スペースコンポーザー 谷川じゅんじ × アート・ディレクター テセウス・チャン|スペシャル対談
LOUNGE / BOOK
2014年12月9日

スペースコンポーザー 谷川じゅんじ × アート・ディレクター テセウス・チャン|スペシャル対談

スペースコンポーザー 谷川じゅんじ × アート・ディレクター テセウス・チャン

JTQ10周年アニバーサリーブック出版記念スペシャル対談(1)

すべてハンドメイド! 2000冊限定の体感する本ができるまで

 

スペースコンポーザーの谷川じゅんじ氏。クライアントが伝えたいメッセージを、空間を介して伝える「空間作り」のプロフェッショナルである。1月25日(金)、彼の10年間にわたる空間作りの軌跡を追った作品集『Junji Tanigawa, The Space Composer』(Page One Publishing/シンガポール)が発売される。もちろん単なる“作品集”ではない。訪れた人の五感に訴えかける彼の空間そのままに、手に取った人をあっといわせる工夫に満ちている。

Photographs (portrait) by JAMANDFIX Interview & Text by TANAKA Junko (OPENERS)Special Thanks to ggg (ginza graphic gallery)

手に取った人をあっといわせる“体感型”の本

 

OPENERSの連載「スペースコンポーザー谷川じゅんじの空間録」でもおなじみの谷川じゅんじ氏。彼が2002年に設立したJTQ(ジェー・ティー・キュー)は昨年10周年を迎えた。彼の仕事は、クライアントが伝えたいメッセージを、空間を介して伝達する「空間作り」のプロフェッショナル。市民権を得つつあるデザイナーでも、クリエイターでも、アートディレクターでもなく、スペースコンポーザーという唯一無二の存在として、国内外でさまざまなプロジェクトを成功させてきた。

たとえば、奈良の薬師寺にタクラマカン砂漠の星空を再現してみせたり、パリのルーブル宮 国立装飾美術館に日本の感性を表現してみせたり、お台場を舞台にレクサスの世界観を華麗に展開してみせたり、シャンパーニュの世界的メゾン、クリュッグのボトルクーラーのデザインを手がけたりといった具合に。ひとつひとつに目を向けると、およそひとりの人物が手がけたとはおもえないほどの表現の幅広さだ。

 
平城遷都1300年祭記念「薬師寺ひかり絵巻」

平城遷都1300年祭記念「薬師寺ひかり絵巻」

「感性 kansei –Japan Design Exhibition–」

「感性 kansei –Japan Design Exhibition–」

 

インターネットの台頭により、10年前とは比べものにならないほど、ありとあらゆるものを、家にいながらにして見たり聞いたりできるようになった。だが谷川氏は言う。「実際にその場所に足を運ぶことでしか感じられないものがある。それは、気配や印象、記憶といった五感を揺さぶる“ライブ”な体験。そんな体験を生み出す空間を作ることがぼくの仕事」だと。

1月25日(金)、10年間にわたる空間作りの軌跡を追った谷川氏初の作品集『Junji Tanigawa, The Space Composer』(Page One Publishing/シンガポール)が発売される。“作品集”と呼ぶのをはばかるほど、手に取った人をあっといわせる工夫に満ちた“体感型”の本だ。デザインの一切を引き受けたのは、シンガポールを代表するアート・ディレクターのテセウス・チャン氏。彼は世界中に熱狂的なファンを持つインディペンデント・マガジン『WERK(ヴェルク)』を2000年に創刊したほか、2012年にはルイ・ヴィトンと草間彌生氏のコラボレーションを記念した『LOUIS VUITTON - YAYOI KUSAMA』(ルイ・ヴィトン・ジャパン)を手がけ、大きな注目を集めた。

実際に会ったのはまだ数回というふたりが、どのようにして10年間の活動を1冊の本にまとめあげていったのだろう。2012年12月、銀座のggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)でおこなわれた展覧会「テセウス・チャン:ヴェルク No. 20 銀座 THE EXTREMITIES OF THE PRINTED MATTER」に合わせて来日していた、チャン氏と谷川氏のふたりに話を聞いた。

スペースコンポーザー 谷川じゅんじ × アート・ディレクター テセウス・チャン

JTQ10周年アニバーサリーブック出版記念スペシャル対談(2)

すべてハンドメイド! 2000冊限定の体感する本ができるまで

 

“ザ・作品集”という感じにはしたくない

 

――はじめて会ったときのことを覚えていますか?

谷川じゅんじ(以下、谷川) 2011年、別のプロジェクトでシンガポールに行ったときに紹介してもらったのが最初ですね。そのときに訪ねていったオフィス(注・現在は移転)が古い学校をリノベーションした建物で、「テセウスさんらしい“優しい”オフィスだな」という印象を持ったのをいまでもよく覚えています。

テセウス・チャン(以下、チャン) 谷川さんが訪ねて来てくれるとはおもってもいなかったので、最初に「会いたい」と聞いたときはちょっと意外な気がしました。軽いあいさつ程度の訪問かとおもいきや、ぼくたちの活動にとても興味を持ってくれていることがわかってね。嬉しかったですよ。

―― 最初の出会いから、どのような過程を経て「一緒に本を作ろう」ということになったのでしょう?

チャン オフィスに来てくれたとき、 ぼくたちがこれまでに作ったものをいろいろ見せていたんです。そしたら、イラストレーターのジョー・マギーを特集した『ヴェルク』の16号「JOE MAGEE SPECIAL」を、谷川さんがいたく気に入ってくれてね。その場で「JTQの本を一緒に作ろう」ということになったんです。

 

その本というのが、過去10年間のJTQの仕事をすべて網羅したもの。ハードカバーでできた“ザ・作品集”という感じにはしたくない、というのが谷川さんの希望でした。なにかもっと特別なものにしたいと。彼が手がけた空間を写真で見せてもらったんですが、10年間でこんなにたくさんの凝った空間を生み出してきたなんてね。いやぁ驚きましたよ……。これだけ材料がそろっていれば、あとはそれを調理するだけです。谷川さんは、材料だけ渡したら「あとは好きなようにやってください」と、すべてぼくたちの自由にさせてくれました。

谷川じゅんじ × テセウス・チャン 03

 

――ものすごい信頼関係ですね!

谷川 それは、テセウスさんのことを本当にすごいデザイナーだとおもっていたから。すべてを委ねたら、一体どんなものを見せてくれるんだろうという、ある意味怖いもの見たさのような(笑)気持ちでいましたね。(これまでに手がけた空間を記録した)写真を選ぶところから、すべておまかせしました。大変だったとおもいますよ。10年分の写真を渡して「ここから選んでください」ってお願いしたので。

チャン あぁ、それはそれは恐ろしいほど大量の写真でしたよ!(一同爆笑)だけど、それを「年代順に並べて」なんてリクエストがなかったので、すごく助かりました。200ページも厚みのある本を開けたときに、年代順に写真が並んでいるのを見るほど退屈なことはないですからね。順不同に並んでいれば、気軽にパラパラめくりながらでも、なんとなく10年間の軌跡を身近に感じることができるとおもったんです。

谷川 テセウスさんから唯一相談を受けたのは、タイトルや発行所などが記載された、いわゆる奥付と呼ばれる箇所だけ。そこだけは、整ったバージョンとバラバラに文字が配置されたバージョンの2パターン出して「どっちがいいかな?」って。

 

チャン 谷川さんはものすごく奇抜なデザインが好きなのか、もうすこし整ったデザインの方がいいのか、最初はその辺のさじ加減がわからなかったんです。だから両方作って見てもらいました。そしたら、整った方は「ちょっと普通すぎる」って言うもんだから、ぼくとしては「よし、これでゴーサインがもらえた」って気持ち(笑)。この作品集はぼくだけのものじゃなくて、谷川さんのものでもあるから、彼がいいとおもえなきゃ意味がない。でも、ぼくがいいとおもう方を谷川さんも気に入ってくれたので、思い切ってデザインすることができました。

 

谷川 もちろんぼくがおもっていたイメージとちがったら、ちゃんと「ちがう」って言うつもりだったんですが、そのとき出てきたものが想像以上のものだったから、このまま進むのがいいとおもいました。

スペースコンポーザー 谷川じゅんじ × アート・ディレクター テセウス・チャン

JTQ10周年アニバーサリーブック出版記念スペシャル対談(3)

すべてハンドメイド! 2000冊限定の体感する本ができるまで

 

主役は夏休みの思い出を綴った飛び出す絵本!?

 

できあがった作品集『Junji Tanigawa, The Space Composer』を開けてみると、谷川氏が手がけてきたさまざまな空間に混じって、ときおりクルマや家、少年といった手作りのポップ・アップ(=飛び出るもの)が顔を出す。じつはこれ、小学校3年生の夏休みに谷川少年が夏の思い出の数かずを記した、飛び出す絵本からコピーしたもの。彼自身が「いまの活動の原点」と話すこの絵日記こそ、今回の“主役”だったようだ。

――この絵日記の要素を取り入れるというのは、どの段階で決まったことなのでしょうか?

チャン たしか谷川さんからのリクエストだったんじゃないかな?

 

谷川 そう。まだかなり初期の段階でしたね。見つけたとき「あ、これだ!」とおもったので、すぐに写真を撮ってテセウスさんに送りました。

――実際に絵日記を見てどう感じましたか?

チャン おもわず胸がいっぱいになりました。言うまでもなく、この絵日記はとてもパーソナルなもの。夢と純粋さに満ちた谷川さんの子ども時代がここには詰まっています。このときからすでに、とてつもない想像力の持ち主だったということも、これを見てわかりました。

谷川じゅんじ × テセウス・チャン 05

 

谷川さんたっての希望でしたし、この絵日記をどうにかして作品集にいかしたかった。でも、そのまま取り入れたのでは芸がありません。これは、あくまでも彼の子ども時代を反映したもの。いまの谷川さんにマッチするように、アップデートする必要があったんです。そこで、絵日記のなかから“純粋さ”を取り出して、作品集のなかに取り入れることにしました。なかのページをコピーしてからいろいろなかたちに切り取って、それをポップ・アップにして見せたり、空間を記録した写真のうえを覆って、ところどころ切り取られているように見せたりしてね。ちょっとした子どものいたずらみたいでしょ? この作品集では、絵日記のなかにあった純粋さが、読者を楽しませる要素に姿を変えて登場しています。

作品集そのものも、純粋さをおもわせるとてもシンプルな作りにしました。なにかを生み出す行為には、ある種の純粋さが必要ですよね。手に取った人に、その気持ちを思い起こさせるような本にしたかったんです。

 
谷川じゅんじ × テセウス・チャン 06

谷川氏が小学校3年生の夏休みに書いた絵日記

谷川じゅんじ × テセウス・チャン 07

その絵日記が、作品集ではポップ・アップに姿を変えて登場している

 

――純粋さが鍵になっているということですが、谷川さん自身は普段からそのことを意識されていますか?

谷川 どんな大人も昔はみんな子どもだったわけで、ごく自然に純粋さを持ち合わせていました。この絵日記にしても、子どものときにはなにも特別なことをしようとおもって作ったわけではなくて、自分が感じたことを読む人にそのまま伝えたかったから、飛び出す絵本にしてみたわけです。あれから40年近くたったいま、ぼくは伝えたいことをその場にかたち作る仕事をしています。そういう意味では、いまもポップ・アップを作りつづけている。テセウスさんの話を聞きながら、昔もいまもじつはそんなに変わっていないんだなということを改めて実感しました。そこには、もしかしたら彼の言う“純粋さ”があるのかも知れないですね。

チャン ぼくの言う“純粋さ”って、まさにそういうことなんです! 人に伝えたいという気持ち。それこそが、谷川さんの原動力になっている。ちょっとぶっ飛んでいながら、おなじぐらい純真でもある……彼のそういうところがすごく面白かったので、作品集にもその要素を反映させたいとおもったんです。

スペースコンポーザー 谷川じゅんじ × アート・ディレクター テセウス・チャン

JTQ10周年アニバーサリーブック出版記念スペシャル対談(4)

すべてハンドメイド! 2000冊限定の体感する本ができるまで

 

ワインのように熟成する記憶

 

谷川氏の生み出す空間は、あでやかに花を咲かせたあと、さっと散っていく桜のように儚いもの。空間を記録した写真が、記憶をたどる唯一の手がかりになるわけだが、空間の3次元の世界を、写真の2次元の世界からたどるのはどうしても限界がある。空間を訪れたときの“ドキドキ感”を呼び起こすことはできないのだ。だが、チャン氏は今回、その記録写真を使って、谷川氏の空間をもう一度いきいきと蘇らせてみせた。彼がもっとも得意とする本という媒体を使って。

――どんな“完成予想図”を持って仕上げていったのでしょうか?

チャン 自分の雑誌を作るときとおなじ3つの方針に沿って仕上げていきました。まずは奥行きを感じるデザインであること。おもわず触れたり、開けたくなるような素材でできていて、それ自体が完成したひとつのアート作品であること。それから、読んだ人の琴線に触れるものであること。でもこの方針以上に大切な使命は、谷川さんをあっといわせることでした(笑)。少年の心を持つ彼のことだから、きっとどんなポップ・アップが本から飛び出してくるのか、すごく楽しみにしているとおもったんです。

――できあがった本を見たとき、谷川さんはどんな感想をもちましたか?

谷川 自分の10年間の記憶が、まるで箱の蓋を開けたみたいにブワーッと蘇ってきました。すごくテセウスさんらしいなとおもったのが、写真が“記憶”としてデザインされていて、いわゆる“記録”として並んでいるわけじゃないところ。古いものから順番に並んでいるわけじゃないし、突然大きくなったり小さくなったり、見せ方もバラバラ。それが、はっきり覚えている記憶と、おぼろげになっている記憶を象徴しているようでね。“記憶をもう一回体験に戻す”っていうところを、きちんと形にしてくれたんだなとおもって、ただただ感激しました。

最初にページをめくったときは、自分の本というよりも、テセウスさんのあたらしい作品が届いたという感覚で、かなり客観的に見ていたんです。でも1回見終わったあとで「あ、これ自分の本なんだな」というのを思い返して、今度は自分の本としてもう1回見たときに「すっごいのできたな」ってめちゃくちゃ喜びました。そのあと何度も何度も見つづけたので、最初に届いた本はもうボロボロになっています(笑)。

チャン じつはこの本、年を追うごとに変化する素材と紙でできているんです。太陽の光に当たったり、人の手が触れたりすると、すこしずつ色が変わっていきます。まるでワインが熟成するようにね。時間が経つほど面白くなっていくんです。次に20周年を迎えたとき、この本に詰まった最初の10年間の記憶がどんな風に変化しているのか。それも楽しみにしていてほしいですね。

――ワインのように熟成する本。とてもユニークですね。

 

谷川 記憶って熟成していくものですよね。だから熟成する本というのは、10年間の記憶を呼び起こすにはまさにうってつけの方法。体験したことが記憶になり、それをまた本という方法で体験に戻す……。テセウスさんは、ぼくが想像していた以上の形でそれを表現してくれました。

チャン 谷川さんにはなにか特別なものを作りたかった。クライアントとしてではなく、自分の雑誌を作るようにデザインしました。「好きに作っていいよ」と言われると、なにか特別なものができあがるものです。彼はそれをよく理解していて、最初から最後まですべてを託してくれたので、ぼくにとってもこの本はとても特別な1冊になりました。

谷川じゅんじ × テセウス・チャン 09

 

 

谷川じゅんじ|TANIGAWA Junji

1965年生まれ。スペースコンポーザー/JTQ代表。「空間をメディアにしたメッセージの伝達」をテーマに、イベント、エキシビション、インスタレーション、商空間開発など、目的に合わせたコミュニケーション・コンテクストを構築。デザインと機能の二面からクリエイティブ・ディレクションをおこなう。主な仕事に、KRUG bottle cooler(2011年)、平城遷都1300年祭記念薬師寺ひかり絵巻(2010年)、パリルーブル宮 国立装飾美術間 Kansei展(09年)、グッドデザインエキスポ(07-11年)、JAPAN BRAND EXHIBITION(07年)、文化庁メディア芸術祭(05-08年)など。www.jtq.jp

Theseus Chan|テセウス・チャン

1961年シンガポール生まれ。アート・ディレクター/WORK代表。マッキャン・エリクソンなどを経て、1997年に広告・デザイン・ファッション・出版の粋を超えて活動するデザイン・オフィスWORKを設立。2000年に創刊した『WERK(ヴェルク)』は、印刷技術の限界に挑むインディペンデント・マガジンとして、世界中に熱狂的なファンを持つ。04年から09年まで、東南アジアで唯一のコム・デ・ギャルソン ゲリラストアを運営。同時にビジュアル誌『Guerrillazine』を制作。06年、シンガポール・プレジデンツ・デザイン・アワード受賞。09年『ヴェルク』16号でD&AD賞イエローペンシル受賞。日本では、ルイ・ヴイトンと草間彌生コラボレーションを記念し、制作された『LOUIS VUITTON - YAYOI KUSAMA』(12年/発行:ルイ・ヴイトン・ジャパン)で注目を集めた。12年12月にggg(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)で個展を開催。 www.workwerk.com

 

『Junji Tanigawa, The Space Composer』

著者|谷川じゅんじ(JTQ)

ブックデザイン|テセウス・チャン(WORK)

ページ数|400ページ

出版社|Page One Publishing(シンガポール)

販売部数|2000冊(国内は300冊)

発売日|2013年1月25日(金)

取扱書店|代官山蔦谷書店ほか

価格|8800円

問い合わせ

JTQ

Tel. 03-3711-9499

 

『Junji Tanigawa, The Space Composer』刊行記念フェア

日程|1月25日(金)~2月11日(月)

時間|7:00~26:00

会場|蔦屋書店2号館 1階 ブックフロア

東京都渋谷猿楽町17-5代官山蔦屋書店

谷川じゅんじ(JTQ)×於保浩介(WOW)×太田睦子(編集者)トークショー

「スペースコンポーザーという仕事。 -記憶に残る空間の創りかた-」

日程|2月8日(金)

時間|19:00~20:30

会場|蔦屋書店1号館 1階 総合インフォメーション

申込方法|代官山蔦屋書店にて『Junji Tanigawa, The Space Composer』を予約、購入した方にイベント参加整理券を配布

問い合わせ

代官山蔦屋書店

Tel. 03-3770-2525

http://tsite.jp/daikanyama/

           
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