く熟成していること以外の違いはわずかだ。なんなら164 エディションと比べても、大きくは違わない。私は、どのへんのエディションからグランド・キュヴェを飲んでいるのか、ちょっと記憶が定かではないけれど、150番代の中盤あたりからはおそらく全エディション飲んでいる。そして、全部とてもよく似ている。
これはスゴいことだ。だって、ブドウは毎年違うのだ。夏が涼しい年もあれば、冬が温かい年もある。ごくシンプルなワインなら、工業製品的に毎年似たようなワインを造ることもできるだろう。でも、グランド・キュヴェはとんでもなく複雑なワインなのだ。腕時計に例えて言うなら、外観上も機能上も同じグランドコンプリケーションが10個あって、全部内部のメカのパーツが違う、みたいな話だ。
これを実現しているのは、シャンパーニュブドウオタクと言って差し支えないであろう、KRUGのワインメーカーチーム。
彼らは、グランド・キュヴェに使えそうなパーツを揃えるため、自社畑のほか、多くの農家からブドウを仕入れている。仕入れ方は「お宅のブドウが欲しい」みたいなざっくりしたものではなくて「お宅の畑のこの区画のいついつに収穫したブドウが欲しい」という方法で、そのブドウから1つのワインを造る。それで毎年、だいたい300区画からブドウを仕入れて、つまり300のワインを造って、これとKRUGのワインライブラリーから大体100種類の過去のワインを「パーツ」として考えて、さて、じゃあこれでどうやってグランド・キュヴェを造ろうか? とそんな造り方をしている。
172 エディションでは2016年に収穫されたブドウを中心に、11の異なる年の146種類のワインをブレンドしているのだそうだ。
「セラーマスターのジュリー・カヴィルはスゴいですよ! なにせシャンパーニュは3ヘクタールもあれば20区画くらいありますからね。彼女は、その20区画をワインを飲んで言い当てられるレベルです。膨大なテイスティングをして、どのワインをどう使えばグランド・キュヴェができるのか、と組み立てていくんです」
というのは、以前のオリヴィエさんの発言なのだけれど、シャンパーニュ地方は約34,300haの栽培面積が28万区画に分かれているので、1haあたり8区画という計算になる。高級料理界隈でKRUGは大変人気で、時に欲しくても買えない! という声が聞かれることがあるけれど、KRUGが足りないのは、こんな造り方をしているために、ブドウの選別やらテイスティングやらで、ワインメーカーチームがスケジュール的に限界、という理由らしい。
とはいえ、おいそれとチームは増強できない。なにせこのチームは、区画レベルでワインを利きわけられる能力者集団なのだ。去年聞いた話だと、最年少のイザベルさんという女性は、たった4年でこのチームのメンバー入りを果たした20代の人物だそうだ。きっととんでもない才人なのだろう……。
もちろん、ワインの世界は、別にブレンドの数が多いから偉いとかいうほど単純でもない。ひとつの畑、ひとつのブドウを極限まで磨き上げて、世界最高峰のワインを造る造り手もいるし、先に述べたように、ジャンルだけでいえば、グランド・キュヴェは普通のシャンパーニュに属する。要は、どんなやり方であれ、それをどこまで高みに導けるかであって、KRUGはKRUGのやり方を突き詰めることで最高峰に至っているのだ。
そして、ヴィンテージの方は、このチームが、グランド・キュヴェを造るという条件を外す代わりに、単一年のみ、単一畑のみという条件を加えて造ったシャンパーニュだ。こういう人たちが、これぞ!という年にだけ(ここ20年は2~3年に一回くらいのペース)造るものだから、非常に面白いものであることは想像に難くないのではないだろうか?

前進しつづけられる力

というわけで、そんな職人気質のシャンパーニュ造りこそKRUGの魅力なのだけれど、じゃあ、その作品が、時代遅れだったり、技芸極まって難解至極か? というとそうでもないのが面白いところ。特に、今回、グランド・キュヴェ 172 エディションとロゼ 28 エディションを味わってみて、私は、とても現代的で誰もが楽しみやすいバランスだと感じた。
KRUGは近年、特定の食材とKRUGとのペアリングメニューを世界中のクリュッグアンバサダーに考えてもらうというプ「クリュッグ×単一食材プログラム」を展開している。今年はその記念すべき10回目にあたり、食材としてエディブルフラワーが選ばれた。誰が、どんなレシピを生み出したかはこちら(https://www.krug.com/jp/krug-stories/krug-x-flower)で見ることができ、やる気があれば再現できる……かもしれない
グランド・キュヴェ 172 エディションは、おそらく時間が経つとかなりの深みを獲得するはず。昨年はフレッシュネスをやや強めに感じたので、10年とか20年経つと、この両者は多少、違ったニュアンスを獲得するのでは? と予想する。ロゼは、もし事情が許すならば、今すぐ飲んでみて欲しい。というのも、このロゼにブレンドされている赤ワイン、ではないのだけれど、赤ワイン風の味わいとその他のフレッシュな部分とのコントラストと融合度合いがすごく美味しいのだ。この感じは、おそらく時間が経つとより融合が進んで高次元に昇華されてしまう。それはワイン的には大変望ましいことだけれど、若い時にしかない良さ、みたいなものもある。このロゼは、とりわけそれを感じやすいようにおもう。
とはいえ、グランド・キュヴェとロゼに対して、このエディションがどうだこうだ、と言うことを私はそれほど建設的だとはおもわない。これは、同じミュージカルの初日公演と二日目では、演者が一部異なるとか、演者の体調が違う、みたいなレベルの話だ。もうちょっと重要なのは、KRUGがこれを継続するために、たゆまぬ努力をつづけている、という事実だろう。
彼らはより合理的で、より環境と労働者に配慮した生産体制を実現し、ランス中央の伝統のワイナリーを刷新しただけでなく、そこから30kmほど南方のアンボネイにも新しいワイナリーをつくり、今年、いよいよ稼働させた。また、ブドウについても、ただ農家に栽培させて、それを購入しているわけではない。KRUGチームには栽培の専門家もいて、農家に最高の仕事をしてもらいたいと、栽培のコンサルティング、病害虫対応の支援を行い、有機栽培への転換を望む場合は、それにまつわる諸々の事務手続きの代行、リスクの補償なども行っている。こういうことは、聞かない限りKRUGは語ろうとしないけれど、100年後、200年後もKRUGがKRUGであるために、今できることをやり忘れていたりはしない。
「伝統とは前進しつづけられる力だ」
くりっと可愛らしいオリヴィエさんは、今回のお披露目会の最後の方で、凛々しい顔でそう言った。
問い合わせ先

クリュッグ
https://www.krug.com/jp

                      
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