ART FILE 33|「Björk」|連載「世界のアート展から」
ART FILE 33|アメリカ・ニューヨーク|「ニューヨーク近代美術館」
音楽界の革命家、20年の軌跡を追う
「Björk」(1)
アイスランドが生んだ歌姫、ビョーク。彼女の約20年にわたる軌跡を追った大規模な回顧展が、6月7日(日)まで米・ニューヨークの「ニューヨーク近代美術館(MoMA)」で開かれている。
Text by TANAKA Junko (OPENERS)
存在そのものが事件
ビョーク。これほど長きにわたって先駆者の姿勢を崩さず、常に話題を振りまきつづけた音楽家がいるだろうか。
1965年、アイスランド生まれ。肩書きは、歌手、シンガーソングライター、作曲家、プロデューサー、(ときどき)女優。私生活では2児の母でもある。音楽の世界に足を踏み入れたのは12歳のとき。アルバム『Björk』でデビュー、国内で爆発的な人気を誇るも、天才少女のレッテルを貼られることを嫌った彼女は、13歳で自らバンドを立ち上げ、独自の道を歩みはじめる。
1986年、ギタリストのソール・エルドンと結婚し、息子シンドリを出産。出産したその日に、インディーズバンド「ザ・シュガーキューブス」を結成。国内のみならず英語圏でも人気を博す。バンドの解散後、1993年にソロアルバム『デビュー』をリリース。ジャズやハウスを取り入れた先鋭的なサウンドで世界的にヒットを飛ばした。
その後もロックやトリップ・ホップ、クラシックなど、ひとつのジャンルに捉われない音楽活動を展開してきた彼女。これまでに発表した9枚のアルバム(※)は、そのどれもが衝撃をもって迎えられた。実験的なビート使いに、魂の叫びのような繊細かつ力強い歌声。だが衝撃の要因はその音楽性に留まらない。アルバムジャケットから衣装、楽器、ミュージックビデオ(以下、MV)に至るまで、彼女は表現と名のつくものなら、なんでも“ビョーク色”に染めてみせた。
興味深いのは、その“ビョーク色”が彼女ひとりの手柄ではないこと。映画監督、写真家、デザイナー、現代美術家……。彼女のキャリアを形作ってきたのは、時代の寵児たちとのコラボレーションの数々。ビョークが彼らを求めるのか。はたまた、彼らがビョークを求めるのか。いずれにしても、若手から巨匠まで、そのときどきのもっとも旬なアーティストを起用する手腕には目を見張るものがある。
「フー・イズ・イット」(アルバム『メダラ』に収録)のMVで着用した「鈴ドレス」のデザイナー、故アレキサンダー・マックイーン。『バイオフィリア』のアルバムジャケットを撮影した写真家デュオ、イネス&ヴィノードなど、なかには彼女が起用したことによって、一躍時の人になったアーティストもいる。
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音楽界の革命家、20年の軌跡を追う
「Björk」(2)
音楽を見て、聞いて、体験
ビョークにとって初の回顧展、その名も「Björk」は『デビュー』以降、約20年にわたる彼女の軌跡を追った大規模なもの。キュレーションはクラフトワークの回顧展『Kraftwerk: Retrospective 1 2 3 4 5 6 7 8』を成功させたことでも知られるMoMAのチーフ・キュレーター、クラウス・ビーゼンバックが担当した。
最初にオファーしてから、実に15年の歳月を経て実現したという本展。ビョークから出された条件はひとつ。「一に音楽、二に音楽。とにかく音楽が主役の展覧会にして」。ビーゼンバックはその希望を見事に叶え、音楽を見て、聞いて、体験する展覧会に仕上げてみせた。
入館してすぐのロビーでは、アルバム『バイオフィリア』のツアーで使用されたユニークな楽器と対面することになる。重力を利用して音を出す「グラビティ・ハープ」や、高圧の変圧器で目にも耳にも衝撃的な稲妻を起こす「シンギング・テスラコイル」など、いずれも自然現象から着想を得て作られた、カスタムメイドの楽器ばかり。大掛かりなセットが、ひとりでに楽曲を奏でている様子は圧巻だ。
2階の「マロン・アトリウム」では、盟友ミシェル・ゴンドリー(「ヒューマン・ビヘイヴィアー」「バチェロレッテ」ほか)をはじめ、クリス・カニンガム(「オール・イズ・フル・オブ・ラブ」)、スパイク・ジョーンズ(「イッツ・オー・ソー・クワイエット」)、石岡瑛子(「コクーン」)など、古今東西のアーティストたちとタッグを組んで作り上げたMVを上映するほか、MVに登場する斬新な衣装や小道具、写真、アルバムジャケットを作品ごとに展示。
だが、それらをただ見せるだけで終わらないのがビョークらしいところ。観客にはオーディオ・ガイドが手渡され、アイスランドの詩人、ショーンが綴る実話とフィクションの合いの子のようなおとぎ話と、ビョークの楽曲のアンサンブルを聞きながら、各作品のブースを巡ることになる。おとぎ話の主役はもちろんビョークだ。
作品ごとにまったく異なる表情を見せるMVやアルバムジャケットは、ビョークを象徴する存在といっても過言ではない。長年のファンは当時を思い返しながら、はじめて見る人はその存在感に圧倒されながら、同階に広がる“コラボレーションの宝庫”にどっぷり身を浸してみてはいかがだろう。
そして、本展のために作られたオリジナル作品が、最新作『ヴァルニキュラ』に収録された楽曲「ブラック・レイク」をフィーチャーした映像インスタレーション。洞窟や渓谷、溶岩、沼地など、ビョークの故郷を象徴する景色が映し出された約10分間の映像は、痛みと癒し、再生など楽曲のテーマを深く掘り下げた内容となっている。
歌姫は展覧会でも賛否両論を巻き起こす
ちなみにいち早く本展を見た批評家からは、賛辞と批判の両方が寄せられている。たとえば、アメリカ在住のジャーナリスト、ジェイソン・ファラゴ氏は、『ガーディアン』紙で「驚くほど視点を欠いた“寄せ鍋”的展覧会」と題し、「ビョークの前衛的な活動の裏側が解き明かされるわけでもなく、そこに深い洞察があるわけでもない。これまでのキャリアをおとぎ話に見立てて、ハードロックカフェ(またはマダム・タッソー)のような仕掛けで見せているだけ。(秩序のかけらもない)めちゃくちゃな内容だ」と酷評を展開。とはいえ「一見の価値はある」とも。
氏の言葉を借りて“弁護”を試みるなら、その「寄せ集め」で「めちゃくちゃ」な側面こそ、ビョークを形作ってきたものだといえる。毎回コラボレーションする相手も違えば、もちろんテイストだって違う。それを総括すれば、「寄せ集め」に見えてしまっても致し方ないだろう。そして、その一見「めちゃくちゃ」に見える、道なき道を歩いてきた姿勢こそ、私たち観客を惹きつけてやまない彼女の生き様ではないだろうか。
それにしても「David Bowie Is(デヴィッド・ボウイ・イズ)」展をはじめ、音楽家をフィーチャーした回顧展がそれほど珍しくなくなった昨今、決して優等生な内容に走ることなく、相も変わらず賛否両論を巻き起こしているというのは、実にビョークらしいではないか。
かつて、アカデミー賞の会場に白鳥の形を模した「白鳥ドレス」を着てあらわれ、大きな騒動を巻き起こしながら、「ただのドレスよ」とサラリとかわしてみせたビョークのこと。きっと本展にどんな評価が下されても、いつものウィスパーボイスでこんな風にささやくのではないだろうか。「ただの展覧会よ」と。
Björk
会場|ニューヨーク近代美術館
会期|2015年3月8日(日)〜6月7日(日)
開館時間|10:30〜17:30(金曜は20:00まで)
入場料|一般 25ドル/65歳以上18ドル/高校生・大学生 14ドル/中学生以下または16歳未満は無料
※ただし、Uniqlo Free Friday Nights期間中は、金曜の16:00〜20:00まで無料
住所|11 West 53 Street, New York, NY 10019 America
Tel. +1-212-708-9400
http://www.moma.org/visit/calendar/exhibitions/1501