連載エッセイ|#ijichimanのぼやき 第7回「尖がった個性が集合する街・上野」
連載エッセイ|#ijichimanのぼやき
第7回「尖がった個性が集合する街・上野」
「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第7回は、日本初の動物園・上野動物公園や賑やかな上野アメ横商店街など、見どころ満載の上野を巡る。
Photographs and Text by IJICHI Yasutake
時間がいくらあっても足りないディープな繁華街
上野には大学生の頃よく行った。それまでも当然、子どもの頃に「上野動物園」や「アメ横」に連れて行ってもらったことはあったが、中学〜高校生の頃に能動的に上野に遊びに行くかと言ったら、やはりそこは渋谷や原宿、あるいは新宿に行くもので、なかなか上野で遊ぼうとはならなかった。
大学生になって移動手段に車が加わってから、毎晩のように入谷の友人の家に遊びに行くようになって、上野にはその頃から親しむようになった。
あれから15年くらい経っているが、上野で大きく変わったのは地下鉄の駅くらいで、街そのものは当時とそれほど変わっていないと思う。
腹が減った時に少し贅沢をしに行った老舗たち——。鰻の「伊豆栄」もあるし、鶏すきの「韻松亭」も健在。歌舞伎町や道玄坂と比べるとコンパクトな歓楽街「仲町通り」もあの頃のまま。最初はなんて読むかわからなかった上野のライフスタイルをリードする総合施設「ABAB(アブアブ)」も「多慶屋(たけや)」も変わらずお元気そうである。
そもそも上野は、明治時代初期1876年に日本初の公園として「上野公園」が誕生して以降、翌年には博覧会が開催され、1882年には動物園や博物館(「東京国立博物館」の前身)が設けられて文化的に発展していった街。
石川さゆりの名曲「津軽海峡・冬景色」の一節にあるように、1883年に上野—熊谷間の路線が開通されて上野は北関東や東北と結ぶ東京の顔となっていった。上野はまぎれもなく明治時代の文明開化の基盤となった街なのである。
その上野には動物園やアメ横以外にも多種多様な遊び場がある。例えば、湯島もそのひとつ。1909年創業で今は超予約困難と言われる店「鳥栄」、湯島天神のお膝元で1930年創業の豆大福や豆餅が有名な「つる瀬」、そして夜の酒場なら酒処「玉善」など。情緒があって、落ち着きがあって、丁寧なおもてなしをしてくれる、大人のエリアである。
湯島から上野方面に歩いていくと、寄席が楽しめる公演場が2つある。「上野広小路亭」と「鈴本演芸場」だ。
中でも鈴本演芸場は1857年に開設され、現在では落語協会所属の芸人しか出演できないという。寄席は、落語の他にも、漫才や漫談、コント、曲芸などが展開される。もちろん若い頃は寄席なんぞ興味も湧かなかった。だが、最近あるきっかけがあって観てみたところ引き込まれた。
前提知識がないから面白さがわからない芸もあるけれど、身振り手振りと表情だけを表現手法にして、一方的に喋り倒す、その様が圧巻だった。
自分が20代の頃、プレゼンでいちいち緊張していた頃を思い返せば、スライドも紙資料もない中、まくらで心を掴み、間とリズムを駆使した流れで引き込み、飽きさせずにオチまで持っていくその話術は、よくよく考えれば驚愕。TVやYoutubeなどの映像で見るのとは違う、「腹筋で笑う」ではなく「内臓で笑う」感覚が味わえる。
鈴本演芸場のすぐ近く、不忍通りと中央通りがぶつかる交差点にある洋食の「黒船亭」も好きな店のひとつだ。
創業は明治時代だが、時代と共に場所を変え業態を変えているので、今の形になったのは昭和61年というから約30年。ハヤシライスやビーフシチュー、魚介の寄せ鍋という名の白いブイヤベースが人気だが、ボクはナポリタン。
ナポリタンと言っても、ここのそれは所謂王道の喫茶的ナポリタンではない。ムール貝、海老、帆立、烏賊、蛸と多彩な魚介が入ったちょっと豪華な、ペスカトーレ的ナポリタン。ケチャップの独特な酸味を感じることはなく、トマトと海の幸の深い味わい。ナポリタンが食べたいではなく、黒船亭のナポリタンが食べたいと思って訪れる店である。
黒船亭の裏側には、「上野オークラ劇場」という“オトナのための”映画館がある。その前身である「上野スター座」まで遡れば70年以上続いているから歴史は長いが、ボクはまだ訪ねたことはない。
上野オークラ劇場とはまたさらに違った刺激が得られるディープなエリアに足を運びたいが、その前に小休憩。中央通りを渡ったところにある、戦後間もない1948年創業の甘味処「みはし」に立ち寄り、アイス最中で糖分を補給する。
または、しばし腰を落ち着けて休憩とするなら、「純喫茶 丘」に立ち寄る。ここは、「珈琲 王城」「古城」と並ぶ上野の喫茶御三家のひとつで(ちなみに御三家と言えば、上野にはひと昔前に豚カツ御三家もあった)、オープンは東京オリンピックの年1964年。
丘はなんと言ってもゴージャス。シャンデリアにステンドグラスを設えた“THE昭和レトロゴージャス”を地で行く店だ。
ちなみに、ここのナポリタンは無論、王道の正統派ナポリタン。濃いめの味と柔らかめで太めの麺が、期待値そのままに胃の中に吸い込まれていく。
そして昭和通りを渡ったところで行きつくのが、「東上野コリアンタウン」。「キムチ横丁」とも呼ばれるそこは、焼肉屋や韓国料理屋、韓国食材の問屋が密集して立ち並ぶ、日本最古のコリアンタウンだ。
狭い路地を裏手に入れば、洗濯したタオルが無造作に干され、トタンのような屋根から水滴が落ちてくる。トイレは共同で、夏場は活発に飛び回る蝿を見かけることも少なくない。この一画だけ、違う国に来たようだ。
ポシンタンという犬肉の料理を出す店から、「馬山館」「東京苑」「京城苑」など焼肉の名店まで、密度は濃い。ボクはここに来ると、必ず「上野肉店」でホルモンを買い込む。近所のスーパーで、いや新宿伊勢丹の地下ですら、これだけの種類のホルモンは置いていない。さらにこの価格。小腸を買ってはもつ煮込みやもつ鍋に、ハチノスを買ってはトリッパにして、家で楽しむわけである。
大人の憩いの場が溢れる湯島に、動物園に博物館・美術館と連なる上野公園、寄席、劇場、戦後闇市から始まったアメ横、日本最古のコリアンタウン。尖がった個性が各所に散らばりながら、それらが集まってひとつの街として形成されている上野。明治時代の文明開化とともに歩んだ時代と社会の風俗が見事に残り、集積した街は、余すことなく楽しもうと思ったら時間はいくらあっても足りないのである。
鈴本演芸場
住所|東京都台東区上野2-7-12
TEL|03-3834-5906
営業|昼の部 12:00開場 12:30開演 16:30終演
夜の部 17:00開場 17:30開演 20:40終演
黒船亭
住所|東京都台東区上野2-13-13
TEL|03-3837-1617
営業|11:30-22:00 L.O. 無休
純喫茶 丘
住所|東京都台東区上野6-5-3 尾中ビルB1F
TEL|03-3835-4401
営業|9:00-17:30 月曜休
上野肉店
住所|東京都台東区東上野2-15-4
TEL|03-3831-4321
営業|9:30-18:30 無休
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman