ART|福島第一原発から30キロ圏内の複数箇所で撮影した作品|今井智己「Semicircle Law」
ART|福島第一原発30キロ圏内で撮影
今井智己・写真展「Semicircle Law」
「方法論として許容できるのではないか」
代表作である『真昼』(2001年/青幻舎)や『光と重力』(09年/リトルモア)などに見られるような、街路や森、部屋といった日常的な風景を写してきた写真家、今井智己。1月26日(土)から2月16日(土)まで、東京・六本木のタカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルムにて、写真展「Semicircle Law」が開催された。福島第一原子力発電所から30キロ圏内で、約20カ月にわたり撮影した作品15点を発表した。
Interview photographs by JAMANDFIXText by Kase Tomoshige(OPENERS)
見えないが何かある
東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故から2年が経とうとしている。写真家・今井智己は、2011年4月21日から2012年末まで、20カ月にわたって、原発30キロ圏内から原発の撮影を続けた。建屋が映っている写真がある。しかし、樹木だけが、森だけが、山並みだけが写っている写真もある。霧で画面のほとんどが白い写真もある。今井が撮っていたのは確かに福島第一原発であるが、正確にいえば「さまざまな地点から原発の方向にフレームの中心を据えて」撮影したのである。
「事故のあと、最初は自分は(現場に)行かないだろうと思っていました。自分が撮るのは震災の被害や過酷な状況ではない、というのもなんとなく感じていましたし」と今井は言う。しかし今井は車を飛ばして、一人で福島に向かい、山に分け入った。つまり写真家として原発の撮影に行ったわけだが、独自の方法で対象と向き合うことになる。先述したように、建屋が見えない地点からでも、原発の方向にフレームをとり、シャッターを切ったのである。
通常の撮影、つまり被写体に向き合ってシャッターを切るという原則を大きく逸脱している。写真家としてこの違いをどう捉えたのだろうか。「表現が適切かどうかはわかりませんが、撮影を重ねるうちに次第に面白くなってきました。山の頂上に立ってコンパスで自分の位置を確認し、見えない原発の方向にシャッターを切る。この、選べない状態で撮るということが、方法としてありなのではないか、という感じがしました。この頃からフィルムを現像することに手応えを感じてきました」
いつ頃撮ったものであるとか、浜通りは海に近いので水蒸気と雲が発生しやすいとか、今井は展示された写真について話してくれる。薄曇りの灰色の空も、雪を冠した樹木も、豊かな新緑も、いずれも静けさを湛えていながら、ひとつひとつに意図を感じる作品であった。原発の方向を向き続けて撮影したという事実を知らなくとも、見たものに「何かある」と思わせる写真であった。
「ただし、これは写真として非常に危ういなあ、と思う点はあります」と今井。「対象が写っていないという時点で、やはり言葉が、説明が必要になってくると思うんです。もちろん建屋が写っているものもあるんですが、ほとんどは山にさえぎられていて見えない。見えないものを撮ろうとしている。撮影の方法として許されるかどうか難しいところです。写真として成立するのか疑いながらの制作でしたが、20カ月の間に、『(方法論として)これは面白い』と、心境が変化したように思います」
ART|福島第一原発30キロ圏内で撮影
今井智己・写真展「Semicircle Law」
「最初の数回は怖さがありました」
Interview photographs by JAMANDFIXText by Kase Tomoshige(OPENERS)
ほとんど人に会うことはなかった
震災、原発事故の直後、実際に福島に行く、ということだけでもさまざまな苦労があっただろうと思う。向かったのは直接の被害の現場ではなく、もとより人の気配のない山中。きわめて孤独な作業だったのではないだろうか。「基本的には一人で、車で撮影に向かいました。最初の頃は(山に向かう)林道もかなり崩れていて、登山口のだいぶ手前で車を降りなければなりませんでした。かなりの距離を、機材を持って歩かなければなりませんでしたね」
福島第一原発から30キロ圏内。事故から1カ月過ぎて撮影を開始。放射能に対する恐怖はどれほどのものだったか、率直なところも聞きたかった。
「最初の数回は怖さがありました。しかしこれも、放射能の知識がついてくることによって、薄れていきました。具体的には、長くて半日滞在したところで、影響があるわけではないと思っています。しかし当然ながら、山の中ではほとんど人に会うことはありませんでした。登山道のある普通の山なんですけどね」
また機材を担いで山に向かう写真家は、地元の人から見て、安心できる人物ではなかった。つまり怪しい人であった。呼び止められたことも数回あったという。「もちろん何度か呼び止められました。『今警察呼んでくるから待っていてください』と言われたこともあります。待って、警察と地元の方を前にして、作品の説明をしました。まあ、悪いことをしているわけでもないので、逆に現地の話を直接聞くことができました」
今井はこの写真展のニュース・リリースに、以下のような文を書いている。
“正当な意味で当事者ではない自分は、なにもしなければ他の多くの惨事と同じように、この惨事をゆっくりと忘れていくだろうと思っていた。忘れるとは慣れること。車を4時間も飛ばせば着く場所に空白の半円があるということに慣れたくはなかった”
「Semicircle Law」──セミサークル、すなわち福島第一原発30キロ圏内の半円。写真家は20カ月にわたり半円の中へ足を運んだ。生まれた作品は、半円を忘れたくないという写真家の思いそのものである。
今井智己「Semicircle Law」
会期|2013年1月26日(土)~2月16日(土)
開館時間|12:00~19:00
休廊日|日・月・祝日
会場|タカ・イシイギャラリーフォトグラフィー/フィルム
住所|東京都港区六本木6-6-9 2F
www.takaishiigallery.com
作品集|今井智己『Semicircle Law』
マッチアンドカンパニー刊
3990円
ハードカバー/64ページ/掲載作品28点/H23×W28.1cm
アートディレクション:町口覚
エッセイ[英語、日本語]:シャーロット・コットンと天野太郎(横浜美術館主席学芸員)