ニックを捕まえてみろ(4)新しい挑戦
ニックを捕まえてみろ(Catch Nick if you can)
その4 新しい挑戦
出所して舞い込むさまざまなオファー。たとえば、講演のタイトルは『ストレス管理法』。
そうして出会ったのが“求む! コマーシャル・マネージャー”。
ニックは自分がサッカーを好きだったことを思い出した。
text by Brieux Férottranslation by SUZUKI Fumihiko
出所からゴルウェイ・フットボールクラブまでの道のり
2000年。刑務所から出所するとニックはロンドンに戻った。そして、大学の心理学科一年目に登録して、それまでのことを忘れようとしていた……とはいうものの、彼は幾つかの地元ラジオ局の取材を受けている。ニックへの質問の中には中々シュールなものも混じっていた。
『すごい奴もいた。コイツはワットフォードの私の両親の家を買ったというんだ。庭を掘り返したら埋蔵金が出てくるはずだと思っていたらしい。ピクショナリ(カードゲーム)のCMに出ないかっていう話もあった。私が銀行をだまし取るという内容だというので断ったんだが、でもむこうは出てくれたら20万ユーロ出すっていっていたよ』。
この当時のニックはディナー講演で7000ユーロを稼いだ。講演のタイトルは『ストレス管理法』だった。
『今だになんだが、発言の最初に私はいつもこう言うんだ。私はたたえられるべきなのか、ののしられるべきなのか分からないって』。
2002年末、再婚。ニックは新妻の家で暮らし始める。その家はアイルランドのゴルウェイにあった。そして2005年、近所のバーで地元フットボールクラブが新しいコマーシャル・マネージャーを探していることを知った。
『楽しそうだし、やる気も出る話だろ。私はずっとサッカーが好きだったんだし。それで履歴書と志願の手紙を出したんだ。ベアリングズで何をしたかについては頭から尻尾まで全部書いたよ。私は10年間もこんなに不誠実な男でしたって。だから新しくスタートしたいんだって。実際さ、身元を請合ってくれるものなんてなにもない、銀行界きっての大スキャンダルの中心人物がやってきたら、そりゃあ向こうも、面白いから会ってみたいと思うものだろ。私はそうやってクラブの面々に会って、そこで、この挑戦が、私にとっては命がけのものなんだと、先方に説明したんだ』。
『妻は私がまた逮捕されたと思ったそうだ』
ゴルウェイにはそもそもリスクなどなかった。彼らが賭けにでることができたのは、チームの金庫が空っぽも同然だったからだ。
ニックの新しい仕事、それは2年間でスポンサーを探しだしてチームの予算を60万ユーロから240万ユーロにまで引き上げること。ニックは自分こそまさにこの仕事にうってつけの男だと思ったようだ。
『私は、どうしてももう一度成功したいと思っている(原文ママ)』。
『ゴルウェイに参加した日、私は53回もインタビューをやった。自宅には世界中のプレスから電話があって、それがあまりにすごいものだから、妻は私がまた捕まったと思ったそうだ』。
アイルランドサッカー協会(FAI)はというと、ニックの登場にさほど関心を示さなかった。
『協会はクラブチームがどうなろうと別にどうこう言う筋合いじゃないのだ。公式声明だって出さなかった』とはアイリッシュ・タイムズはキース・ドュガンの弁。
ゴルウェイ・ユナイテッドの経営幹部ジョン・フェロンはさらに雄弁である。
『第一に、ニック・リーソンはまったくもって有望な候補者だったのだ。彼の銀行での業績は大変高水準なものだ。第二に、我々は彼が我々を手玉にとるようなことはないと確信していた。なぜならば、彼はすでにゴルウェイに住んでおり、さらに、アイルランドサッカー界というのは小さな業界だからだ。最後に、一部リーグがすでに22クラブから10クラブへと減少しており、我々はそこに上がりたいと思っていた。よって予算の拡大は急務だった。ついでにいうと、ニック・リーソンにチャンスを与えてやりたいという意見に経営幹部陣は満場一致で賛成だった』。