REPORT|「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展
「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展リポート
日本再生に向けていまこそ再考すべき、メタボリズム(1)
メタボリズムは、近年、世界中でその活動が再評価されている、日本でおこったユニークな建築運動。戦後復興からEXPO’70でクライマックスを迎える日本の一時代。東日本大震災を乗り越え再建への道を歩む現在の日本と、メタボリズムの活動がスタートした、戦後復興を経て高度成長期に向かって進む状況には共通点が多い。当時の建築家やデザイナーたちがどのような考えをもって日本をつくっていこうとしていたのか、メタボリズムをきっかけにあらためて考えてみたい。
写真と文=加藤孝司
作品総数500点以上、見ごたえのある展示
今年で結成51年目を迎えた、日本発の建築運動であるメタボリズム。その初となる大規模回顧展が六本木 森美術館で開催中だ。森美術館ではこれまでも2007年に「ル・コルビュジエ展」など、建築をテーマにした展覧会を開催しており、建築のみならず、美術やデザインなど幅広く建築や都市の魅力を伝えてきた。今回の「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展でも、メタボリズムの建築的な側面だけでなく、同時代の政治との関係や、日本でおこったメタボリズムという運動が、社会において果たしてきた役割や世界でどのように受容されていったかなど、多角的に検討された展示構成は見ごたえがある。
メタボリズムとは生物学用語で「新陳代謝」を意味する、1960年に日本で生まれた世界的な建築運動である。その活動には、建築家 丹下健三氏の影響を受けた、菊竹清訓氏、大髙正人氏、黒川紀章氏、槇 文彦氏、工業デザイナーの栄久庵憲司氏、批評家の川添 登氏らメタボリズム・グループにくわえ、建築家の磯崎 新氏、大谷幸夫氏といった、戦後日本を代表するそうそうたるクリエイターが名を連ねていたことでも知られる。
本展は、メタボリズムの誕生から世界各地へと展開していったその活動を、「メタボリズムの誕生」「メタボリズムの時代」「空間から環境へ」「グローバル・メタボリズム」と、大きく4つのセクションに分け展示。作品総数は500点以上、メタボリストたちがかかわった約80のプロジェクトを模型や、本展にあわせ特別に制作されたCGなどで、ダイナミックに紹介している。
会場入ってすぐの「メタボリズムの誕生」では、日本が戦後復興を果たしていく過程から、メタボリズム誕生の契機にもなった、1960年5月に世界中から著名デザイナーらを招き東京で開催された世界デザイン会議の模様まで、どのような時代背景において新陳代謝という意味をもつメタボリズムが生まれてきたのかが、年表や当時の貴重な資料とともに紹介されている。これらの展示を見ていると、物も情報もあまり豊かではない戦後間もない時代に、いかに人びとの生活をよりよくしようと建築家やデザイナーたちが奮闘していたかがわかってくる。
ここで印象的なのは、原爆投下により一瞬で廃墟となった広島の復興の象徴ともなった、丹下健三氏の「広島ピースセンター」の模型と、菊竹清訓氏の自邸「スカイハウス」のスケッチと模型である。どちらも正倉院を思わせる高床式の構造をもち、日本古来の伝統的な建築様式を思わせる建築である。ここからわかるのが、メタボリズムは新奇な造形を都市につくろうとした建築運動ではなく、日本の伝統形式を取りこみながら、あたらしい日本の建築様式をつくろうとした運動でもあったということだ。
「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展リポート
日本再生に向けていまこそ再考すべき、メタボリズム(2)
固定的な価値観を解放した建築
つづく「メタボリズムの時代」のコーナーでは、本展の中心に位置づけられる、東京湾上に増殖可能な構造をもつあたらしい都市を提案した、丹下健三氏の「東京計画1960」からはじまり、海上の不定形な人工地盤の上に塔状の建築が建つ菊竹清訓氏の「海上都市1963」、黒川紀章氏の「東京計画1961」などを展示。未完ではあるものの、戦後復興が急務とされていた当時の時代背景のなかで考察された、メガストラクチャーをともなった都市のダイナミズムを感じさせる、メタボリズムならではの都市的スケールでの提案を見ることができる。
ここでキーワードとなるのが「メガストラクチャー」という言葉。ひとつの巨大構造体が、さまざまな都市構造やインフラといった都市機能を内包したものの意味だが、メタボリストたちはこのメガストラクチャーを、土地にしばられる従来の固定的な建築から解放し、都市や建築をダイナミックに流動可能で代替可能にする、「環境」の象徴と考えていた。
のちに実現するメタボリズム建築に特徴的な「カプセル」や、「モジュール」といわれるものもその具体的な例である。
造形としてのおもしろさだけでなく、必要に応じて自己増殖可能な機能的な側面にフォーカスがあてたこれら作品は、現代においてもなおリアリティをもった先験的な提案といえるだろう。
またメタボリズム以降、現在において、建築家による都市計画にまでおよぶような、大きなビジョンがみられなくなったことを考えても、日本全体が3・11の震災からの復興の機運にあるいま、これらがメタボリストたちからの時を超えたメッセージともとれる示唆に富んだ展示になっていることはまちがいない。
「空間から環境へ」では、戦後20年あまりを経て、1960年代後半以降に高度経済成長を迎え、世界的に環境というものの価値が見直されはじめていた時代背景のなかで、メタボリズムがもっていた環境という概念が、どのように人びとの生活とかかわってきたのかを、70年に大阪でおこなわれた日本万国博覧会、通称EXPO'70を頂点に紹介している。会場全体の縮尺模型や、菊竹清訓氏が設計したエキスポタワーのカプセルに実際に使われていたパネルなど、いま見ても夢のあるカラフルでポップな展示が楽しい。
同時に、この時代は現代アートの世界では、ポップアートやハプニング、ヒッピームーブメントなど、画一的な大量消費社会に危機意識をもつ、人間性といった側面に注目した、さまざまなカウンターカルチャーが世界中で同時発生した時代。巨大なメガストラクチャーをもったメタボリストたちの建築が、個を中心とした人びとの生活を受容しながら一体となった希有な時代として、メタボリズムにとって、もっとも華やかであった時代ともいえるのではないだろうか。このコーナーには、EXPO’70で一堂に会した、同時代のデザインやアート、音楽と関連づけられた作品も展示されている。
「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展リポート
日本再生に向けていまこそ再考すべき、メタボリズム(3)
未来に向けた大きなビジョンの提示
「グローバリズム・メタボリズム」では、世界を舞台に活躍していくメタボリストたちの活動にフォーカスをあてた展示がなされている。菊竹清訓氏の海上都市模型や、黒川紀章氏から磯崎 新氏に受け継がれ現在進行中のプロジェクト「鄭州市鄭東新区如意型区域都市計画」など、メタボリストたちの海外での仕事を中心に紹介している。
なかでも注目したいのは、メタボリストたちの師匠にあたる丹下健三氏による、マケドニアの首都の震災復興計画となる「スコピエ都市部再建計画」の巨大模型だ。スコピエは1963年におこった大地震で壊滅した街として知られる。その復興計画として国連のコンペで丹下健三氏が勝利。今回日本では初公開となる模型は、スコピエ現地に奇跡的に保存されていたもので、一部欠損はしているものの、それがかえって、震災における喪失感をあらわしているようにみえてくる。
4つの展示とはべつにもうけられた「メタボリズム・ラウンジ」では、メタボリズムの影響がみられる現在進行中のプロジェクトを展示し、関連資料を閲覧できるラウンジとなっている。これらは、先の3・11の大震災以降の復興のビションに、メタボリストたちの思想を対応させたあたらしい都市モデルの提案といえるだろう。メタボリズムの過去とこれからを考えるコーナーとして興味深い。
「メタボリズムの未来都市:戦後日本・今甦る復興の夢とビジョン」展は、建築ファンならずとも楽しめる多彩な作品が集められている。歴史的に戦後の日本を知る手がかりにもなるこれらの資料は、実際にメタボリストたちのもとに保管されていた貴重なものばかりだ。豊富に展示された作家たちの思考と手の痕跡を残すエスキスやドローイングも、一般には未公開のものが多い。
戦後復興から高度経済成長、メタボリズムの誕生、そして万博でクライマックスを迎える日本の戦後の一時代。その後、世界に広がっていくメタボリズムが描いた大きなビションは、この時代以降みられなくなる。
「復興の夢とビジョン」というサブタイトルにこめられた意味は、未来への展望のなかから生まれてきたメタボリズムという思想の一断面を、先の震災からの復興という願いと希望に接続してみせているように感じる。
3・11以降、復興への現実的な試みがおこなわれるなかで、建築単体のデザインというよりも、未来にむけた具体的な大きなビジョンを示しながら、建築やデザインがおかれる社会システムそのものをデザインしようとしていたメタボリストたちの活動は、いまこそ見なおされるべきだろう。