CD『花と水』発売記念 菊地成孔インタビュー(前編)
「“ジャズ ジャポネズム”のいちばん新しい感じ」
菊地成孔インタビュー(前編)
音楽家、執筆家、コメンテーター、そして歌舞伎町の住人とさまざまな顔をもつジャズサックスプレーヤー、菊地成孔。
2008年に東京ミッドタウンのガレリアBGMセレクションを担当し、そのコラボレーションCD『花と水』を先日リリース。作品には、ジャズピアニストの南博さんをフィーチャーし、スタンダードからインプロビゼーション(即興)、そしてJ.S.バッハなどのカヴァーまでを収録。サックスとピアノのデュオによるスロージャズなサウンドは、まさに茶室でも聴ける“ニュー ジャポネズム”の象徴的音楽ともいえる作品に仕上がっている。
精力的に作品を出しつづけている菊地成孔さんに、今作『花と水』についてのお話を2回にわたってうかがった。
Text by OPENERSPhoto by Jamandfix
「茶室とかで演奏しているイメージで、さらに即興の感じにしませんか?」
──今回、ミッドタウンのサウンドスケープを『花と水』というタイトルにしたのはなぜですか?
これは松尾芭蕉の提唱した概念で、正確には『花に水』なんです。そのままタイトルに使ってしまうと、芭蕉のイメージが強くなってしまいますが、それよりももっと大きく“ジャポネズム”というか、芭蕉に限らずという感じなんですよね。
──ミッドタウンのイメージから思いついたのですか?
それはとくにないです(笑)。
去年1年間、ミッドタウンの選曲のお仕事をさせていただいたので、せっかくだからコラボレーションして、アルバムをつくろうということになりまして──、まさに企画盤ですよね。とりあえず、なにをやってもよかったのですが、ミッドタウンでやっていたコトが、コンピレーションアルバムの『ホテル・コスト』のような、その場所専用のBGMだったんです。
だから、最初はスムースジャズとか、いろいろなアイディアを出していたのですが、いろいろと考えた結果、以前からライブで一緒にやっていた南博さんとのデュエットを作品にしようと。
作品をつくるにあたっては、なんとなく“和”だということがひらめいて──、いわゆる“ジャズ ジャポネスク”といいますか。だからテーマを『花と水』、芭蕉の『花に水』にしたんです。南さんとは「谷崎潤一郎とか世阿弥とか、そういう“ジャポネスク”の部分を集めて、茶室とかで演奏しているイメージで、さらに即興の感じにしませんか?」と話して、それで今回のアルバムができあがったんですよ。
──アルバムには楽曲というより、インプロ(即興)が多く収録されていますよね。最近は、なかなかそういったアルバムは少ないと思うのですが
収録曲の半分がインプロなんです。Derek Baileyみたいなハードコアな即興のヒトはね、全部即興ですけれど(笑)。半分即興で半分楽曲というのは、ライブのころからやっていたんです。
サウンドは、それほど音数がおおくないので、一曲ごとに即興と楽曲をやっている間にどっちがどっちだかわからなくなるというのが目的なんです。即興も楽曲的だし、楽曲も即興的だという俳句の転回のようなことなんですよね。でも、俳句とか華道、茶道、水墨画とかは、即興性が高いじゃないですか? 昔から、ジャズの即興をそれらとアナロジーする“ジャポネスク”みたいな歴史がたくさんあったんです。オリエンタリズムというか、やたらと尺八が入ったりとか(笑)。今回は、それとはちがうイメージでしたね。
日本人が“和”をやると、すでにエキゾチック化せざるを得ない状況なんです
──全体的に、静かな感じのアルバムですが、やはりミッドタウンを意識したものですか?
いや、まったく意識していないですね(笑)。
この作品が静謐な感じになったのはミッドタウンがというワケではなく、『花と水』というテーマからです。
──タイトルが完全にアルバムのイメージなんですね
とにかく南さんには、「音数を少なく弾いてください」とお願いして──、ジャズでピアノの上手いヒトって、もっとワイドに弾けてしまうから。ようするにミニマリズムなんですよ。だから茶会席で演奏するみたいな感じでやりましたね。
──南さんとはどんな出会いだったのですか?
南さんはエッセイストなのですが、早稲田大学のモダンジャズ研究会という日本のジャズ界ではもっとも太い人脈をもつサークル出身で、その後バークリー音楽学院に行かれるんですね。ボクが知り合ったのは帰国してすぐのときでした。帰国して、日本で演奏をやろうとしたときにメンバーがいなくて、知人のツテで紹介されたんです。たしか89年か90年かな。
──今回のアルバムにカヴァーが収録されていますが、どういう基準で選曲されたのですか?
選曲はボクがしたのですが、このスタイルで演奏して、サマになるような感じのものを選びました。あと今回はテーマが“ジャズ ジャポネズム”、要するに“和”なのですが、YMO以降、“エキゾチック ジャパン”という流れが生まれたワケですよ。“エキゾチック ジャパン”って、郷ひろみですけれど(笑)。
でも、日本人が“和”をやると、すでにエキゾチック化せざるを得ない状況なんです。和服なんて着ない、お茶もお花もやらない、俳句も読まない。もう日本人じゃないワケですよね。だから、我々が“和”らしいことをすると、その段階で逆にパロディになってしまう。それって、すでにエスニズムが壊れているワケです。そういう音楽っていっぱいありますよね。ジャズにも“ジャポネズム”の歴史があるんですけれどね、古賀(政男)さんが民謡を弾いたりとか(笑)。70年代とか80年代にはいっぱいありましたよね。
とはいえ、ソプラノサックスとピアノだけのシンプルなスタイルで、民謡をやるとか、日本の音階をつかうワケでもなく。“ジャズ ジャポネズム”のいちばん新しい感じを考えたときに、むしろ楽曲は30年代や40年代に作曲されたジャズの曲をやる方がいいと思ったんです。だから曲はすべてジャズの曲で、なおかつ静かに演奏してもよさそうなものを選びました。
アルバム『花と水』
3000円/ewe records
http://www.kikuchinaruyoshi.com/nouvelle.html
ライブ情報
◆菊地成孔&南博 『花と水』ツアー
5月1日(金) 岡山 ルネスホール
(問) Tel. 086-234-5260
5月2日(土) 大阪 フェニックスホール
(問) Tel. 06-7732-8888
5月5日(火・祝) 東京 Billboard Live TOKYO
(問) Tel. 03-3405-1133
◆菊地成孔DUB SEXTET
5月20日(水) 東京鶯谷 東京キネマ倶楽部
(問) Tel. 0570-00-3337
◆菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール
6月5日(金) 東京 グローブ座
(問) Tel. 0570-00-3337
菊地成孔ホームページ
http://www.kikuchinaruyoshi.com/