連載・柳本浩市|第26回 植木明日子さんに「アイデアとプロダクトデザイン」をきく(後編)
Design
2015年5月15日

連載・柳本浩市|第26回 植木明日子さんに「アイデアとプロダクトデザイン」をきく(後編)

第26回 植木明日子さんに 「アイデアとプロダクトデザイン」 をきく (後編)-1

ゲストにプロダクトデザイナーの植木明日子さんを迎えた後編は、建築的な考え方をもってプロダクトをデザインしている彼女のモノづくりへのアプローチや、実際の生産背景、さらに今後の展望まで語っていただいた。

Text by 柳本浩市

いまは自分が手に触れることができる、1分の1のモノをつくっている

柳本 大学時代に「すべてを包括するのが建築」という考え方を周囲の方々から聞かされてきたという植木さんですが、現在、ご自身でモノづくりをしていて、建築の考え方が応用できたところと、できなかったところ、そのふたつについて教えていただけますか?

植木 いまでもモノづくりにおける「考え方の行程」は建築的だと思います。全体像をつくってから順を追ってつくっていく……自分のやり方になっていますね。いまの仕事に応用できなかったというか、あきらかにちがうなと感じるのは「スケール感」です。私が建築学生のとき、もっとも苦手だったのが縮尺の考え方。同級生は200分の1の図面を前にしても、実際の大きさを認識しようとする。私の場合は模型をつくって先生に見せると、「これが200倍になるのが想像できるのか!」と怒られる始末で(笑)。それがいま、自分が手に触れることができる、1分の1のモノをつくっている。このスケール感のちがいは大きいです。もう一点挙げるとすると「スピード感」。建築だとひとつのプロジェクトに完成まで数年というのが当たり前ですから。いまのモノづくりは自分の性格に合っていると思いますね。

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柳本 プロダクトデザインの仕事で、建築家やインテリアデザイナー、そしてプロダクトデザイナーと接する機会が多いのですが、建築家とインテリアデザイナーのアプローチはコンセプチャルで空間認識というところで力を発揮します。一方でプロダクトデザイナーは「コンマ何ミリ」までディテールをつめていく。モックアップをつくるとその差は歴然としますね。やはり「モノ」となるとプロダクトデザイナーのほうが強いかと思います。

ところで植木さんは旅がお好きなようですが、旅のインスピレーションはご自身のモノづくりにどのように影響していますか?

植木 旅に出ると自分がなにものでもない、なにも求められていない、と感じることが多いですね。そしてモノづくりをしていることがとてもちっぽけに思えてきます(笑)。モノづくりへの直接の影響ではないんですが……人間の行動のなかから「おもしろいモノ」を見つけようとする臭覚が働いたり、人間の素直な感覚に気づかされることが多いです。“感覚が開く”というか。

柳本 私の場合は海外のおばあちゃんの家がインスピレーションの源だったりします。家族の写真がすごいレイアウトで飾ってあったり、ダサいテーブルクロスが上手くコーディネイトされていたり。すべてが意図していないんですけど、理屈抜きのおもしろさがある。こういうのが日本には少ないんですよね。日本はどこかカテゴリーを決めて「○○スタイル」をつくっちゃうので。

あと旅といえば、かつて某ステーショナリーブランドの代表と旅をしたことがあって、そのひとは感覚の使い方に長けていました。デザイナーではないんですが、土地のもつ湿度、空気、気温、ひとの体温……こういうものをステーショナリーに落とし込もうとするんです。「あそこに行ったときのワクワクした感じ」というのをモノに込めれば、その土地に行ったことのないひとでも気持ちが伝わるだろうと。なんだか精神世界的なことを言っているようですが、こうした感覚を紙質や文字の一行にまで昇華するんですね。あきらかにグラフィックデザイナーとはちがう手法で。 こうした感覚って罫線一本でも伝わることがあるんです。おもしろいエピソードがあるんですが、まったく外装や質感がおなじノートをふたつつくって、ちがいといえばページの罫線。ひとつはパソコンでひいた罫線、もうひとつはひとがボールペンでひいた罫線をスキャニングして使用したもの。よく見ないとそのちがいはわからないんですが、ボールペンで引いた罫線のノートのほうが圧倒的に売れたんです。たしかにボールペンで引いた罫線はあたたかい感じがして。なにもアナウンスしなくてもユーザーは感覚的にくみとろうとするんでしょうね。

植木 とても興味深いお話ですね。

第26回 植木明日子さんに 「アイデアとプロダクトデザイン」 をきく (後編)-2

「なんで売れなかったんだろう?」と考えることが楽しい

柳本 建築はできてしまえば施主はそんなに批判しないですけど、手に取りやすい価格帯の商品は「買うか、買わないか」で簡単に判断されてしまう。それが評価ですからね。ある意味、重たいことだと思います。

植木 自分が好きなモノをつくっても、売れないと厳しいしさみしいですからね。建築とちがって、自分たちのお金でモノをつくって、流通までしていますから。さらにはデータとしてもあきらかになるわけで……。私はなりたかったわけではないですが、結果としていまはメーカーの側面もありますから。

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柳本 だからこそ、お客さんにも近く、リアルに反応がわかりますよね。通常のプロダクトデザイナーの半分以上はそこまではわからないでしょう。大まかに売れている、売れてないくらいしか。自分でつくって流通までするからこそ、在庫の負担は大きいですが、どういうふうに売れていくかは明解なわけで。私もメーカー機能をもっているのですが、百貨店の催事に出たりすると反応はあからさまですから。とくに「普通のオバちゃん」がどのようにデザインプロダクトに接しているか、どのように選んでいるかはとても勉強になります。こちらとしてもデザインのさじ加減がわかるし、極力デザインしないほうが多くのひとたちに受け入れられるのではとも思ったり。「気づき」のきっかけになる。

植木 結局のところ、売れる、売れないを考えるとき、ついて回ることといえば「どうして売れなかったのか」という疑問。これについて考えはじめると、さまざまな要因(パッケージ、売り場、色など)が挙ってきて。私は「なんで売れなかったんだろう?」と考えることが楽しいです。答えがすぐに出るわけではないんですが、考えられる要素は考えるようにしています。

柳本 仮説を立てることが大事ですよね。

植木 かつては「どこで、誰が、どのように買っているのか?」というのが見えず、「売っている」というリアリティがなかったのですが、お取り引きさんに滞在することで大きな発見を得られました。ちょうど私がお邪魔したときに、お店の常連さんが私たちの商品を購入してくださっていて。お店がある、そこにはひとや地域の繋がりがある。そこに自分たちの商品を介在としてコミュニケーションが生まれている。当たり前のことですが、これを間近で見られたときはとてもうれしかった。少量でもなく大量でもない自分たちのものづくりが、どれくらいの規模でやっていくべきかという指標になりました。

第26回 植木明日子さんに 「アイデアとプロダクトデザイン」 をきく (後編)-3

発送までを見通せる環境でモノづくりをしたい

柳本 植木さんが手がけている商品についてお聞きします。ローテクのグラフィックと、いまっぽい蛍光色が共存していますが、これは意図してのことですか? ひとつのブランドを立ち上げるとひとつの世界観に固執しがちですが、植木さんの場合、そうは感じないんですよね。

植木 意図も狙いもないんですよね(笑)。「水縞」にかんしてはコンセプトがなくて、いま、3年半やってきて「水縞としてあるべき姿」がようやく見えてきた気がします。

柳本 オーソドックスなパターンを採用されていますが、当たり前の柄にもかかわらず、色や質感が変わってみえますね。

植木 私はグラフィックが得意ではないんです。だけどもパターンが好きだから、水玉とボーダー、自分が好きなものだけをやろうと。

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柳本 水玉でもボーダーでも世界中の包材屋で扱っているものはちがいますよね。以前、東京のガイドブックに寄稿したのですが、僕は『シモジマ』(台東区浅草橋を拠点に包装用品、店舗用装飾品などを扱うメーカー兼ショップ)を取り上げました。私も海外に行ったときには『シモジマ』のようなお店で徹底的に購入するんですが、日本に遊びにくるグラフィックデザイナーとか絶対興味があるだろうと。フルーツパーラーなどでみかけるような、1960年代くらいの包装紙をいまだに販売していますからね。

植木 逆を考えると、私も大興奮しますね(笑)。

柳本 ところで植木さんたちはどのくらいのロットでビジネスをされていますか?

植木 いまは100からですね。販売するためのOPP袋入れやスタンプ押しは、すべて社内でやっています。在庫もすべて社内にありまして。「倉庫を借りないの?」とよく言われるんですが、商品が流れていく過程を見ていないと不安がありまして。発送までを見通せる環境でモノづくりをしたいんですね。じつは「OPP袋入れやスタンプ押し」という作業について考えるほうが、デザインについて考える時間よりも多いです。一個だけだったらなんでもつくれる。一万個だったらそうはできない。だけど500個のモノづくりだったら私たちにはできる。この500個ならつくれるというのがデザインにもあらわれている気がしますね。じつは私たちのモノづくりには、近所の内職さんが大きくかかわっています。この街のコミュニティならではとも思いますが、会社にモノを取りにきて、家で作業し、できあがったら届けにきてお茶を飲んでいく。彼女たちがいなかったら私たちは途方に暮れるだろうと。最近では内職さんたちが持ち運びしやすいモノをつくろうと仕様を考えたりもしていますね。そしていつか自分も子どもができたら、内職のチームにも入りたいなと(笑)。

柳本 分業のなかからこういうアイデアが出るのもおもしろいですね。

植木 内職さんのご自宅の一部屋全部を占領したら悪いなと。デザインする以前に製造する方法にまず無理はないのかを考えることからはじめていますね。

柳本 今後の展望は?

植木 「水縞」というブランドにかんしては、『サブロ』という文具店のオーナーと共同でやっていて、彼女の知識や感覚、そしておもしろいモノを探してくる目と、市場を把握しきっていないことで生まれる私のアイデアが混ざりあってモノをつくっています。「水縞」という名前は、水玉好きのデザイナーと縞々好きの文具店店主、というところからできているのですが、ふたつの要素が重なることで生まれるおもしろいアプローチをつづけていきたいですね。あとは漠然とですが、会社をより気持ちのいい空間にしたいです。モノがあって、ひとがいて、つくる場所があって、発送する場所があって、内職さんも来るのが楽しみになるような。「在庫がある=マイナス」と思われがちですが、「在庫がある=モノと一緒にいる」と前向きな感じで、自分たちの製品を生きもののように扱っていきたい。これからも風とおしのいい場所をつくっていきたい。それだけですね。

柳本 今回はありがとうございました。

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植木明日子|UEKI Asuko
デザイナー。phrungnii(プルンニー)代表。1977年 埼玉県生まれ。2001年 明治大学理工学部建築学科卒業。2003年 東京芸術大学大学院修了。2004年 有限会社アパートメントにてプロダクトブランド「phrungnii」設立。2006年より文具店『36』オーナーとオリジナル文房具ブランド「水縞」を運営。

http://www.apartment.gr.jp/phrungnii

           
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