写真家・美術家の川久保ジョイさんと写真表現について語り合う(2)|谷尻誠対談
谷尻誠×川久保ジョイ対談
写真家・美術家の川久保ジョイさんと写真表現について語り合う(2)
川久保さんの写真に感じる「静謐ななかにある怖さ」について
建築家の谷尻誠氏が、「作品を見て一度お会いしたかった」という、写真家・美術家の川久保ジョイ氏。スペイン生まれで、大判のバイテン(8×10インチ)のフィルムカメラをメインに、原子力の問題や東北の被災地に関連した写真を撮り、さらに独自のインスタレーション作品制作にも取り組んでいる。
写真家・美術家の川久保ジョイさんと写真表現について語り合う Vol.1 はこちら
Photographs by SUZUKI Shimpei Text by KAJII Makoto (OPENERS)
自分は何をやりたいのだろう
谷尻誠(以下、谷尻) 前回うかがった川久保さんのこれまでのプロフィールはとても面白かったです。ひとつ思ったのは、写真を売って生計を立てるのと、お金に関係なく純粋にやりたいことをやるバランスはどうとっているんですか。
川久保ジョイ(以下、川久保) 自分の人生で繰り返し気になっているのが言語哲学や神経心理学で、「脳のことを脳で考える」というメタ構造が好きなので、それを自分がやっている写真ではどう考えるかに興味が出てきました。
20世紀の哲学を「言語論的展開」と特徴づけるひとは多く、そのひとつの中心にあるのが、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインです。ウィトゲンシュタインの哲学は、『論理哲学論考』が有名ですが、たとえば「絵の風景と絵の関係性は絵ではあらわせない」というのがあり、「写真と現実の関係は写真ではあらわせない(説明できない)」とも言えて、ではどうずればいいのか。
それで、会場に見えないカメラをセッティングして、撮影者(来訪者)が被写体になるという写真のインスタレーションを始めました。自分自身の透明性を考えつつ、自分の目では自分は見えないという表現です。
谷尻 なるほど。それがつぎの段階の2012年ごろですか。
川久保 そうですね。インスタレーションをやってからコンセプチュアルにはまって、作品「The colossus drive and the black sun」では、まず日蝕の写真を撮って、そのフィルムをスキャンして、データにして、それをWordで開くと16進法の文字化けになるんですが、それをプリントして、「データってなんだろう」と展示したり。
また、作品「Bright Darkness」は、イギリスのダートムーア国立公園で撮影中に迷子になった闇の感覚を体験型のインスタレーションにしたりしました。
映像のない写真が究極の風景
谷尻 作品やインスタレーションのアプローチがすべて川久保さんの体験なんですね。
川久保 「究極の楽園」を考えたときに、写真は具体的すぎて、自分の写真がいちばん邪魔をしていると思って、映像のない写真が究極の風景ではないかと、写真を撮りに行くときに、自分の耳の中にコンデンサマイクを入れてバイノーラル録音をしました。
谷尻 サウンドインスタレーションですね。
川久保 そうです。カメラ機材を背負って、撮影場所を決めて、フィルムを入れて、シャッターを切るまでを録音して、それを特殊なヘッドフォンで再生。音を聴いて風景を想像してもらうのですが、そのときに撮ったフィルムはそこで光にさらしてしまって、現像してもなにも映っていない。ネガとカメラと音で想像する作品です。
作品を売ることと、考えを伝えること
谷尻 でもコンセプチュアルになるほど作品は売れませんよね。
川久保 はい。福島の作品は美術館が買い上げたりしてくれますが。
谷尻 日本人は絵は買いますが、写真はなかなか買いませんよね。それは、写真は自分でも撮れると錯覚しているんですよね。
川久保 アートは、美術館では見るけれど、買うものではない感覚があるのでしょう。自分の作品もデザイン事務所やホテル、アートコーディネーターを通して銀行などに購入されています。
谷尻 でも川久保さんのキャリアや考え方をうかがうほど、作品を売ることと、考えを伝えることの乖離がでてきますよね。
川久保 多くのひとに共感されるものを作るべきなのか、もっと実験を進めてあらたな境地を切り拓いていくべきなのか。自分自身にも葛藤があって、どっちが単純に楽しいのか。去年ロンドンに滞在して作品を制作していたんですが、アートの認知度が高いのを感じて、最近は海外に行きたいなと思っています。
谷尻 そうですか。川久保さんと写真の関係性には哲学的、科学的なところがあって写真のなかに織り込まれているような感じがしますよね。言葉を選ばずにいうなら、静謐ななかに、怖さがある。写真に感じた穏やかなだけではない危うさもあって、話をうかがうととてもわかる気がします。
川久保ジョイ 写真作品制作プロジェクト「The New Clear Age」
明日の日本に残すべきものはなにか―クラウド・ファンディング
写真家・美術家の川久保ジョイ氏が2011年から取り組んでいるプロジェクト「The New Clear Age」は、日本に現存する原子力発電所を大判(8×10インチ)のフィルムカメラを用いて写真作品として記録するもの。
川久保氏は、「この時代の日本に生きている人間として現在の日本のエネルギー事情そして、その背景にある原子力発電、しいては原子力という力の扱い方や倫理性、その正義を考えてもらうための事実を記録し、メディアとは異なった手法と視点で残したいと思っています」と語り、日本の未来が少しでも良いものになればという願いを込めて撮影をつづけている。
今回のプロジェクトの遠征(撮影)費用の目標額は、最初の3日間で達したが、全国のほかの4カ所のロケ分も含めて6月15日(月)まで支援を募集している。
クラウド・ファンディング
https://greenfunding.jp/micromecenat/projects/1043