風から作ったガスで走るアウディA3 g-tron 前編|Audi
Audi A3 Sportback g-tron|アウディ A3 スポーツバック gトロン
持続可能な社会にむけたアウディの取り組み
風から作ったガスで走るアウディA3 g-tron 前編
アウディはつい先ごろ発表した新型「R8」や、速さと快適さを追求するRSモデル、さらにWEC(世界耐久選手権)への参戦などスポーツへのイメージが強いいっぽうで、持続可能な社会に向けてCO2削減に熱心に取り組むブランドでもある。そんなアウディに登場した「A3 スポーツバック gトロン」は、たんに燃料がCNG(天然ガス)というだけでなく、その燃料を自然エネルギーから生成することでCO2排出量を実質ゼロに近づけることを目論んでいるという。大谷達也氏が試乗やインフラ見学をつうじてその実情をリポート。前編では、そのバックグランドに迫る。
Text by OTANI Tatsuya
CO2排出量を減らさなければならないわけ
「二酸化炭素(CO2)の排出量をただちに削減しないと、地球温暖化現象は取り返しのつかない局面を迎える」 ―― そんな話を繰り返し耳にしていながら、いまひとつ現実的にこの問題を捉えられない理由のひとつに、CO2は目で見ることができないうえに匂いも嗅げず、したがってそれが着実に増えていることを私たちが身をもって実感できないことにあるような気がする。
異常気象といわれればそう思えなくもないが、実体験的には暑いときもあれば寒いときもあり、「確実に上昇している」という確信は得られない。さらに「あと数年で取り返しがつかなくなる」といわれても、これまた雲を掴むような話で、自分の将来も見通せない不透明なこの世の中で数年後の地球規模の平均気温について語られても、いまひとつピンとこない。
とはいえ、地球温暖化現象はどこか遠い国の話ではなく、私たち自身(もしくは私たちの子孫)の暮らしを左右しかねない重大な問題であることはまちがいない。
たとえば、このままのペースで大気中のCO2が増えつづけると、2040年前後には地球上の平均気温が20世紀初頭に比べて2度上昇し、その後も上がりつづけて2100年にはプラス6度になるという。
では、地球上の平均気温が6度上がると、何が起きるのだろうか?
まず、アイスランドの氷が溶け始めて海面上昇を招くとともに、ヒマラヤの氷河が減少し始める。じつは、氷河の水に依存して暮らしている人は地球上で1,000万人から1億人にも上るそうだが、そういう人々が水不足に苦しむことになるほか、最近では氷河から溶け出した水が様々な災害を引き起こす可能性がたびたび報道されている。
その他にも連鎖反応的に環境の変化が起こり、ついには人類にとって極めて住みにくい世界になると予想されているのだ。
Audi A3 Sportback g-tron|アウディ A3 スポーツバック gトロン
持続可能な社会にむけたアウディの取り組み
風から作ったガスで走るアウディA3 g-tron 前編 (2)
CO2排出量削減に真剣に取り組むアウディ
そうならないために必要なのが、大気に占めるCO2の比率を将来にわたって2020年前後のレベルに留めることにある。
「じゃ、2020年からCO2の排出規制を断行すればいいではないか?」と思われるかも知れないが、地球規模で人口が増加し、経済活動が世界の隅々で活発化している現在、CO2増加のトレンドを逆転させるのは容易なことではない。
つまるところ、現状のペースでの人口増加や経済発展を許しながら、CO2排出量だけを現在とおなじようなレベルに留めるか、もしくは減少傾向に転じさせるためには、できることからただちに私たちの生活を改善していく強い自覚と、CO2排出量を根本的に削減する技術革新の両方が求められているのだ。
さもなければ、私たちの暮らしを原始時代か中世の時代まで後退させる以外に、この問題を解決する術はなくなると多くの専門家が指摘している。
言い換えれば、各自動車メーカーは、私たちの暮らしを豊かに保ったまま、CO2排出量をいかにして削減すればいいかについて日夜研究しているともいえるのだ。
そうしたなかで、自動車メーカーとしての枠にとらわれることなく、独自の活動を進めているのがアウディである。彼らの取り組みについては、Audi Future Laboを取り上げることで何度も紹介してきた。手前味噌ながら、Audi Future LaboについてOPENERSほど熱心に、そして詳細にリポートしているメディアは日本中探しても絶対にないし、世界中を見渡しても滅多にないはずだ。
そしてまた今回も、私はアウディがCO2削減と真剣に向き合っている現状を目の当たりにすることとなった。しかも、今度ばかりはパワーポイントを使ったプレゼンテーションでもなければ、「将来的にこんな施設を作ることが必要になります」なんてことを説明するための模型を見せられただけでもない。
規模は小さいながらも現実にCO2の削減に役立つ実験工場をアウディは独自に建設し、これを稼働させているのだ。今回は、その施設の取材を許されたのである。あわせて、この工場から生まれた画期的な燃料である「e-gas」で走行するアウディ「A3 g-tron」に試乗したので、これについても紹介することにしよう。
Audi A3 Sportback g-tron|アウディ A3 スポーツバック gトロン
持続可能な社会にむけたアウディの取り組み
風から作ったガスで走るアウディA3 g-tron 前編 (3)
不安定な風力発電のパワーを溜める工夫
アウディe-gasの原理については、すでにOPENERSで紹介済みである。ドイツでは再生可能なエネルギー源として風力発電が多く建設されているが、風力発電は「必ずしも人間が欲しいと思うときに発電してくれるわけではない」という不便が伴う。
つまり、私たちが電力を必要としているときにじゅうぶんな発電がおこなわれず、逆に不必要なときに大量の発電がおこなわれたりする。しかも、電力の充電は意外と困難なので、「あらかじめ充電しておいて、不足したときにこれを活用すればいい」ということを実現するのが難しい。
そこで登場したのがe-gasである。これは風力発電の余剰電力を水素もしくはメタンガスに変換することで、エネルギーの無駄を省こうとする技術だ。
その原理は、余剰電力を利用して水(H2O)を水素(H2)と酸素(O2)に電気分解し、ここで得られた水素(H2)と二酸化炭素(CO2)を化合させてメタンガス(CH4)を生成するというもの。こうして生まれたメタンガスのことを、アウディはe-gasと呼んでいる。
メタンガスは天然ガスの主成分なので、これをドイツ中に張り巡らされた天然ガス供給網に流し込めば、実質的にドイツ国内のどこにいてもe-gasを手に入れることができる。
実際にあなたがガソリンスタンド(そう、ドイツでは少なくない数のガソリンスタンドで天然ガスを購入できるのだ)で補給したガスは普通の天然ガスで、e-gasそのものではないかもしれない。けれども、日本のグリーン電力とおなじで、あなたがコストを負担した“低炭素なエネルギー”はどこかで必ず消費され、CO2排出の削減に役立っている。だとすれば、めぐりめぐってあなた自身がCO2の排出削減に貢献したのとおなじこと。アウディe-gasはこんな考え方を基本としているのだ。