INTERVIEW|『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』ヴィム・ヴェンダース監督 来日記念インタビュー
INTERVIEW|20年来の約束を果たすべく誕生した初の3D採用作品
『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
ヴィム・ヴェンダース監督 来日記念インタビュー(1)
ヴィム・ヴェンダースの最新作『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』は、ドイツの振付家ピナ・バウシュのカンパニーを追った、途轍もなく美しいドキュメンタリー・フィルムだ。20年以上にわたって監督の親友だったピナ。彼女と彼女の仕事をスクリーンに収めようとして、それが実現しかけた矢先に、ピナが突然の死を迎える。「にもかかわらず」苦難を乗り越えて完成したこの映画には、ピナの「想い」を引き継ぐダンサーたちの肉体が、しなやかに映し出されている。監督いわく「今まで娯楽的な使われ方をしてきた」3D映像も、この作品ではダンサーの肉体のリアリティと舞台の真実味をスクリーンに映し出すための、最適なツールとして使われている。ピナのファンはもちろん、彼女をはじめて知る人びとにとっても、熱狂的な感動をもたらす映像作品となった。
Text by HISAE Odashima
Photo by RIE Amano
臨場感、現前性を映し出すことを可能にした3D技術
──ヴェンダース監督とピナの出会いは25年前に遡るそうですね。
そうだよ。ピナは、とても優しくて、シャイで、守ってあげたくなる女性だった。それが、仕事となるとどんな男よりも強くて、自分を決して曲げない戦士のような存在になる。そして、ひとの心の奥の奥まで見透かしてしまうような鋭さがあったね。とにかく、あの目と向き合っているとまったくごまかしがきかないんだ。彼女とは会うたびに、一緒に映画を作ろうという話をしていた。長いあいだ、実現できなかったのは、ピナの舞台に触れれば触れるほど「これは特別な世界だ」「映画にすることできるのだろうか?」という、ある種の畏怖の念を感じたからだよ。
舞台とはとても神聖な場所で、それを映画にすることには、従来のやり方ではだめだ。なにか特別な方法が必要だと考えたんだ。
──3D撮影という方法は、まさにその「神聖な領域」に入っていくためのツールだったのですね。
そうだ。これならば、生の舞台の臨場感や、身体のプレザンス=現前性をスクリーンに映し出すことができると思った。これまでの3Dは娯楽的な目的にしか使われてこなかったけれど、本来これほどドキュメンタリーに向いている方法はない、と断言できるよ。『アバター』は、あれはあれで成功した作品だったけれど、ほかの映画では、まだまだ3Dの有効性をあらわし切れていないと思う。今や技術的にもどんどん進化していて、最初50人必要だったスタッフが、終わりころにはたったの5人で済むようになったんだよ。
INTERVIEW|20年来の約束を果たすべく誕生した初の3D採用作品
『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
ヴィム・ヴェンダース監督 来日記念インタビュー(2)
ピナの死という絶望から這い上がるための原動力
──ピナは撮影の直前に亡くなってしまったわけですが……。
ダンサーたちはピナを失って、悲しみのどん底にいた。もちろん僕自身もだ。彼女がいないことに、皆が打ちひしがれていたよ。でも、「映画を完成させることがピナの望みであるはずだ」とダンサーたちが立ち上がった。すると不思議な力が湧きあがってきて、まるでピナの情熱に掻き立てられるかのように、すべてがまわりはじめたんだ。
──撮影は、ホールやスタジオ以外の屋外でもおこなわれていますね。自然のなかで踊るダンサーたちの姿は、とてもフォトジェニックです。
ダンサーが本物の自然のなかで演じるということは、ピナの考えにあったことだと思う。彼女はステージに土や樹木や水を持ち込んでいたからね。映画では逆のことをしてみたんだ。自然だけでなく、ビルや工場など都会的なランドスケープを背景に踊るシーンも重要だ。ピナは都会の人びとを何時間も観察して、人間の本来のあり方や、魂や心の美しさを感じようとしていたからね。彼女が舞台に持ち込んだものを、僕はまた街にもどしたというわけだ。
──監督とピナはともにドイツ人で、おなじ文化的背景があると思います。ピナの実験精神や表現主義的なところは、とてもドイツ的ともいえますが、彼女の「ドイツ気質」について意見をお聞きしたいのです。
ピナはまさにドイツ人だった! 僕らはほとんどおなじ田舎の出身で、とても荒廃したドイツの町で子ども時代を過ごしたんだ。ピナとはおなじ訛りで話していたよ(笑)。ピナの気質は、19世紀のドイツ人のようでもあった。当時の勇敢なドイツ人はほかの国を探検して、いろいろなことをやってのけたけれど、ピナは山や海や川に入っていくのではなくて、人間の心や魂を探検したんだ。彼女は、広大な自然を愛する『ロマン派』的なドイツ人だったともいえるね。
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『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
ヴィム・ヴェンダース監督 来日記念インタビュー(3)
なにごとにたいしても越境を試み、「最大限」を望んだピナの力
──ピナは舞踊をつうじてあらゆるものを越境し、あらゆる既成概念を破壊しました。その強さは、彼女が女性であったことと不可分にも思えるのですが、ピナが男性であっても、ピナとして存在しえたでしょうか?
まず、ピナは本当に強い女性であったということを伝えたいね。フェミニストでもあったし、彼女のステージでは男性も女性も皆、平等な存在だった。現実の世界では、必ずしも平等ではないけれど、勇気をもって前進したひとだし、女性とか男性とか、そういうことも越えていたように思うよ。彼女はつねに、「最大限」の人生を望んでいた。怖いものなんてあったのかなぁ? と思ってしまうほどに。たとえば、セットのデザイナーが、舞台に森や沼や火を用意しろと言われて「できない!」と悲鳴をあげると、ピナは「できるわ!」と、ますます燃えてしまうんだ。そして、結局自分の望むものを作らせてしまう。彼女には不可能なんてなかったんだ。
──ヴェンダース監督の作品のなかでも、これは監督自身がとても透明な存在になっている映画だと思いました。実際に、3D撮影など多くの決定をしなければならなかったわけですが、監督のエゴはほとんど感じられない作品です。
なによりもこれは、ピナのすばらしさを伝えるための映画だ。生前のピナと約束したことがあってね。彼女自身がダンスについて語るシーンは入れないこと。インタビューはなしという条件だったんだ。
彼女が亡くなって、本当にそれは不可能なことになってしまったし、彼女がカメラの前で踊ることもなくなってしまった。撮影しているあいだも、『それは約束とはちがうわ』とピナに言われるんじゃないか、冷や冷やしながらやっていることがあったよ(笑)。
ピナは僕より五歳年上だったから、どこか姉のようなところもあったし……僕は、ピナの美しい仕事を紹介するためにこの映画を作ったのだから、僕が彼女の影に隠れているとしたら、それはこの映画が成功した証拠だよ。
Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち
2012年2月25日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿バルト9、横浜ブルク13にて公開予定。
監督、脚本、製作|ヴィム・ヴェンダース
キャスト|ピナ・バウシュ、ヴッパール舞踏団ダンサーほか
提供、配給|GAGA
後援|ドイツ連邦共和国大使館
© 2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION