ニックを捕まえてみろ(2)成功の奥の仮面
ニックを捕まえてみろ(Catch Nick if you can)
その2 成功の奥の仮面
ニックは業績を上げながら、つくってしまった架空口座。そして膨れあがる損失総額。さらに隠し通し続ける不正。
そうして世界でも有数のトレーダーとして名を馳せる。
text by Brieux Férottranslation by SUZUKI Fumihiko
架空口座:88888
Back-officeとFront-officeのResponsable(責任者)ニック・リーソン。
彼は自らの取引に自分で許可を出しはじめ、徐々に余裕を失っていった。
ニックはコンピュータをいじって特殊な架空口座を作る。
この口座には、中国の縁起のよい数字にあやかって、88888という番号が与えられた。
幻の口座を使って、ニックはあらゆるものを即座に隠蔽するようになる。まずは部下の作った4万ドルの負債を、次はそれよりもさらに大きな損失を……誰にもバレないように……。
プラスに転じないまでも、せめてなんとか始末をつけようとニックが日々、オプション、つまり先物の売り買いに努めている間にも架空口座88888番は膨れ上がってゆく。
1993年3月、ニックは3千2百万ドルの損失補填に成功するが……『これが最初で最後だった』。
損失総額は膨れ上がり、もはや彼の手にはとても負えないものとなる。
『金は、もう現実味を失っていた。モニターに映っている5000万ドルと比べたら、手元にある50ペンスの方がよっぽどマトモってものだ』。
単独行動を始めるニック。彼を止めるものはもう何もなかった。
1994年、シンガポール・マネタリー・エクスチェンジにおける総取引量の半分をニックは一人で統括するようになる……そして、その活動の60%が架空口座88888関連だったのだ。
マンチェスター・ユナイテッドで気晴らし
上司たちはニック・リーソンの働きに少々気をよくしすぎていた節がある。
ニックの手元には白紙の小切手があったのだ。彼はそれで1日に7千5百万ドルを切ることさえあった。
『キャッシュを手に入れるために上司にはひどいウソをついたよ。なんせシンガポールではそういうことの検査が甘いんだ。レギュレーター(調整員)たちは本当に無能ばかりだったし……』。
トレイダー、ニック・リーソンは、彼の取引に関する不正をSIMEXに警告されたベアリングズ銀行金融事業担当者、サイモン・ジョーンズを丸めこみ、内部監査もかわした。
『会談の途中で、どうにも調子が悪かったことがあったんだ。そうしたらジョーンズはマンチェスター・ユナイテッドをどう思うかと聞いてきた。このとき分かったのだけれど、スポーツ関係のギャンブルは私にとって唯一の気晴らしだったんだ。私はジョーンズに「マンチェスター・ユナイテッドは、まだまだ甘ちゃんの寄せ集めだ」と語りだした。「カントナ(エリック・カントナ)はプロのチンピラだし、チームのサポーターはロンドンのヤッピーたちだ。マンティスターで本物のチームは“シティ”しかない」。
私が熱く語ると、ジョーンズはマンチェスター・ユナイテッドが勝つといって500ポンドを賭けた。私も賭けにのったけれども、どっちが勝ったとかそういう話ははまあどうでもいい。このとき私はあることに気づいたんだ。賭けのことを考えている間は、ジョーンズが私の問題を忘れるんだ。事態はこんな風に進行していたってわけさ』。
1994年、不正を隠すことにまんまと成功したニックの業務成績は、ベアリングズ銀行中でもトップだった。
そして同時に、ニックは世界でも有数のトレイダーとなる。数々のビジネス銀行から魅力的な申し出が舞い込んだ。
『誘いを受けるなんていう品のないことはしなかったよ』。