新連載|気仙沼便り|8月「合言葉は“海と生きる”」
新連載|気仙沼便り
「人」が繋ぐ未来へのタスキ
8月「合言葉は“海と生きる”」
2014年4月、トラベルジャーナリストの寺田直子さんは、宮城県・気仙沼市へ向かった。目的は20年ぶりに造られたという、あたらしい漁船の「乗船体験ツアー」に参加すること。震災で大きな被害を受けたこの地も、3年の月日を経て、少しずつ確実に未来へ向かって歩きはじめている。そんな気仙沼の、ひいては東北の“希望の光”といえるのが、この船なのだと寺田さんは言う。漁船に導かれるまま、寺田さんが見つめた気仙沼のいま、そしてこれからとは? まずは気仙沼へ赴くきっかけとなった出来事から話をはじめることにしよう。
Text & Photographs by TERADA Naoko
復興のために活動する気仙沼の人たちとの出会い
きっかけは3月に東京で開催された東日本大震災のシンポジウムだった。
地元、行政、ボランティア、旅行会社が登壇し、観光という視点から震災後の東北の現況を語り、どのような復興支援をツーリズムが担えるのかという問題に対して多くの示唆を与えてくれた。
そのなかの一人が、気仙沼で廻船問屋を営む水産業・斉吉(さいきち)商店の斉藤和枝さんだった。斉吉商店の娘として生まれ、いまは専務取締役として会社を切り盛りする。津波で工場と自宅を兼ねた本社が全壊した斉吉商店だが、再起をしながら気仙沼を訪れた人との交流の場となるスペースとして「ばっばの台所」を運営。新鮮な地元の食材を使った食事が味わえるだけでなくワークショップなども行うなど、気仙沼の復興のために積極的に活動している。
気仙沼の復興の合言葉は、「海と生きる」。
シンポジウムでの和枝さんは笑顔を絶やさず、明るく、自分の稼業のこと、周囲のこと、そして気仙沼のことをときに笑いを誘いながら参加者に語りかけた。そこには彼女のもって生まれた誠実さ、そして「海と生きる」ことを選択した気仙沼の人、もの、場所に対しての深い思いと、なによりも彼女自身がそのなかの一人であるという「背骨」のようなものがにじみ出ていた。
このなかで和枝さんは自身の稼業が震災ですべてなくなったあと、再び営業を果たすまで、そして震災後に「ばっばの食堂」を立ち上げた経緯。そして、彼女たちが運営する「つばき会」について語った。
「つばき会」は震災前から活動する気仙沼を盛り上げるための有志の女性たちの会だ。旅館の女将、水産業、自営など気仙沼に暮らす女性たちばかりで、地域を盛り上げる活動を行ってきた。和枝さんはそのなかの一人。その「つばき会」が続けていることのひとつに、「出船式」があるという。
気仙沼は親潮と黒潮がまじわる豊かな漁場を沖合いに持つ稀有な場所だ。そのため、恵まれた環境によってマグロ、カツオ、サンマの水揚げ高は全国一を誇る。そして漁船の多くは日本各地から気仙沼へとおもむき、沖で獲った魚を目の前の気仙沼港に揚げるのだという。
「私たちの港が全国一であるのは県外の方々にお世話になっているからなんです」
そう和枝さんは語る。だから、「つばき会」はそんな船主や漁師のみなさんに感謝をしたい。それを形にしたのが「出船式」なのだという。
「出船式」は昔から行われてきた伝統的な行事だったが、近年、生活環境、家族構成などに変化が出てきたため、昔ほどのにぎわいがなくなってきたという。それを「つばき会」が以前のようにみんなで見送ろうと考えたのだ。大漁旗が振られ、港の女性や家族を中心にときに観光客もまじえ太鼓や紙テープによって安全航海と大漁を祝い海へと船と漁師たちを送り出す勇ましくもドラマチックな行事。地元だけでなく観光資源としても注目を浴びることができるし、なによりも、無骨な海の男たちへのエールとなるのではないか。そう「つばき会」では考え、「出船式」に参加させてもらうようになり、少しずつ気仙沼の大きなイベントに成長している。
「漁師は本当にかっこいいんです!」
そう強く語る和枝さんの言葉には海に生きる男たちの心意気への誇り、多くの人への恩義、震災以降に生まれたであろう気仙沼の新しい歩みへの意識。そんなものが感じられた。
そして、今年4月「つばき会」がJTBが東北復興支援を行う「東北ふるさと課(化)」が共同で「遠洋まぐろ延縄(はえなわ)漁船乗船体験ツアー」を催行するのだと加えた。漁船乗船自体は地元の漁業会社「臼福本店」の臼井社長によるもので特別にツアー客も参加させてもらえることになったのだ。通常、漁船に女性は乗船できない。漁をする船には「船玉(ふなだま)」と呼ぶ女性の神様がいるためだ。だが、今回の船は気仙沼で20年ぶりという新造船の漁船のため、乗船が可能だという。
そんなめったにないチャンス、ぜひ体験したいと思った。もちろん漁船に乗るのも重要だが、なによりも気仙沼に行きたいと思ったのだ。和枝さんや彼女をとりまくいまの気仙沼を知ることはなにかとても大切なことのように思えたのだ。
そして、その直感は正しかった。
寺田直子|TERADA Naoko
トラベルジャーナリスト。年間150日は海外ホテル暮らし。オーストラリア、アジアリゾート、ヨーロッパなど訪れた国は60カ国ほど。主に雑誌、週刊誌、新聞などに寄稿している。著書に『ホテルブランド物語』(角川書店)、『ロンドン美食ガイド』(日経BP社 共著)、『イギリス庭園紀行』(日経BP企画社、共著)、プロデュースに『わがまま歩きバリ』(実業之日本社)などがある。