INTERVIEW|特別対談 椎名誠×操上和美
LOUNGE / ART
2015年3月3日

INTERVIEW|特別対談 椎名誠×操上和美

INTERVIEW|『操上和美―時のポートレイト ノスタルジックな存在になりかけた時間。』展

特別対談 椎名誠×操上和美

東京都写真美術館では『操上和美―時のポートレイト ノスタルジックな存在になりかけた時間。』展を、12月2日(日)まで開催している。10月14日(日)に会場内ホールでおこなわれた、作家の椎名誠と操上和美の特別対談の模様をお届けする。

Text by IWANAGA Morito(OPENERS)

〈陽と骨〉と〈NORTHERN〉

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操上 せっかくみなさんにご来場いただいたので、今回展示した〈陽と骨〉(ひとほね)とは、〈NORTHERN〉とはなんなのか、簡単なお話を。

〈陽と骨〉というシリーズには、白黒とカラーがありますけど、主なテーマは「時間」というものになっています。日常のなかで、自分がふと時間の動きを感じた瞬間にシャッターを切った。でもその瞬間には、自分の生理感みたいなもので対象物の好き嫌いがあったり、色調の操作なども入ってくる。だから、感覚的な「時間」がテーマになっているんですね。

〈NORTHERN〉というのは、北海道のドキュメントではあるんだけど、僕のなかのドキュメントみたいな感じ。僕は北海道の富良野出身で、おくれて写真家になったので、プロとして生きていくことができるか、という焦りがすごくあった。だから、田舎者というのを隠して、都会的に走りつづけてきた。そうこうしているうちに、親父が病気になり、お見舞いに帰るようになった。親父は84歳で亡くなりました。そのとき、84年間ひとつの土地で生きるということの、悲しさというのかな、ふと感じたわけです。それから故郷を振り返ってみようかな、と。

椎名 僕は公開される前にゆっくりと見たんですが、写真がそれぞれの物語をもっているように思ったんです。それが連続していくと、大きな時間が動いているように感じる。そして、言い知れぬ悲しみや喜びのようなものが、あちこちから押し寄せてくる。それらがないまぜになって、ひとつの力の場をつくっているんですね。

作品は「写真」という時間を生きている

椎名 僕が一番好きなのは、少女が16ミリカメラを海に向けて撮っている写真。非常に鮮烈で、僕は「騒がしい写真」と表現させていただいたんですけど、いろんな音が聞こえてくる。あの作品を完成させるプロセスでなにを考えていたのか、お話ししていただきたいのですが。

操上 あれはたぶん1976年ぐらいのものですから、何十年も経っているものですね。でも《海を見る》っていうテーマは、僕のなかでは、見るたびにイメージが変わるんです。僕は海が大好きなんですけど、海を見るっていうロマンや怖さは、事件や震災があると、憧れの境界がどうにでも変わっていく。だから撮ったネガは1枚でも、何回も焼くんです。焼くたびにトーンが変わってくる。最初はとてもやさしいトーン、最近になってすごくハードなトーンになってきた。それはやっぱり、3.11が起きて、海というものにたいする畏れみたいなものが、自分のなかにインプットされているから。そのうえでの、トーン修正が入る。写真って、5、6回焼くことで変わっていくことがありますよね。

椎名 単に撮影して、それがパブリックとして商品にされるのではありませんからね。プロセスのなかの、撮影するという仕事と、暗室での仕事というのはフィフティ・フィフティみたいなところがある。

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《海を見る》、シリーズ〈陽と骨〉より 1976年

操上 1回撮って焼いたら終わり、というものではなく、もう1回見直して焼くと、またちがう生き物になるっていうおもしろさというか、不思議さがあるんですよね。写真は撮った瞬間に過去になるけれど、「写真」という時間を生きている、と僕は解釈しています。僕らが引き込まれたりドキドキするのは、写真が過去の時間をもっているからではなくて、いつもそこに写真の現在があるからなんですね。だから、《海を見る》という作品には、自分の写真にたいする思いの変化があらわれている。

INTERVIEW|『操上和美―時のポートレイト ノスタルジックな存在になりかけた時間。』展

特別対談 椎名誠×操上和美

「撮ったぞ!」という瞬間

椎名 今日、操上さんに聞きたかったもうひとつのことは、「シューティング」感というか、撮るときに「撮ったぞ!」という感覚があるかどうか。僕なんかそうなんですよ。食らいついて何枚も撮ってしまいます。数打ちゃ当たりますからね。それですごく幸せな気持ちになるんですよ。そのへんはどうですか?

操上 「シューティング」って言葉は写真ではよく使われますよね。たとえば、この図録の表紙に使われた写真の場合だと、最初に見つけたときは、「撮ったぞ!」と思ってバンバン撮っていたんです。でも撮りながら、電柱かなにかの影が1本あるのに気づく。できあがったときに自分の影とその間隔が空きすぎていると、緊張感が足りないと思う。それを意識して、その間隔を縮めながらまた何枚もシャッターを切る。だから、反射的に撮ってうまくいくときと、そうでないときがありますよね。

椎名 最初の「撮ったぞ!」という感覚が、絶対というわけではないんですね。

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シリーズ〈NORTHERN〉より 2009年12月

操上 シャッターを切るという時の流れのなかで、ある種の美的な感覚、創作性がはたらくんですね。反射で撮りつつ創作も入っているから、複数撮っているものもけっこうある。やっぱり対象物への執念がないと、力強く「撮ったぞ!」という感覚が残らない。ただ反射で撮っただけだと、そういう強さみたいなものはつかめない。そんな気もします。

写真の撮り方は千差万別

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椎名 僕はプロの写真家と旅をすることが多いのですが、写真の撮り方って、人によってまったくちがうんですよね。たとえば、もう亡くなってしまったのですが、高橋昇(「昇」は「日」に「舛」)という写真家がいて。開高健さんの〈オーパ!〉で写真を撮っていた方ですね。彼は、常にまわりに3、4人の助手をおいて、最初から最後まで怒りまくるんですね、無意味に(笑)。自分でも無意味なのは知ってるんです。方便みたいなものなんですかね。

操上 それはおもしろいですね。

椎名 アラーキーの現場に行ったこともあるんですが、すごいですね。入ったときから、ずっとしゃべっているんです。そのときは素人の女性で、その人をほめまくるんです。もう、どこからこんな言葉が出るのかっていうほど(笑)。女の人は魔術にかかったみたいにどんどん脱いでいくんですよ。あれは犯罪ですね。(場内笑い)
操上さんは、撮る所作が非常に繊細ですよね。あれはご本人のものなんでしょうね。

操上 カメラを構える所作とか人にたいする姿勢っていうのは、頭脳プレーでやるものじゃなくて、自然に日ごろのクセみたいなものが出てくる。体でいえば、カメラを構える肉体っていうのは三脚でありクレーンであり、ドーリーである。要するに、映画を撮るときのメカニックとおなじ役割を、常に肉体が同時にしているわけですよね。それは合理的で自然な流れなので、多少無骨さが抜けるんでしょうね。蹴ったりなんかはしないですから(笑)。

おもちゃのカメラから生まれた作品

椎名 さきほど、反射的に撮った瞬間のなかだけに「撮ったぞ!」感があるわけではない、といったことをおっしゃってましたね。写真を焼くときに感じることはありますか?

操上 作品化するときには、1枚の写真として完成させるように焼きます。そのプロセスのなかで、撮影時には「撮ったぞ!」感がなかった写真にも、光るものを感じることはあります。撮るときとおなじように「撮ったぞ!」と思う瞬間があって、それを選ぶ。それから、どういうふうに焼くか考える。フィルムに入ったまま、その通りに焼くとちょっともったいない。ここをこういうふうにコントロールして焼くと、俺の好きな写真になるな、というプリントの操作はかなりします。

椎名 たとえば、僕の大好きな写真のひとつなんですが、海を泳ぐ犬の写真。あの白い点々はどうなってるんですか?

操上 あれはですね、フィルムがガリガリに傷ついてるんです。いつもは35ミリのライカとかで撮ってるんですけど、あの〈陽と骨〉のモノクロを撮ったのはおもちゃのカメラ。それはいま流行りのトイカメラとかじゃなくて、トイを通り越して、駄菓子屋に売ってたような1ドル50セントぐらいのカメラです。

椎名 ピンホールではなくて?

操上 ピンホールではないですね。ガラスが1枚ついてるだけ。フィルムは1センチに満たない。それを買ってポケットに入れておいて、撮りはじめたんです。シャッターを押すとバネで開く。パカッと開くだけだから、シャッターが何分の一かとかは関係ないんですよ。で、フィルムを巻いて入れるときに、不器用に光が入ってハレーションが起きる。フィルムを巻いてるときに擦れて傷がつく。取り出すときにまたハレーションが入る。なので、フィルムの傷のつき方も予測できないんですね。だから、ボロボロのこういう不思議な感じが出る。

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シリーズ〈陽と骨〉より 1975年

椎名 つまり、撮影時にこうなったということですか?

操上 そうです。ネガどおりに焼いています。コントラストをどうつけるとか、フチをどうつぶすかっていう操作はしますけど、ネガそのものが傷ついているんですね。ブレボケ写真っていうのがありますけど、そんなもんじゃない。もっとハードなやつですね。紙に鉛筆でガーッと書くと破れることがありますよね、それに近いフィルムの傷つき方なんです。だから白く飛んだり、つぶれたりするところがでてくる。これをおもしろいと思えばおもしろい。それから、どう焼こうかな、ってことになるんですよ。

椎名 そう考えると芸術ですよね。シーンを撮るんじゃなくて、創作に近いんじゃないんでしょうか。

操名 でもね、あれは誰が撮ってもああなったのかもしれない。

椎名 そのカメラ欲しいな(笑)。

操上 そういうカメラだから、あっという間に壊れてすぐ使えなくなった。あとで、これに近いものが撮れないかなと思って、いろいろなトイカメラでテストしてみたんですけど、ダメなんですね。写りすぎるんです。写りすぎるんだけど、ライカとかニコン、キヤノンのようにちゃんと写らない。本当にダメだったらおもしろくなるというか、ギリギリのところなんですよ。

INTERVIEW|『操上和美―時のポートレイト ノスタルジックな存在になりかけた時間。』展

特別対談 椎名誠×操上和美

デジタルとリアリズム~写真の未来~

椎名 ちょっと前に、ライカの「M-9」っていうデジタルカメラを買ったんです。僕は、デジタルは軽蔑していたんですけど、「M-6」時代のレンズがすべて使えるっていうから、胸がぞわぞわしましてね。はじめてのデジタルだったのですが、エフェクトを変えたりしてみながら、あぁ写真は変わっていくんだな、という動揺を覚えましたね。それからは、撮影するときには必ずそれを持っていきます。

操上 デジタルですか。広告なんかもどんどんデータ化していますからね。

椎名 2年ぐらい前かな、種差海岸というところに行ったんですね。そこで乗馬クラブの人たちが練習してたんですよ。そのなかの女性に交渉して、海岸を走ってもらったんです。それを「M-9」で撮ったんです。小島一郎さんという写真家がいまして、裸馬に乗っかって海岸で疾走してる写真があるんですね。その写真のマネをしてたんですけど、空が問題だったんですよ。そこで、別のときに撮った、ものすごく晴れていて竜巻みたいな雲が出ている空を、その写真に合成したんですね。

操上 すごいことをやりましたね(笑)。

椎名 その空だと全然ちがうんですよ、緊迫感が。もう、うれしくてうれしくて。写真弘社も心配してるんですよ、「椎名さんがはじめてこんなあざといことをした」って(笑)。僕にはそんな気はなかったんですけどね。

操上 まぁそれはそういう創作だから、コラージュってことでいいんじゃないでしょうか。写真はいじっちゃいけないっていうリアリズムの時代はすでに過去の時代になって、なにがリアリズムなのかわからない。ロドチェンコもマン・レイもやってる。それがおもしろく完成すれば、全然いいと思いますけど、椎名さんがやったっていうのはすごいですね(笑)。

椎名 でも、なかには絵のようなデザインの合成写真もありますよね。僕はあれがさっぱりわからなくてですね。なにも感じないんですよ。そのへんはどうお考えですか?

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操上 あまりにも写真がデザイン化されて、そこに意味があったとしても、伝わるものがあるレベルにまで達していないと、全然ダメですよね。一番大事なことが欠落して、かたちだけが残るみたいなことは危険だと思います。

しかし、リアリティはなくてもデザインとして完成されていたら、やっぱり心を打つものがあると思う。たとえばモンドリアンみたいに。あんなシンプルな絵でも、何時間も見てられるほどの力をもっている。

ただ、写真をデータとしていじって、おもしろいだろ?みたいなのをやっているとダメでしょうね。卑近な例をいうと、最近の広告やテレビなんかに出てくる、ある年代から上の女優さん。ほとんどシワが無いですよね。50、60代のツルッとした女性……変ですよね。

椎名 気持ち悪いですよね。

操上 僕もいま、気持ち悪いって言いそうで、まずいと思ってやめたんだけど(笑)。
僕らも手を入れざるを得ないから手を入れるんですが、わからないようにやる。ある年代の色気とか、その人が生きてきた「ひだ」のようなものが残るから、それが魅力なのであって。ぜんぶ消して、かたちだけ残すようなことをする人を使っているのが信じられない。このさき、どうなっちゃうんだろうな。女性は全員シワがない……だからみなさん、記念写真なんかを撮るときに「シワ取って」なんか言っちゃダメですよ。(場内笑い)

椎名 そういうものには魅力を感じませんよね。人間の顔っていうのはそのまんまがいい。僕は海辺に行って、漁師の顔を撮るのが好きなんですね。精度の高いライカなんかで、カメラを絞りきって、いい明かりのところで撮るんです。そうすると刻まれているシワが全部きれいに見えるんですよ。そういう顔と対峙するというのは、ものすごくエネルギーが要りますよね。

操上 そうですね。やっぱり時間、信念をもって生きてきた時間っていうものと対峙するわけだから、生半可な興味だけでシャッターを切っていては、本質は写らないですよね、どんなにいいカメラをもってしても。シャッターを切るたびに、その人のいい顔に魅かれていく。自分にない光をそこで見る。僕らは写真ばっかりで生きてるから、穢れが多い顔になってるんだけど、むこうは穢れがないから、まぶしいんですよ、きっと。彫刻のような、光をはなつ美しい存在ですね。

-質疑応答-

質問 入ってすぐのところに、《海を見る》と、兵士が銃を構えている写真と、親子を遠くから見た写真の3点が寄り添うようにして並べてありました。(この配置)狙ってる!と思ってドキドキしたんですけど、あの展示にはなにか意味があるんですか?

操上 ドキドキしました? 意味ですか――写真のもってる意味っていうのは、一番こわいことなんですけど、創作できるんですね。増幅したり、なくしたりのコントロールができるんです。しかし、本当になにかを訴えたいときに説明しちゃうと、ひろがりがなくなるんですよ。だから、あまり教えたくない(笑)。

ひとつだけ説明できるのは《Don’t Shoot My Right Heart.》っていうのは、僕のことを言ってるんです。僕は心臓が右にあるんです。ジョークに聞こえるようにそういうタイトルをつけてるんですね。ふつうは左に心臓があるから疑問に思う。銃で撃つなとか戦争をやめろとか、というところまで考えが及ぶかはともかくとして、なんらかの意図があって写真を展示してるんです。

非常に個人的な写真なので、細かいことを計算した上で並べたつもりです。なにも感じずに帰るのはもったいないと思うから、なにかを感じてもらえるとうれしいですね。

椎名誠|SHIINA Makoto 作家。1944年東京都生まれ。1979年より小説、エッセイ、ルポなどの作家活動に入る。数々の文学賞を受賞。また、精力的に写真を撮りつづけており、写真展も開催している。雑誌アサヒカメラにて『シーナの写真日記』を連載中。

操上和美|KURIGAMI Kazumi 写真家。1936年北海道生まれ。1965年よりフリーランスのカメラマンとして活動をはじめ、広告写真などを手がけるようになる。また、渡辺貞夫や市川新之助などの数多くの著名人の写真集や、CDジャケットなどを手がけてきた。1970年のACC賞初受賞をはじめとして華々しい受賞歴を誇る。2009年3月には、初監督映画『ゼラチンシルバーLOVE』を発表している。

『操上和美―時のポートレイト ノスタルジックな存在になりかけた時間。』展

日程|9月29日(土)~12月2日(日)

時間|10:00~18:00(木・金は20:00まで)

休館日|毎週月曜日 

会場|東京都写真美術館

東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンホール内

Tel.03-3280-0099

料金|一般700円/学生600円/中高生・65歳以上500円
http://www.syabi.com

操上和美ドキュメンタリー映画『THE MOMENT 写真家の欲望』

上映日|11月22日(日)~24日(日)、29日(木)~12月2日(日)

時間|19:05~20:50

場所|東京都写真美術館 1階ホール

料金|一般1000円/学生700円(入場整理番号つき) 未就学児の入場不可

※映画鑑賞券の販売は、当日10:00より1階ホール受付にて。

定員|190名(整理番号順)
http://www.themoment.jp.net

上映関連対談 宮本敬文×操上和美

日程|11月22日(木)、12月2日(日)

時間|18:00~19:00

場所|東京都美術館 1階ホール

※当日の映画鑑賞券にて入場可能

           
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