BOOK|松嶋啓介『バカたれ。』
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2015年6月22日

BOOK|松嶋啓介『バカたれ。』

BOOK|“バカ”が世界を変える

史上最年少一ツ星シェフが15人と“バカ”を語る

ミシュラン外国人史上、最年少で一ツ星に輝いたシェフ、松嶋啓介。彼が雑誌やウェブコンテンツとして継続してきたトークセッションを『馬鹿塾』と呼ぶ。それを一冊にまとめたものが『バカたれ。』である。各界のキーパーソン、15人と交わしたトークの内容は、刺激と発見、そしてあたらしい大人の価値観を提案する。

Photographs by KOBAYASHI Itaru(ITARU studio)Text by ITO Yuji(OPENERS)

勇気の先に見えるもの

表紙には、堂々と大きな書体で『バカたれ。』というタイトルが描かれている。一瞬、手に取るのをためらいがちになるが、小さな勇気をもってすれば、その先には“バカ”たちの開けっ広げなトークが待っている。

この本でいうところの“バカ”とは、間違いなく仕事ができないほうのそれではなく、愛や尊敬の念が込められたほうのことを意味している。実際、登場する人物は各界における第一人者。つまりパイオニアであったり、なにかを変革した人びとである。

では仕事ができる人を“バカ”と呼ぶのは、どのような理由なのか。それを知るための教材となるのが、この本だ。その謎をひも解いてゆく前に“馬鹿塾”が掲げる五訓をここに挙げてみたい。

・ ひとり世界に立ち向かえる馬鹿たれ。
・ 無謀な挑戦を自ら買って出る馬鹿たれ。
・ どんな相手でも酒を酌み交わせる馬鹿たれ。
・ 常に新しい物事を妄想する馬鹿たれ。
・ 根拠のない自信を貫ける馬鹿たれ。

これらの訓令を実行する人は、たしかに“バカ”かもしれない。しかしそれは、内に秘めた強い信念やどうしても成し遂げたい夢があるからこそ、必要のない経験を得たり、挑戦をつづけるのだ。

それを無駄と呼ぶ人もいるかもしれない。けれども、いったいどちらが“バカ”なのか。それは個人のもつ価値観によるところも大きいとおもうが、この本を読むと“なにもしないで他者がすることをバカ”と呼ぶ後者のほうが、“真性のバカ”のように思えてくるのだ。

“バカ”みたいなことに夢中になれるのが格好いい“バカ”

トークのホストとなる人物が、なぜ松嶋啓介である必要があるのか、を考えると彼は京都吉兆総料理長・徳岡邦夫氏との対談でこう語る。

「お店の経営者というのはアートディレクターみたいな存在。経営はもちろん、企画営業、PR、チームビルディングみたいなことまで、見ていかないといけない。そういうことを言っているとなかには『料理だけやっていろよ』という人もいる」

この言葉からうかがえるのは、自分はもちろん、ひとつのことのプロフェッショナルであるだけではなく、広く、全体を俯瞰してものごとを見ることのできる15人を選んでトークをしているということ。

いまという時代を切り開いた彼らは、ホストになんの躊躇もなく、自分の弱みを吐き、失敗談を披露する。それが可能だったのもホストとゲストそれぞれが自ら“バカ”であることを認めているからで“バカ”は“バカ”の前では、つねにバカ正直であるからである。

そこに恥ずかしさはないのだろうか、と感じるようではまだ“バカ”にはなれない。自分に正直に、やってきたことに自信をもち、未来を見据えてやんちゃな野望を胸に秘めている。そのような、大人げない大人たちのことを、この本では深い愛情をもって“バカたれ。”と呼んでいるのだ。

箭内道彦、設楽 洋、遠山正道、徳岡邦夫、蝶野正洋、間下直晃、佐藤可士和、花千代、津田大輔、片山正通、千住 明、マーク・パンサー、松山大耕、熊本浩志、堀江貴文。

登場する15人は、すべて自認することのない成功者である。きっと彼らが認めることは、一生ない。なぜなら、あたらしいおもちゃを使いこなすかのように、あたらしい仕事やプロジェクトを見つけ、きっとそれをクリアすることを楽しんでしまうからである。

読後には、努力と挑戦を苦労とおもうのではなく、おもしろがって実践してゆく彼らの言葉に痛快な心地よさをおぼえる。もし世界を変えるのが“バカ”の力であるとするのなら、幾度となく“バカたれ。”と呼ばれるのも悪くない。

『バカたれ。』
著者|松嶋啓介
発行|主婦と生活社
価格|1620円
発売中

           
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