写真家・美術家の川久保ジョイさんと写真表現について語り合う(1)|谷尻誠対談
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2015年4月1日

写真家・美術家の川久保ジョイさんと写真表現について語り合う(1)|谷尻誠対談

谷尻誠×川久保ジョイ対談

写真家・美術家の川久保ジョイさんと写真表現について語り合う(1)

大判のバイテン(8×10インチ)のフィルムカメラで撮る理由

建築家の谷尻誠氏と吉田愛さんがリフォームした「サポーズデザインオフィス」の東京新事務所取材の際に、谷尻氏に「いま、誰か対談してみたい方はいますか?」と尋ねたところ、「作品を見て一度お会いしたかった」と名前が挙がったのが、写真家・美術家の川久保ジョイ氏。川久保氏はご自身の作品を持ってサポーズデザインオフィスを訪れた。

Photographs by SUZUKI Shimpei Text by KAJII Makoto (OPENERS)

一人の時間から写真家へ

谷尻誠 はじめまして。川久保さんの作品を見て、一度お話をしてみたいとおもっていました。

川久保ジョイ ありがとうございます。

谷尻 では最初に、川久保さんのプロフィールを教えていただけますか。

川久保 はい、1979年にスペインで生まれて、18歳までスペインで過ごしました。両親とも日本人です。筑波大学に入って、心理学、言語哲学、神経心理学などを学び、研究室の先輩と結婚しました。妻は研究者を目指して、大学で研究をつづけましたが、自分は最初は専業主夫でした。

初めて東京に住んで、知り合いも子どももいなくて、一人の時間がたくさんあって、そのときに「海外で写真の勉強してみたいな」とおもい、主にミュージシャンを撮影するロンドンのカメラマン、ケビン・ウェスティンバーグ氏に師事したいとおもってメールしたら、「今度日本に仕事で行くから会おう」と返事をもらい、日本での仕事のスタッフに数回くわわりました。

谷尻 なかなか面白い20代ですね。

川久保 それから海外へ行くためにお金を貯めようとおもって、同級生に相談したら、「先物トレーダーは儲かるからやってみる?」と言われて、茅場町の会社に就職して半年アシスタントを経験。別の会社に移ってトレーダーをやっていましたが、リーマンショックが来て辞めました。

谷尻 先物トレーダーってどんな感じなんですか。

川久保 先物トレーダーは面白いけどとても消耗する仕事ですね。月のノルマがあり、大きい金額を動かすのでプレッシャーがかかります。マーケットが開いている9時から3時半までの仕事なので、時間ははっきりしていますが。それで2008年に仕事を辞めて、先物トレーダー時代に興味をもったアートを学びたくてロンドンへ行こうと。

谷尻 先物トレーダーの次にアートですか。

川久保 アートや科学というのは、ミスっても人間としての能力は否定されませんが、トレーダーはマイナスを出すと大変です。マーケットは、勝てば正しい、負けると全否定なんです。

谷尻誠|川久保ジョイ

谷尻誠|川久保ジョイ

自分の撮りたいものとはなにか

川久保 2008年から09年の2年間は、作品を販売すること、“売れる写真”を意識して撮っていました。百貨店で売れる写真をマーケットリサーチして、自分のテイストを出しながらどうしたら売れるかを模索していました。

谷尻 でもそれでは満足できなかった?

川久保 2010年ぐらいにニューヨークの友人から「展覧会をやらないか」と連絡があって、ニューヨークに行ったんですが、マンハッタンから少し離れた街にあるコンテンポラリーアートの美術館「ディア・ビーコン(Dia Beacon)」に行って衝撃を受けました。

谷尻 その衝撃は撮影スタイルにも影響を与えたのですか。

川久保 ええ、そのころ撮りたいものを追求しているうちに、だんだんカメラが大きくなっていったんですが、たとえばシノゴ(4×5インチ)の解像度を引き延ばすと、肉眼では見えないものも描写されていて、それは人間の目の解像度を超えています。それはミクロな世界とマクロな視界の両方を表現していて、ディア・ビーコンでは何時間でも飽きずに見ていることができました。

いまは、さらに大判のバイテン(8×10インチ)のフィルムカメラをメインに使っていますが、8×10になると撮影の手順は一種の儀式的な作法で、撮ることに対する行為として身体的なものも影響してきます。

谷尻誠|川久保ジョイ

谷尻誠|川久保ジョイ

外的な刺激をシャットアウトして撮影場所を探す

谷尻 川久保さんの撮影スタイルを教えていただけますか。

川久保 いまは、8×10で撮るために、まず一人で耳栓をして外的な刺激をシャットアウトして撮影場所を探します。つぎにアングルを決めて、撮影すべき時間を待って、長時間露光で撮ります。このスタイルは2010年ぐらいからですね。09年ぐらいまでは雑誌の撮影などもしていましたが、現在は作家活動がメインです。

谷尻 耳栓の意味は?

川久保 その場所の全体を感じたいからでしょうね。

絶えた風景と絶景

谷尻 川久保さんは原子力発電所を撮影してますよね。

川久保 はい、3・11直後には発表しなかったのですが、これまでに全国の原発の1/3は撮影して、残り2/3を撮るためにクラウドファンディングを始めました。このプロジェクト「The New Clear Age」は、自分の子どもが成人したときに日本にこういう時期があったというのを残すのと、フィルムで撮ったということは実在していたという証拠。それをニュートラルに美しい風景として撮っていきます。

ほかにも、福島に何度か行っていて、34マイクロシーベルトという線量の高い場所に、ネガフィルムを土の中に埋めて、3カ月後に取りに行って、それを現像してプリントしたものを展示したりしています。

谷尻 その活動の源はなんですか。

川久保 自分の写真と社会的な部分での交差の模索でしょうか。谷尻さんは3・11についてどうおもわれていますか。

谷尻 僕は広島を拠点にしているので、西の人たちに3・11を伝えることを考えています。

谷尻誠|川久保ジョイ

谷尻誠|川久保ジョイ

川久保ジョイ 写真作品制作プロジェクト「The New Clear Age」
明日の日本に残すべきものはなにか ―― クラウド・ファンディング

写真家・美術家の川久保ジョイ氏が2011年から取り組んでいるプロジェクト「The New Clear Age」は、日本に現存する原子力発電所を大判(8×10インチ)のフィルムカメラを用いて写真作品として記録するもの。

川久保氏は、「この時代の日本に生きている人間として現在の日本のエネルギー事情そして、その背景にある原子力発電、しいては原子力という力の扱い方や倫理性、その正義を考えてもらうための事実を記録し、メディアとは異なった手法と視点で残したいとおもっています」と語り、日本の未来が少しでも良いものになればという願いを込めて撮影をつづけている。

今回のプロジェクトの遠征(撮影)費用の目標額は、最初の3日間で達したが、全国のほかの4カ所のロケ分も含めて6月15日(月)まで支援を募集している。
クラウド・ファンディング
https://greenfunding.jp/micromecenat/projects/1043

           
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