新連載|丸若裕俊の“旅のモノ語り”~同行逸品~|ゲスト 谷川じゅんじ|ThreeBond
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2015年5月11日

新連載|丸若裕俊の“旅のモノ語り”~同行逸品~|ゲスト 谷川じゅんじ|ThreeBond

新連載「同行逸品」|丸若裕俊がゲストと繰り広げる“旅のモノ語り”

同行二人目|谷川じゅんじ(JTQ株式会社・代表)

多数の旅道具を通じて(1)

伝統的な匠の技と、最新の技術力を融合・投影したプロダクトをプロデュースする、丸若屋代表の丸若裕俊氏。彼をホストに、毎回異なるゲストが“旅に同行(どうぎょう)するモノ”を持参して、旅について語らう新連載がスタートする。本連載をサポートするのは、“旅には、人と人をくっつける力がある。それは旅仲間同士の絆であったり、旅行者と地元住民の絆であったりする”──そのように考える工業用シール剤・接着剤メーカー「株式会社スリーボンド」だ。ゲスト二人目は、「空間をメディアにしたメッセージの伝達」をテーマに、イベント、エキシビション、商業スペースなどにおいて、目的に合わせた空間を構築する“スペースコンポーザー”、谷川じゅんじ氏だ。

※「同行逸品(どうぎょういっぴん)」とは、四国遍路の言葉「同行二人(どうぎょうににん)」からヒントを得たタイトルです。常に弘法大師と一緒に巡礼しているという意味で、笠などに書きつける語のことです。選び抜いた逸品とともにその人の旅がある──そんなイメージを表現しています。

Photographs by JAMANDFIXText by KASE Tomoshige (OPENERS)

恋愛関係になれるかどうか

谷川じゅんじ(以下、谷川) 旅に持って行く3点を選ぶのが── 逆に難しかったので。とりあえず、全然方向性のちがうものを、いろいろ持ってきました。

丸若裕俊(以下、丸若) この企画は2回目なのですが、1回目とまったく異なる様相を呈してきましたね(笑)。では、ひとつひとつ聞いていきましょう。これはルームフレグランス(※1)ですか?

谷川 それほどきつくない香りなんです。自宅も同じ香り。つまりこの香りを連れて行くと、どこ行っても自分の家に帰ってきた、みたいな感じがするわけですよ。何日も同じホテルに泊まり続けることも多いので。

丸若 まるでマーキングですね……そのための道具みたいな?

丸若裕俊|同行逸品 03

スペースコンポーザーの谷川じゅんじ氏

丸若裕俊|同行逸品 04

仏ディプティック社のルームフレグランス

谷川 そうだね、マーキングだね(笑)。それからこれは、京都の宮脇さんの扇子(※2)です。布を張っている部分のバランスと、カタチが好きで。要するに、扇面が小さいやつが欲しかったんですね。

丸若 単純に、一年中暑い国にも仕事で行かれますもんね。ちなみに、海外に仕事で行くとすると、トランクはいくつ持っていきますか?

谷川 トランクはひとつなんですけどね。ただ、かなり大きいサイズです。荷物を目一杯入れると、帰りは必ず重量オーバー(笑)。これ以上ない、っていうサイズのトランクをいくつか持っていますね。それから電子機器が多いから、周辺機器、充電機器が増えていくので、タップ(※3)は必携です。タップの数が凄い。タップにタップを挿して、増やしていくみたいな(笑)。

丸若 これだけいろいろ持っていくと── 忘れ物が多くなりませんか?

谷川 それはない。なぜなら、パッケージ化されているから。バゲッジにバン、バン、バンって入れたら、それで終わりなんですよ。

丸若裕俊|同行逸品 05

無印良品のノート(左)と、リコーのカメラ「GR」

丸若 旅や出張に限らず、例えば都内の移動でも、充電機器は携行されていますか?

谷川 ほぼ100パーセント、彼ら(充電機器)はいますね。助さん、格さんみたいなものです。いっぽうでまったくアナログなんですが、毎日必ず一緒に移動しているのが、このノート。中身は無印良品の、A6サイズのノート(※4)で。カバーだけ、レザーの、いただきものです。

丸若 カバーと中身のサイズは合うんですか?

谷川 厳密にはわずかにサイズが違いますが、支障ありません。ペンは、クラフトデザインテクノロジーのペン(※5)じゃないとダメですね。このペンはいつも20~30本まとめて買う。机の引き出しを開けるとこれが「ザーッ」っと入ってて。書きやすいんです。ペン先が走りすぎたり、考えてペンが止まってるときにインクが滲んでいくとか、そういうのはいりません。これは本当にいい感じなんです。

結局、塩梅がすごく大事。旅とかデザインとかモノとか、そういう視点からだけじゃなく、人と関係する対象物は「加減」が大事だと思います。その加減は、人の数だけ、いろいろなバリエーションがあるんですが。

果たすべき役割をまっとうしてくれて、そのうえで使いやすくて、安心感を与えてくれるモノ。結局、触っていて落ち着いたりするモノ、長く使って馴染んでいくモノばかりですね。

このマランツのイヤフォン(※6)もかなり長いこと使っていて。イヤフォン自体の性能よりも、自分に合うバランスとか、飛行機の座席のジャックに合うからとか、そういう理由です。そしてケースの両サイドに振り分けて入れると、ケーブルが絶対絡まないっていう。

丸若 どこで購入したんですか?

谷川 アップルストア、だったかな。電車内ではあまり音楽を聴き続けたりしないほうですが、飛行機に乗ると結構、映画を観続けたりしますね。

丸若 手に吸い付くような感じがいいですね。

谷川 指先に馴染むっていうか、身体性のある、感覚の延長線上にあるようなものが好き。たとえばカメラもずーっとGR(※7)を使っています。バッテリーが切れていても、電池入れたら撮れる……なんてすごいやつなんだろう、って。もちろんクオリティも、僕が望んでいるレベルの写真は十分、撮れます。道具として完璧。

丸若 僕もGRを持っているんです。サイズ感とか、日本人の手にちょうどいいサイズですよね。

谷川 僕の周囲のプロカメラマンも、バックアップ用に持っていたりとか。驚くほどの所持率。

丸若 あれ、これもイヤフォンですか?

谷川 このマランツがだいぶ、くたびれてきたので。後継機種ということで、今度の旅からデビューします。これはボーズが最近、満を持して生み出したノイズキャンセリングのイヤフォン(※8)。これを耳につけてスイッチ入れると……静かになるんです。

(丸若氏に試してもらう)

丸若 (イヤフォンを耳に装着して)おお……。

丸若裕俊|同行逸品 06

谷川氏所有のボーズのノイズキャンセリングイヤフォンを試す丸若氏

谷川 これ、何人に試したことか(笑)。僕の周囲で、確実に3人は買っています。

丸若 水中に入っている感じです。いいですね。とても。

谷川 ちょっとね、期待の新人なんですよ。これはネットで買ったんだけど、届いて開けた瞬間に「合格」っていう。そして機能はまったく心配してないんですけれども、恋愛関係になれるかどうか。まずは知り合ったんだけど、まだ相思相愛になっていない。この子(マランツ)はかなり長いこと同棲しているので、全部わかってる。ボーズは見た目もいいし素敵なんだけど、まだわからないですね。

丸若 ファーストクラスの席に合いそうですよね。

谷川 いや、本当に、ファーストクラスのノベルティとして付ければいいのに、と思います。150万円くらい払っているんだから、3万円、4万円のモノをつけてもいいんじゃないか、とね。

丸若 確かに。この名刺入れ(※9)はどのくらい使っていますか?

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ゴヤールの名刺入れ

谷川 たぶん10年近く。パリ行ったときに作りました。カメラマンの方にパリを案内をしてもらったお礼に、作ったんです。男性のカメラマンの方とノンケ二人(笑)で、仲良くゴヤールの本店で「名前入れたいんです」なんて言ったら、向こうの男性はソッチの人で、それはもう、とても美しい笑顔で、ニコッと。名前なんですが、もうちょっと小さく入るのかなって思ったら、ものすごく大きく入って(笑)。でもそのおかげで、絶対なくならない。結構忘れることも多いのですが、必ず返ってくるんです。

丸若 そして本(※10)ですね。

谷川 これはメンタルの薬みたいなもので。同じ本で、生涯5冊目くらい。

丸若 この本にハマった理由を教えてください。

谷川 やっぱり谷崎さんって、日本人特有のある種の感性の領域を、完璧に、かつ世俗的に説いている。そのセレンディピティ(発見する能力)が非常に好き。初めて読んだのは中学生くらいだけど、当時はいまいちよくわからなくて。単純に谷崎潤一郎の耽美派(たんびは)の世界がちょっと中学生には刺激的で。

自分の頭の中に日本の風景、自分の中にある谷崎さんの空気感みたいなのが浮かぶと、落ち着くわけですよ。寝る前に読むとよく眠れる、みたいな。デジタルなもの、刺激が強いものを観ると寝付きが悪いような気もします。

アナログなものでフェードアウトさせていく。活字がいいなって。本というデバイスが、物質が大事。やっぱ本のインタラクションって、デジタルじゃとてもじゃないけど、かなわない。パラパラめくって、読み飛ばしたところをちょっと戻って、また先に行くみたいな。あるいは指を何本も挟んだり。どんなに映像のサーチ&ストップがクイックになっても、本のようにはいかないと思います。

今我が世の春のように存在しているデジタルデバイスも、たかだか数十年ですよ。スマフォなんてまだ数年で、子供に例えるなら幼稚園。本は凄い。本の質量なんて、ある種人格に近い佇まいを持っているんですよ。例えば仮に、ある弁護士の事務所に行くとします。その弁護士が読んだ膨大な量の本がiPadに入ってますと。で、判例、事例をテキストを見せられても「そうなんですね」って話にしかならないんですよ。でも読んだ本が全部が後ろの本棚にズラーッと並んでいたときに、その本の前に座って「さぁどんなお話でしょう」って言われたら、「全部この人の言うことを聞こう」って気持ちになるんですよ。後ろに並んだ本の質量がそうさせるんです。

丸若 ああ、なるほど。

谷川 今日の取材のオウプナーズさんなんて、バリバリのデジタルだけど……きっとオウプナーズで働いている人たちも、みんな絶対、本好きなんですよ。実際にいろいろ関わっていますが、(僕の)担当者の方、本を読んでいますし。

丸若 それがあるから会話、対話というキャッチボールができる。完全にデジタルというわけじゃないですもんね。この文庫本サイズって日本独特のサイズですよね。海外だともっと分厚いし。

谷川 ポケットに入る感じがいい。上着の内ポケットに入る感じが。最近カバーはかけない派なので、そのまんまで。

文字にしないと膨らまない

丸若 お会いしてもなかなかこういう話をする機会がないですよね。「旅のとき、何を持って行くんですか?」っていきなり聞いたら、「お前、いったいどうしたんだ?」みたいに思われますよね(笑)。でも旅に持っていくものって、気になるんですよ。その人の個性が現れるし、流行に関係ないじゃないですか。ちなみにこの中で、一番のソウルメイトは?

丸若裕俊|同行逸品 08

谷川氏に“同行”する数々のモノ

谷川 一番はノート。思いついたことはとにかく書き留めておかないと、忘れちゃう。文字にしないと、膨らんでいかないんです。僕はドローイングは得意じゃないし、自分たちのスタッフに伝えるために最低限の絵は描くけれど、お客さんに見てもらう絵は描けないし。デザインをするときに、言葉で書いておけば、そのときに沸いたもの、残ったものを全部紐付けられます。(ノートを)見てもらえればわかるけど、キレイには書いていない。ページも飛んでいるし、空いている場所を見つけて書く。でも、どこに書いたかは不思議と覚えているんです。

丸若 今回見せていただいたなかで、「アウトプットするためのモノ」は、これだけですね。

谷川 これが唯一、自分から出て行くもの。ほかは自分の周りに衛星みたいに、グルグル回っている感じ。

丸若 そういうふうに選んだモノが、その人を表現すると思うんです。やっぱり谷川さんは、アウトプットする人なんですね。アウトプットするいい状態へ、自分を持っていくためのモノ。

谷川 僕は人が好きなので、誰かにアウトプットしたものを伝えたい。結果、そういう仕事(スペースコンポーザー)になったわけで。その空間を司る仕事を、来てくれる人たちと、自分と、誰かが思っていることを、あるカタチで現象化していく。(空間の)エネルギーの中に、違う意思をもったエネルギー、これは人なんだけど、人が関わることによって、化学変化が起こる。それが空間の存在、価値、意味だと思うし、化学変化がないと意味がない。空間は持って帰れない。だからそ体験が生み出す記憶のみが、その人が持って帰ることができる特別な財産。もし買うモノがあるとするなら、体験した感動を忘れないための印(しるし)でしょうか。寺社仏閣のお守りと一緒です。

そういう意味で、形あるモノっていうのは、カタチのないモノを留めておくため、あるいはそれを触発するためのトリガーでしかないっていう。もちろん、僕はモノが好きだし、モノ持ちもいいし……僕の事務所を知っていると思うけど、スッキリとした空間は、周りにはないんですよ。ものすごい量のモノがあるっていうのが、僕の環境なんで。

丸若 でも谷川さん、手がける仕事とかはすごくスッキリしていたり、スタイリッシュなものが多いじゃないですか。その棲み分けは?

谷川 仕事はまったく目的が違う。自分がいる空間って、自分がインスパイアされなきゃいけない。自分に対して刺激を与えてくれるものたちが必要じゃないですか。何千冊も本がありますが、本の中の1カットでも自分をインスパイアしてくれる写真があれば、僕にとってその本は“買い”なんですね。その1ページが必要になるときがいつか来るに違いないって。

僕は商業的なクリエイティブをやっているんで、クライアントがいるわけですよ。伝えたいっていう思いをもっている人が、わざわざお金を払って僕を雇って、僕というフィルターを通じて自分の言いたいことを言うわけです。だからその人が言いたいことを伝えなければ、仕事としては成り立たない。だから空間というデバイスで何を伝えるか、何を体験してもらえて、何を記憶で持って返ってもらうか。その記憶が、結果的にはその人の中に残る財産、印になります。だから、(スタイリッシュに)そぎ落としても、残るわけですよ。

抽出して、そぎ落として、かなりシンプルに構成することで、結果的には目的を明確にする。実際、僕らの作る空間はそのとき、その瞬間しかない、3日でなくなりますとか、1週間でなくなりますとかっていうのもたくさんあるし。そのときに消えないものは何かといえば、情報を重ねた空間の記憶。丸若さんがそういう印象を持ってくれているのは、僕としては、「そういう風(スタイリッシュ)に残るように、デザインをして世に出している」ということになります。でもそうじゃない空間を作るときには、また違うやり方で、組み立てます。

丸若 そういえば谷川さんの自宅に、植物がたくさんあるじゃないですか。僕もいくつか部屋にあるんですけども──旅に行ったとき、特に都市部のホテルに行ったときは植物がまったくなくなる。植物が家になかった頃よりも、不安を感じます。田舎だったらいいんですよ、もっと巨大なもの(自然)がたくさんあるから。

谷川 よくわかります。

丸若 とくに、ご自宅にあれだけの量(の植物)があったら、なくなるとさびしいですよね。

谷川 だから、香り(ルームフレグランス)なんですよ。空気を作る。植物や生き物とかって、ニオイを持っている。やっぱり自宅には大量の植物があるから、土のニオイもするし。でもそういうのが好きなんですよ。

※1 1963年創業のフランスのフレグランスメーカー、「diptyque(ディプティック)」のルームフレグランス。谷川氏が使用しているのはバラとカシスの葉が混ざり合った「BAIES(ベ)」と呼ばれる繊細な香り。
※2 宮脇賣扇庵(みやわきばいせんあん)。1823年創業の京都の老舗扇子店。谷川氏は男性用の、扇面の小さいタイプを使用している。
※3 いわゆる“タコ足”と呼ばれるタップ。汎用品を使用し、メーカーにはこだわらないとか。
※4 無印良品の「再生紙ノート・無地 A6」。小さめの文庫本に近いサイズ。
※5 クラフトデザインテクノロジーの「Plastic Fauntain Pen」。ペン先がプラスティック製の万年筆になっている。
※6 米国のオーディオメーカー、マランツ社の「HP101」。本体はアルミニウムの削り出しで、不要な振動を抑え、自然でクリアなサウンドを生み出す。ケーブルが絡みにくいケースもお気に入りだそう。
※7 リコーの「GR」。2005年の発表以来、コンパクトデジタルカメラの分野でベストセラーを続けている人気機種だ。現行モデルは1620万画素。
※8 スピーカーで有名な米ボーズ社の、インイヤータイプのヘッドフォン「クワイアットコンフォート」。独自のノイズキャンセリング技術をさらに進化させ、圧倒的な消音性能を実現したモデル。
※9 フランスの老舗ラゲッジメーカー、ゴヤールの名刺入れ。谷川氏の下の名前がペイントされている。
※10 明治生まれの文豪、谷崎潤一郎(1886~1965年)の随筆『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』。できる限り部屋を明るくしてきた西洋に対し、日本はむしろ陰影のなかで文化を育んできた、と主張。建築、照明、紙、食器、食べ物、化粧、能や歌舞伎の衣装など、多岐にわたる考察を展開する。

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新連載「同行逸品」|丸若裕俊がゲストと繰り広げる“旅のモノ語り”

同行二人目|谷川じゅんじ(JTQ株式会社・代表)

多数の旅道具を通じて(2)

※「同行逸品(どうぎょういっぴん)」とは、四国遍路の言葉「同行二人(どうぎょうににん)」からヒントを得たタイトルです。常に弘法大師と一緒に巡礼しているという意味で、笠などに書きつける語のことです。選び抜いた逸品とともにその人の旅がある──そんなイメージを表現しています。

Photographs by JAMANDFIXText by KASE Tomoshige (OPENERS)

“一宮”を事前に調べて、行ってみる

谷川 まあとにかく、モノが大好きだから。たとえばソニーのカメラ「α7」、あれは気になる。

丸若 あれ、いいですよね。

谷川 よさそうな気はするんだけど、撮っている自分の姿が想像できないかも。やっぱりスマフォの進化はすごくって、カメラの性能も飛躍的に上がっているし。僕らが仕事をし始めたときはケータイがなかった。だから、その頃の自分は必ずアドレス帳を持っていました。で、大事な取引先とか業者の番号とか、全部覚えていて。FAX番号まで覚えていた。

出先のピンク電話で、10円玉を山のように用意して、バンバン電話していました。事務所に電話をして届いているFAXの届いた時間を、デスクの女の子に読み上げてもらって「何時?」「誰から?」「こんな絵が描いてあってこんなことが書いてないか?」ってこっちから言うと「書いてあります」と。そして「今から言うFAX番号に転送してくれ」って。そうして転送したFAXをもとに業者さんと電話で話をする、ってことをよくやっていました。

これが仕事を始めたときのスタイル。効率的に仕事を回すためには、出先で仕事をしないと何も進まない。それが結局、携帯電話が生まれて、出先で電話とれるようになってからが劇的な変化で、そこにメールがついてきて。そこまでの第一世代で「凄い」って思ったんだけど、次にインターネットに電話が接続できるようになったあたりから、本当に凄いことが起こり始めて。

そしてスマートフォンになったときに、もう完全に違う次元に行っちゃった、みたいな感じです。電話の進化形といえるアンドロイドの世界と、コンピュータというウェブへの道具という発想から生まれたiPhoneの世界とでは、全然環境が違うわけですよ。身体性に近い動作、操作で使用できる。そしてあれ以上小さくなる必要はない。ひとつの、究極の凄い道具にはなった、と思っています。本当の意味で絶対に肌身離さず持っているのは何ですかって言われたら、正直この数年間で、iPhoneはこのノートを超えちゃったな、って。

丸若 劇的ですよね。それは間違いないです。

丸若裕俊|同行逸品 10

丸若裕俊|同行逸品 11

谷川 そうなると一番大事になるのは、充電用の機器。肌身離さず持ち歩かなければならない。

丸若 そこはある意味、唯一の弱点かもしれません。

谷川 例えばカメラで人の笑顔をみたら充電できるとか。“笑顔充電”みたいな。話している内容がポジティブだと充電されるとか、ネガティブだと減っていくとか。あとは、さすると充電するとか。摩擦熱で(笑)。

丸若 裏面がソーラーパネルになっているとか。

谷川 というのは今、「エネルギーを作る」ということに対して、負の状況がすごく多いわけです。その中で、限りなく普遍的なものは何だろうと思うと、実は人の感情とか。幸せになりたいと願う気持ちとか。自分の子供が可愛いとか。結構そういう、言葉は普通だけど、愛とか愛情とかそういうプラスの領域の感情っていうのは実は人間にとって、無限なものじゃないかって。

丸若 言葉にすると恥ずかしいと思うんですけど、人間の心からの理想は、実はその辺りにあるんでしょうね。

谷川 特に日本人は全般的にシャイだから。奥ゆかしいしね。やっぱり武士道の影響が大きいから。感情のヒエラルキーのトップにあるのが名誉だから。それを支えるためにすべての仕組みができているのがあの世界。武士が社会を動かしてきた時間が長かったから、その残像は今も残っているし、宗教観も多分に含んでいて、仏教と神道と儒教が精製されて、武士道になっているから。そういう意味ではひとつのスタイル。武士道があったから「コンセプトは和です」って国になったんだろうと思います。

日本のお国柄といえばモノづくりでしょうね。本当に凄いし、どの領域も一番のものを作る。0から1を作るのはここ最近「ちょっと苦手かもしれない」と思っているんだけど、1を10にする領域に関しては他の追随を許さないと思う。1を5とか6にする国はいっぱいあると思うんですよ。でも1を10まで膨らませる国は本当に少ないと思う。しかも全方位に。

たとえば花を生けるっていう行為は世界中にあるんだけど、それをアートの領域、華道へもっていく。お茶を飲むって行為を、茶道へもっていく。2000年続いているこの国の果たすべき役割っていうのは、たくさんあると思うし、もっと知りたいこともたくさんある。世界もいいけど、日本で行ったことのない場所はたくさんありますし。そして行った先には、必ず何かがあるから……ずいぶん話がズレちゃったけど、いいのかな?(笑)

丸若 基本的に、脱線は全然OKです。脱線するためのきっかけづくりに「旅」がありますから。ちなみに、ほとんど仕事だと思うんですが、旅先でどういう場所に行きますか? 前回の佐渡島さんも本が好きで、その本を一番いい感じで読める場所に行くのが、最高の旅だとおっしゃっていました。

谷川 旅先で必ず行くのは、まず、カフェ。カフェには街のムードがよく出てるんです。もちろんお茶を飲むという時間が好きだし。どこの国でも見つけて行きますね。

それから、宗教観のあるところ。日本で言えば、地方の一宮(いちのみや。一般的に各都道府県で最も社格が高い神社を指す)を事前に調べて、行ってみたりする。仕事を始める前にちゃんとお参りするとか、そういうことではなくて──現地の神社に行くと、その土地の持っている気のようなものが、感じられるんですよ。それをわきまえて土地の人と向き合えば、とても会話がスムーズに、仕事もスムーズになる。土地柄を知るのに、昔からあるところに行くのは、いいと思います。

ただ民族によって、都市の作り方は全然違う。ヨーロッパはやっぱり、壁を造って、壁の中に家を造る。中心に城があったり、教会があったりして、広場と広場を結んでいくじゃないですか。通りに名前があって、細胞的に広がって。日本はちょっと違って、住んでいる家が、どんどん繋がっていくんです。

日本におけるボーダーラインはものすごく曖昧、接合面が曖昧だと思うんです。例えば縁側って、建築的にいえば家の中から見れば外だし、外から見れば内ですよね。そこには日常と非日常の使い分けがあるんです。たとえば「お芋煮過ぎちゃった」なんて、隣のおばちゃんが持ってくるときは、縁側から「セツコさんいるー?」みたいな(笑)。でも正月のご挨拶は、玄関から来る。

さらにその外側の境界は、生け垣だったりする。生け垣は、なんとなく中の気配がわかる。人がいるとか、いないとか。家の中も、襖(ふすま)とか障子とか、“紙”だからね。

障子なんかは特にそうで、気配を察し合うというか──外を通る人は「通りますよ」って気配を中に伝えるし、外を通る気配を感じることで、中の人は声を潜める、みたいな。そのことによって話が外に漏れない、とか。お互いの関係が繋がっているんだけど、見ないのが礼儀だったりする。

丸若 襖(ふすま)って、間を臥す、からきているそうです。襖は紙を重ねているから光を遮断する。障子は見える。実はそこに意味があって。気配を感じる関係性にあるところは、障子でいい。相手に見られたくないところは、襖にすると。

空間性や関係性を瞬間的に作り出す日本人

谷川 そういった昔ながらの暮らし方はここ最近── iPhoneが出てきた時くらいから── 加速度的に変わってきたんです。ひとつ言うなら、流通の形式が変わったんですね。いまやメーカーさんだって、ECやれば直販できるからね。マーケット構造自体が変わるよね。

丸若 店舗にわざわざ行く意味がどこまであるか、という話になりますね。

谷川 例えばですが、百貨店なんかは定価で売ることに意味がある。定価で売っているから、付加価値とかカルチャーが成り立っている。あのラッピングをして持って行くから、同じものでもありがたい、っていう。ただ、今、だんだん暮らし方が変わってきて、「別にそれじゃなくてもいいのでは」っていう感覚も、確かにある。

丸若 いやあ、もう加速度的に変わっていますよ。逆に(ラッピングなどは)「仰々しくない?」みたいな。

谷川 うん。だから今度はその先の、本当の意味での社交という領域になってくる。わざわざ仰々しくすることで、「本当に気を遣ってもらって、ありがとうございます」っていう。

お菓子の世界だよね。なくても死なない。でも、あることによって気持ちいい。菓子ってコミュニケーションツールで、社交のものだから。結局、茶菓子があるってことは、茶席があるってこと。そうすると器もあるし、器があればそれをしまう棚や箪笥もある。棚や箪笥があれば、家もつくらなければ── 銘菓がたくさんある地方には、芳醇な文化がある。金沢とか仙台とか、殿様のいたお城があった場所には。

丸若 プライドでしょうね、殿様にとっても。隣の殿様よりはいいもの、みたいな。酒もそうじゃないですか。国力を表すものというか。

丸若裕俊|同行逸品 12

今回谷川氏に披露して頂いた、旅に“同行する”モノをまとめて撮影。数は多いが、コンパクトなサイズのモノばかりだ

谷川 このまえ宇和島に行ったんです。宇和島って伊達家なんですね、宇和島伊達家。いまも13代目がいらして、それって仙台の伊達政宗の正当な後継者なんですよ。その伊達さんは当然、宇和島城の城主で、今も現役でオーナーなんです。

そのお城に行って、実際に入ってみたら狭いわけですよ。「どうやって生活していたんですか?」って聞いたら「いや、ここでは生活してないですよ」って。「ふもとに郵便局があったでしょ? そこに屋敷があって暮らしていた」って。

「何でこんなところにお城があったんですか?」って聞いたら、最後、自分が命を絶たなければいけないっていう殿様の役割を果たすときに、一番高いところに上がるんです。そして火を放ち、まさに皆が見ているときに、城もろとも崩れると。最後の死に場所としての城、そこに存在意義がある。つまり、腹を切るだけだから別に狭くていいんだ、と。

丸若 最後に自分と向き合う場所でもあるんですね。

谷川 だから江戸時代の最後は、平城だった。(平和になって)天守閣は必要なくなっちゃった。で、話を旅に少し戻すと(笑)、高松から宇和島に移動したんですけども、高松から宇和島まで5時間かかるんですよ。単線の列車でのんびり行くんです。

2両編成の前の車両の、前半分が指定席で、あとは全部自由席。指定席をとったんですが、誰も乗っていなかったから、指定席いらなかったな、って(笑)。

その1両目の車両に乗っているのが、我々含めて3人だけだったの。で、僕の前の席で指定をとっていた人も、実は知り合いだった(笑)。そして3人が会った瞬間にとった行為は、“椅子を反転させる”っていう。旅気分で。

丸若 (座席の)反転は旅ですよね。遠くまで行くときは許されるけど、近場での反転はちょっときついですよね。

谷川 しかも、その中でゆずりあいが生じて。買っている席は決まっているのに、反転した瞬間に「僕そっち行くよ、進行方向に背を向けるよ。大丈夫、大丈夫」みたいな(笑)。上座、下座みたいなのが瞬間的にできるんです。日本人って、空間性と関係性とかを瞬間で作って、見つけて──どこが一番良い席かっていうのを、ササッとみんなが立ち回っていく。

丸若 空気が読める人種ですよね(笑)。

谷川 一時期みんな「KY」ってギャグにしていたけど、「空気を読める」のが前提だからギャグになるんですよ。

丸若 僕、今でもそうなんですけど── 東京駅、旅や出張で行くときに通る東京駅と、通常の仕事で通る東京駅って、見えるビジュアルが全然違うんです。

谷川 わかるわかる。それはとってもよくわかる。

丸若 なんでだろうって。そして旅から帰ってきた瞬間に、(旅の感じは)解けるんです。これもある種、「旅だぞ」という空気を自分で読んでいるんだと思うんです。

谷川 例えば京都に行こうって思ったときに、(旅だと)窓からの景色を見ていたりするじゃないですか。それが仕事で移動しているときは、全然景色を見ずに、ずっとメールを打っていたりとか。旅するときは、本を読んでいたり、読んだまま寝て、起きてコーヒーを飲んで、また景色見て、みたいな。だらだらとその時間を楽しもう、っていう。自然にそうなる。

丸若 僕、旅に行くときはウエストポーチをつけるっていう習慣があって。歩きやすい靴で。でも、東京駅に帰ってきて、空気が変わった瞬間に「ダサッ」みたいな(笑)。でもウエストポーチは新幹線のチケットとか絶対になくさないです。すべてが入って、最高なんです。

谷川 義理の父が、昔JTBでずっと働いていた人で、どこに行くにも必ずウエストポーチ。アテンドしてくれるときは、ウエストポーチから何でも出てくる。「ちょっと待ってね」って、時刻表の小さいやつが出てくる。「乗り継ぎがなー」とか言って(一同笑)。

丸若 ウエストポーチを身に着けている人はだいたい本気ですからね(笑)。

谷川 昔、タイに出張に行ったとき、僕はトランクだったけど、一緒に行ったデザイナーさんはショルダーバッグひとつで来たからね。1週間の出張でショルダーバッグひとつ。「履き物は?」って聞いたら、今履いているビーチサンダルでいい、って。パンツは2枚を交互に洗って使うと。Tシャツは3枚、あとは歯ブラシと図面関係。そういうの見ると、自分、生き物として弱いなって(笑)。

丸若 ええ、谷川さんはかなりデリケートだと思いますよ(笑)。でもそれはそれで面白いと思います。本当に。だって、まさかこんなにいたくさん(旅モノを)持ってくるとは思わなかったし(笑)。谷川さんの仕事を考えると、いろんな意味で洗練されているのかな、って思っていたんですよ。例えばあらゆるモノを、全部同じ色で揃えていたりとか。

谷川 いやいや、そういうのは、全然ない(笑)。いろんなモノがあるんですよ。ただ確かに、僕のアウトプット(仕事)だけを知っている人が見ると、不思議かもしれない。「こんなの持っていないですか」っていうと、実はだいたい出てくるタイプだからね(笑)。

丸若裕俊|同行逸品 14

丸若 いやもう、2回目が谷川さんで本当によかった(笑)。いや、前回は前回で面白かったんですよ。旅先に30冊くらい文庫本を持っていって、それでぎっくり腰になったりとか、楽しいエピソードもあって。でもこうして改めて谷川さん持ってきていただいたモノを並べてみると、不思議と統一感があるんですよね。テイストも、サイズも。

谷川 そうかもしれない。時計は好きでいろいろ持っているんですけども、旅に行くときは絶対これ(※1)。初めてのイタリアで、フィレンツェに行ったときに、パネライの本店がドゥオーモの脇にあって。その本店に衝動的に入って、衝動的に買った時計。

以来、旅に行くときはこれなんです。普通のサイズよりちょっと小さい。先日パネライの人と仕事でたまたま会ったときに、これを見て、「このモデルを持っている人は、本当に珍しい」って。今、作っていないらしいです。

丸若 ……本当に楽しいお話を伺っているのですが、きりがないので、この辺で(笑)。今回は本当にありがとうございました(笑)。

谷川 いやいやこちらこそ(笑)。

※1 1860年創業のイタリアの時計メーカー、オフィチーネ パネライ。同社を代表するモデル、「ルミノール」のオートマチック。白文字盤でスティールブレスレットの珍しい仕様だ。

谷川じゅんじ|TANIGAWA Junji
スペースコンポーザー。JTQ株式会社 代表。1965年生まれ。2002年、空間クリエイティブカンパニー・JTQを設立。「空間をメディアにしたメッセージの伝達」をテーマにイベント、エキシビジョン、インスタレーション、商空間開発など目的にあわせたコミュニケーションコンテクストを構築、デザインと機能の二面からクリエイティブ・ディレクションを行う。主な仕事に、KRUG bottle cooler(2011)、平城遷都1300年祭記念薬師寺ひかり絵巻(2010)、パリルーブル宮装飾美術館 Kansei展(09)、グッドデザインエキスポ(07-11)、JAPAN BRAND EXHIBITION(07)、文化庁メディア芸術祭(05-08)などがある。DDA 大賞受賞、優秀賞受賞、奨励賞受賞、他入賞多数。www.jtq.jp

丸若裕俊|MARUWAKA Hirotoshi
1979年生まれ。東京都出身。日本の現代文化をしつらえる 「株式会社丸若屋」代表。普遍的な"美しさ"と今という"瞬間"を、モノとコトに落とし込む事で現代に則した価値を導き出す。伝統工芸から、「北嶋絞製作所」を始めとする最先端工業との取り組みまで、日本最高峰との"モノづくり"を行う。「九谷焼花詰 髑髏お菓子壷」(金沢21世紀美術館所蔵)、「上出長右衛門窯×JAIMEHAYON」(ミラノサローネ出品)、「PUMA AROUND THE BENTO BOX」を主導。http://maru-waka.com/

[連載「同行逸品」サポーター]
土田耕作|TSUCHIDA Kosaku
1977年生まれ。東京都出身。工業用シール剤・接着剤メーカー「株式会社スリーボンド」常務取締役(取材当時)。人と人の絆が生まれるメカニズムを調査・研究する“くっつく絆メカニズム”を企画。さまざまな分野で活躍する方々とのインタビューを通じて、モノとモノをくっつけるだけでなく、ヒトとヒトをくっつける研究に励む。丸若氏とのつながりも、“くっつく絆メカニズム”より生まれる。「ThreeBond presents くっつく絆メカニズム Webサイト」

http://929kizuna.com/

スリーボンド

スリーボンド
http://www.threebond.co.jp/

1955年創業の工業用シール剤・接着剤メーカー。日本/アジア/中国/欧州/北中米/南米と、世界を6極に分けた地域統括制をとり、自動車産業を中心に電気・電子産業、インフラ産業などさまざまな分野でグローバルに展開している。

丸若屋
http://maru-waka.com/
http://h-maruwaka.blog.openers.jp/

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