田中凜太郎|Excuse My Trash ! 「My Freedamn!」ついに完結(前編)
連載|田中凜太郎
Excuse My Trash !
「My Freedamn!」ついに完結(前編)
2012年6月30日。1年9カ月ぶりとなる待望の「マイフリーダム! Vol.10」が発売された。1980年代をテーマに、過去最大となる1000点超の写真で構成されたこの一冊は、同時に2003年4月の初刊行以来、約9年の歳月をかけてシリーズを重ねてきた「マイフリーダム!」の最終章でもある。オウプナーズでは、さまざまな思いが去来したであろう最終巻リリース直後の田中氏にインタビューを実施。本巻への思いや80年代という時代がもつ意味をうかがうとともに、シリーズ全体を振り返り、田中氏にとって「マイフリーダム!」とは何だったのかを語ってもらった。
Photographs by TANAKA RintaroText by TAKEUCHI Toranosuke(City Writes)
実はこれがやりたくてVol.10までやってきた
──いよいよ「マイフリーダム!」も最終章まで来ましたね。まずは、Vol.10を作り終えた今の率直な気持ちを聞かせてください。
田中 意外に思われるかもしれませんが、実はここが僕にとって一番やりたかったところ。大袈裟にいえば、僕はこれがやりたいがためにVol.10までやっていたようなものだったんです。というのも、本号のテーマである80年代というのは、僕にとってリアルな世界。古着に興味をもち始めた10代の僕が実際に着ていたのが、ここに出てくるような服でした。つまり、80年代はイコール僕なんです。だから作っていて、ちょっと恥ずかしい気分もありましたが、きっちりとしたものを作りたかった。なぜならこれは僕自身だからです。
──わかります(笑)。リアルに通ってきたところって、どっか気恥ずかしいものですからね。でも、それがなければ今の自分はないわけですし、やっぱり好きというのもよくわかる。なんか初恋みたいですよね。
田中 まさに(笑)。実際今回の本には、僕自身が着ていた服も載せていますし、服以外にギターなど、自分の趣味の世界も入れました。本当に甘酸っぱい青春の思い出が詰まった一冊です。ですが、それはそれとして80年代のカタチを事実として、ちゃんと残しておきたかった。甘酸っぱい思い出だって30年経った今となっては否定も肯定もありませんし、若い世代にとっては、捉え方が全然違うはずですから。
“フリーダム”というテーマに対して気持ちの整理がついた
──お話をうかがっていると、最終章らしく時代が一周回って原点に戻った感じですね。
田中 おっしゃるとおりです。そして、やりたいことはやった感があります。Vol.1のときは、お金もないし技術もありませんでしたが、どうしてもやりたくてやった。あのときやりたかったことが、今、自分の中でようやく完結しました。
──途中、いろいろ悩んだ時期もあったんじゃないかと思うんですが…。
田中 勢いだけで作ってしまった一冊目の経験を踏まえ、次はもっと完成度を高めたい、その次はもっとと思うわけです。そうしてだんだんテクニックがついてくると今度は、最初にもっていた勢いが落ちてきたな、と感じてまた悩む。そういうことの繰り返しでした。Vol.10でひと区切りをつけると決断したのは、さきほどもいったとおり、80年代という自分の原点までやったという達成感のほかに、そういう堂々巡りに整理がついたという理由もあります。
──では、今回のVol.10ではテクニックとパワーの理想的な接点がみつかったということですか?
田中 いえ、そういうことではありません。それはたぶん永遠の課題です。そうではなく“フリーダム”というテーマに対して気持ちの整理がついたということです。
──といいますと?
田中 この10年間ではっきりしたことは、人生いい時も悪い時もあるけど、いいことも悪いことも全部自分のせいだということです。時代とか世の中のせいではなく、全部自分のせい。それがVol.10まで作って明確にわかったんです。フリーダムとは要するに自己責任。「なんでも勝手にやってくれ。でもケツは自分で拭けよな」という態度です。僕にとって、それを実践する場が「マイフリーダム!」でした。そして今、僕にとって自己責任は、わざわざいうまでもない当たり前のことになりました。その反面、青臭い挑戦が間違っていなかったこともわかりました。自己責任において青臭いことを精一杯やる。つまり、フリーダムとはロンクンロールそのものだと、はっきりわかったんです。
(後編へ続く 10月24日公開予定)