日産GT-R50 by Italdesign
CAR /
IMPRESSION
2021年4月28日
日産GT-R50 by Italdesignに試乗──日伊の自動車史を駆る愉しみ
NISSAN GT-R50 by Italdesign|日産GR-R50 バイ イタルデザイン
日産GT-R50 by Italdesignに試乗
巨匠ジョルジェット・ジウジアーロが設立した、イタリアのカーデザイン&エンジニアリング会社「イタルデザイン」と日産自動車の50周年を記念し、50台限定で生産されたGT-Rベースのスペシャルモデル日産「GT-R50 by Italdesign」。イタリア在住のジャーナリスト、大矢アキオ氏による、同車の試乗記をお届けする。
Text by Akio Lorenzo OYA|Photographs by Italdesign、NISSAN
日産がデザイン、イタルデザインが開発-販売まで
GT-R50 by Italdesignは、日産自動車がイタリア・トリノのカーデザイン会社「イタルデザイン」と共同開発したモデルである。
GT-Rが2019年に、イタルデザインが2018年にいずれも50周年を迎えたことを記念し、世界限定50台で生産される。車両のベースは市販版GT-Rの最高峰である GT-R NISMOで、エンジンは、そのサーキット仕様であるGT3用720ps 3.8リッターV6 VR38DETTが搭載されている。生産はイタルデザインがイタリアで行う。
プロジェクトの経緯を説明しよう。イタルデザインは2015年、創立者ジョルジェット・ジウジアーロの手を完全に離れてフォルクスワーゲン・グループ傘下(厳密にはアウディによるオペレーション下)となった。
そうした体制下で新部門「アウトモービリ・スペチアーリ」が発足した。世界の富裕なエンスージアストを対象に、超少量生産を行うセクションである。従来、自動車メーカーを取引先としてきた同社にとって、初の本格的なBtoCビジネスだ。
その第一弾は、2017年の「ゼロウーノ」であった。ランボルギーニ・ウラカンのプラットフォームとアウディのV10エンジンを使用したハイパースポーツカーで、クーペ/ロードスター各5台が限定販売された。
次にアウトモービリ・スペチアーリがアプローチしたのは日産であった。後述するプロジェクトリーダーのアンドレア・ポルタ氏によると、日産デザインの幹部は、ジュネーヴ・ショーで目にしたゼロウーノの完成度と、実走プロトタイプを多数手がけてきた実績を評価してくれたと語る。
英ロンドンおよび米サンディエゴの日産スタジオがデザインを担当。コンセプトカー開発および生産型の製作、さらに世界での販売はイタルデザインが手掛けるという骨子が決まった(日本での販売は独自のエージェントが担当)。
生産型の前段階であるコンセプトカーの開発は2017年末から翌18年5月まで、主に日産のスタッフがトリノに通うかたちで進められた。完成した車両は、2018年7月の英国の「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」で走行シーンが公開された。
続いて、2020年ジュネーヴ・モーターショーのイタルデザイン・ブースでの公開に向けて、プロダクション仕様の製作が進められた。
しかし、開会数日前にスイスのcovid-19政策を受けて、ショーは急遽キャンセル。代わりに同年5月、イタリアの「タツィオ・ヌヴォラーリ・サーキット」を舞台にライブストリーミング形式で披露された。
コンセプトカーに続き、再び走行シーンが、それもより広いかたちで公開されたことは、ある意味ラッキーだったといえよう。
コンセプトカーで鍛えた職人技
2021年2月下旬、イタルデザイン本社を訪れると、日産GT-R50 by Italdesignのプロジェクトリーダー、アンドレア・ポルタ氏が出迎えてくれた。
まずはポルタ氏に製作のプロセスについて聞く。
「日産の栃木工場から運ばれたGT-R NISMOは、ここイタルデザイン本社で丁寧に分解されます」
そして限りなくホワイトボディ状態となったボディにさまざまな作業を行う。一旦ルーフを取り去ってからピラーを切断してグリーンハウスを下げるのも、そうした作業のひとつだ。
同じイタリアの外部サプライヤー「マイクロテックス」から供給されるカーボンパネルは、地肌を見せる部分はそのままに、それ以外の部分はフィルムを貼ったうえで丹念に塗装する。スチール部分は、プロトタイプ製作で鍛えた熟練職人が手叩きで加工していく。
スカイライン時代からの意匠を現代風に解釈したテールランプは、イタルデザインの灯火機器部門による手作業でつくられる。それをボディの裏で支えるワイヤーハーネスは、GT-Rのものを緻密に延長して仕上げる。
それらの作業をイタルデザインの本社工場ともうひとつの拠点を往復しながら1台あたり6〜8カ月かけて仕上げてゆく。
その市販版テストカーと対面する。
「スカイライン」と「GT-R」はまったく別の道を辿って久しいことは知りつつも、かつて東京で時折見かけたスカイライン版GT-Rが、ここまで立派になったとは。ショッピングモールの青空ステージで歌っていたアイドルがブレイクして世界進出してしまったような、嬉しさと戸惑いが交錯する。
バンパーひとつとっても、そのパーツ点数と精緻を極めた造型に恐れ入る。全高はベース車両と比較して54mm低いが、室内で狭さを感じることはない。
その高スペックとは裏腹に、スタートボタンをプッシュすると、720psエンジンには何の不機嫌を起こすことなく火が入った。野太い、しかしけっして耳障りではないアイドリング音が室内に響く。
後方のラゲッジスペースは、リアスポイラーの専有面積があるので、事実上サイドに回り込んで荷物を積み込むほうが楽である。
そのリアスポイラーは30km/hを境に自動で上昇・下降するが、センターコンソール上のスイッチでマニュアル操作することも可能だ。イタルデザインのスタッフが「アミーコ(友達)に披露することも可能ですよ」と微笑んだ。たしかに油圧による作動音は、たとえアミーコがいなくても上下動させてみたくなる、興奮を伴うものである。
ベース車両の開発コンセプトであるから繰り返す必要はないかもしれないが、市街地でのクルージングでは、シーケンシャルATのシフトタイミング、ブレーキのフィール、パワーステアリングのアシストいずれも、神経を逆撫でされるようなことは皆無だ。
「スーパーマーケットに行けます!」というポルタ氏の言葉は、あながち嘘ではない。
敢えていえば、斜め後方の視界がかなり限定的であるが、頼れるパッセンジャーを乗せていれば克服できそうだ。
3000rpmあたりからのキャラクターの豹変ぶりは感動的である。それでも電子制御トルクスプリットAWDシステム「ATTESA E-TS」のトルク配分は常に冷静で、少なくとも一般道でドライバーを慌てさせるような場面はない。
低くスタイリッシュに構えたフロントスポイラーを擦らないよう気をつければ、その安心感からサンモリッツあたりのウィンター・リゾートにさえ連れ出したい誘惑に駆られる。
イタルデザインといえば1990年代初頭、同社がコンセプトカーから派生させて極めて少量を生産した「アズテック」に同乗試乗したことがあった。その時代から剛性感は充分確保されていたが、格段に向上していることに驚く。モックアップで済ませられるコンセプトカーを、あえて数々の実走モデルとして実現してきたイタルデザインの手腕が光っている。
目に見えないバリュー
トリノを象徴するランドマークのひとつ「バジリカ・ディ・スーペルガ」で撮影していると、通りがかる人々から、次々と車両について尋ねられた。クルマと一緒に自撮りする若者もいる。
思えば筆者が四半世紀前イタリアに住み始めた頃、自動車イベントに訪れると「日本車なんて、イタリア車のデザインのコピーじゃないか」と宣う高齢者がいたものだ。
近年、日本ブランドのイメージはずいぶんと変わりつつあるのは意識していたが、こうしたウルトラリミテッド・モデルは、さらにそれを加速させるかもしれない。
価格は、すでにさまざまなメディアがセンセーショナルに伝えているとおり、税別・オプション別で99万ユーロ(約1億2700万円)である。
日産GT-R50 by Italdesignを所有し、走らせる喜びとは何か?
それは日本とイタリアにおいて自動車史の一部を彩り、今もリアルタイムで刻み続けている2ブランドの一里程を共有することと筆者は考える。
まず筆者の脳裏に浮かんだのは、歴史的な日産車2台だ。
1台はスカイラインのシャシー上にイタリアのジョヴァンニ・ミケロッティによるデザインのボディを載せ、60台が製作されたといわれる1962年の「プリンス・スカイライン・スポーツ」だ。
もう1台は1989年に「スカイラインの父」桜井眞一郎氏率いるオーテック・ジャパンが200台限定で発売した「オーテック・ザガート・ステルビオ」である。日産とイタリアのカロッツェリアとの超限定生産車のコラボレーションの歴史に、またひとつ新たな1台、それも最もスタイリッシュな作品が加わった。
一方、イタルデザインは冒頭で記したようにジョルジェット・ジウジアーロが創立した自動車デザイン&エンジニアリング企業である。
共同設立者でエンジニアのアルド・マントヴァーニと、デザインだけでなくメーカーに生産プロセスまで提案可能な頭脳集団として、イタリアのカロッツェリア界に新たな地平を拓いた。
そして1972年「アルファ・ロメオ・アルファスッド」、1974年初代「フォルクスワーゲン ゴルフ」、そして1981年、後に映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の劇中車となる「デロリアンDMC-12」など、200台以上の自動車を手掛けてきた。
その傍らで、毎年ジュネーヴ・ショーで、数々のアイディアに満ちたコンセプトカーを放ち、業界にインパクトを与えてきた。
プロジェクトリーダーのポルタ氏についても記しておこう。1974年生まれの彼は、少年時代からアニメをはじめとする日本のポップカルチャーに親しんで育った。やがて日本の自動車文化にも関心を抱くようになる。
今も“ケンメリ”といった愛称が、たびたび会話のなかで自然に登場する。高校を卒業すると日本への語学留学も経験。日本語検定にも合格した。トリノ大学で学んだのちイタルデザインに入社。 以来、10台以上のジュネーヴ・コンセプトカーのプロジェクトに参画した。
今も社内きっての日本通である。日産GT-R50 by Italdesignのプロジェクトリーダーには、彼をおいて他にいなかったことはたしかだ。
「今回の日産GT-R50 by ItaldesignのサイドのデカールはR34型のもの、手塗りのフロント用はR35型のものをモティーフにしています」とポルタ氏は熱く説明する。
グッドウッドのコンセプトカー以来、ポルタ氏自身が世界のポテンシャル・カスタマーたちとコンタクトを取り続けてきた。
前述の2つのブランドのヒストリーに加え、こうした熱き造り手と始まるつきあいに価値を見いだせる人なら、その超弩級といえるプライスも充分納得できるものに違いない。
Spec
NISSAN GT-R50 by Italdesign|日産GR-R50 バイ イタルデザイン
- (イタルデザイン社発表スペック)
- 全長×全幅×全高|4784×1992×1316mm
- ホイールベース|2780mm
- エンジン|3799cc V6 DOHC 24バルブ ターボ
- トランスミッション|6段デュアルクラッチ式AT
- 最高出力|720ps/7100rpm(推定値)
- 最大トルク|780Nm/3600-5600rpm
- 駆動方式|AWD
- タイヤ|(前)255/35R21/(後)285/30ZR21
- 価格|990,000ユーロ~(税・オプション別)