アウディ R8 e-tron に試乗|Audi
Audi R8 e-tron|アウディ R8 eトロン
アウディ R8 e-tronに試乗
アウディ フューチャーラボ トロン エクスペリエンスのもうひとつの目玉は、アウディが誇る電動スーパーカー「Audi R8 e-tron」のテストドライブだ。姿形こそ「R8」だが、その中身はほとんど別物のこのクルマ。市販化が見送られてしまった現在、乗る機会は、そう滅多にやってくることはない。その実力やいかに?
Text & Some photographs by OTANI Tatsuya
R8 e-tron初体験
アウディ R8 e-tronで限界のコーナリングを試す。
そんな夢のような体験をベルリンで済ませてきた。先ごろ開催された「アウディ フューチャー ラボ トロン エクスペリエンス」での1コマである。
「R8 e-tronをおもいっきり走らせた日本人ジャーナリストは皆さんが初めてでしょう」
同行したアウディ・ジャパン関係者はそう語る。
それはそうだろう。
プロトタイプカーといえば、1台1億円を簡単に越すのが世の常識。ましてや、今回我々が試乗したR8 e-tronは、特製の軽合金フレームとカーボンファイバー ボディを合体させたスペシャルモデルだ。
そこに、計380psを発生する2基の電気モーターと、48.6kwhもの大容量リチウムイオンバッテリーを搭載しているのだから、いったい1台いくらするのか、まったくもって見当もつかない。
それを、サーキットに見立てた特設コースでおもいのままに走らせていいというのである。気前のいい話であることは間違いない。
問題は、乗り手のこちらが、R8 e-tronのパフォーマンスを十分に引き出せるかどうかに掛かっているといっても過言ではなかろう。
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アウディ R8 e-tronに試乗 (2)
なぜ、普通のR8とちがうのか?
ところで、ひとくちにR8 e-tronというが、これまでに3世代が試作されてきたことをご存じだろうか? 意外にも、量産車とおなじASF(アウディ スペース フレーム)を用い、クワトロの駆動形式を用いたのは初代のみ。その後、すぐに専用シャシーと後輪駆動に切り替えられ、我々が試乗した3世代目はその2代目の進化バージョンだという。
なぜ、量産車用のASFボディは採用されなかったのか? そして、アウディのお家芸であるクワトロを捨てて後輪駆動とした理由は何だったのか?
専用ボディとしたのは、電気自動車(EV)ゆえに軽量化への要求が高かったことが理由だろう。
EVは、巨大なバッテリーを搭載するために、それでなくても重くなりがち。しかも、車重が増えればさらにボディを補強する必要が出てくる。
このため、車重が増すと、同等のパフォーマンスを確保するためにより大きなバッテリーが必要となって、さらなる車重増という負のスパイラルを巻き起こす。
この影響が一般のエンジン車よりはるかに大きいため、EVではボディの軽量化を避けて通れないとされる。BMWのEV向けサブブランド“i”でオールカーボンのボディを採用しているのは、これが最大の理由である。
ただし、アウディはBMWとちがって軽合金製フレームとカーボンボディを組み合わせたマルチマテリアルスペースフレームというボディ構造を採用した。すべてをカーボンでつくろうとすれば、それだけ成形用の“型”をたくさんつくらなければならず、コスト増に結びつく。
そもそも、ボディ全体をカーボンでつくるより、金属とカーボンを適材適所で使い分けたほうが、より軽い車重で同等のボディ剛性を確保できる。プレゼンテーションをおこなったアウディのマティアス・コルマンは、マルチマテリアルスペースフレームのメリットをそう説明してくれた。
クワトロではない理由
では、クワトロではなく後輪駆動を採用した理由はなにか? コルマンは「EVでは駆動力の制御をより素早く、より正確におこなえるため、後輪駆動でもクワトロと同等のスタビリティを確保できると考えた。走行抵抗などが増えることも、EVにとってはデメリットだった」と説明する。
R8 e-tronでは、左右の後輪を独立して駆動する2基の電気モーターをリアアクスルと同軸上に配置している。
しかも、巨大なリチウムイオンバッテリーを車体のセンタートンネル部分に搭載しているため、前輪も駆動しようとすれば、フロントアクスル上にも電気モーターを配置するか、バッテリー部分を貫通するプロペラシャフトを設けなければならない。
前者は重量の問題から、後者は構造上の問題から採用するのが難しい。
R8 e-tronを後輪駆動としたのは、こんなことも理由だったと推測される。
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アウディ R8 e-tronに試乗 (3)
おもいきり走る
試乗会場は、ベルリンの古い飛行場に設けられた。そこにパイロンと仮設の縁石で特設コースをつくり、R8 e-tronのパフォーマンスを存分に味わってもらおうという粋な計らいである。
コースレイアウト自体は低速コーナー中心だったが、数は少ないものの中速コーナーもあればS字の切り返しもある。ハンドリングを試すには、まず十分といえる内容だった。
最初は先導車つきの完熟走行だったが、それを2-3周すると、先導車なしで自由に走っていいセッションになった。
前車との間隔を開けるためにスタート・フィニッシュ ラインで一旦停止を命じられるものの、これはかなり思い切った試乗プログラムといえる。
滑走路ゆえに障害物がなく、多少コースアウトしてもクラッシュすることはないとの判断が働いたのだろう。もちろん、こちらとしては望むところである。与えられたチャンスを目一杯、活用させていただくことにする。
最初の直線路はフルスロットルで加速。380psの電気モーターは、ノイズもバイブレーションも一切感じさせないまま、1,780kgのボディをスルスルスルと加速させていく。
おそらく、ドライバビリティと十分なトラクションを確保するために、最初は駆動トルクをある程度、絞っているのだろうが、発進して1秒もすると加速の勢いが二次曲線的に立ち上がってきて、2、3秒後には恐怖心を覚えるほどになる。
ちなみに0-100km/h加速は4.2秒というから、V10エンジン搭載のR8 クワトロにやや遅れをとっていることになるが、ドラマ性というか、刺激の強さでいえばR8 e-tronのほうが明らかに上。それは、電気モーターという動力源の特性を我々がまだ把握しきっていないことに起因しているのかもしれない。
つづいてハンドリングセクションに入る。R8 e-tronには、駆動力制御にエフィシエンシィ、オート、ダイナミックという3つのモードが用意されていたが、ここではもっともスポーティなダイナミックに的を絞ってご説明しよう。
ステアリングを切ったまま無意味にスロットルを踏み込めば多少のアンダーステアは出るが、丁寧な荷重移動を意識すればノーズはスムーズにインを向く。コーナリングスピードが低ければ、この状態からどれほどスロットルを踏んでもオーバーステアには持ち込めないが、ペースを上げていくと適度なスピードでリアがアウトに流れはじめるのがわかる。
すごいのは、ここからだ。
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アウディ R8 e-tronに試乗 (4)
ガソリンでこれはできない
スピンアウトを防ぐため、当然のようにスタビリティコントロールが介入してくるが、その働きがエンジン車では考えられないほどスムーズなのだ。
まず、リアのスリップアングルがある程度まで大きくなると、それ以上はスロットルを踏んでもパワーが立ち上がらないようにされる。そして、オーバーステアの姿勢を保ったまま、徐々にモーター出力を絞っていくのだ。
通常のエンジン車でスタビリティコントロールを効かせると、まるでクルマがドライバーを懲らしめるかのように急激にエンジン出力を絞り、スポーティドライビングへの情熱が一気に冷めてしまうことがあるが、R8 e-tronはまったくちがう。
ドライビングの楽しさを残したまま、やんわりと軌道修正してくれるのだ。これを実現できたのは、素早く出力を制御できる電気モーターの特性によるところが大きいのだろう。その意味でいえば、R8 e-tronは未来のスーパースポーツカーの方向性をしめしているとさえいえる。
いつでも量産できる
ところで、アウディは以前よりこのR8 e-tronを市販する計画だと公言してきた。今回、我々が試乗したR8 e-tronも、市販化に向けた開発は完全に終了しており、いつでも量産できる状態にあるという。
しかし、アウディはある理由により、当面R8 e-tronを量産しないことを決めた。
というのも、ドイツ政府主導でおこなわれているEVの実証実験を通じ、電気自動車といえどもエンジン車並みの航続距離がなければユーザーには受け入れてもらえないとの結論が得られたからだという。
ちなみに、R8 e-tronの航続距離はヨーロッパのドライビングモードで215km。これではまだ不十分というのがアウディの判断だったのである。
それにしても、あのR8 e-tronの未来的ドライビングフィールを諦めるのは惜しい。
アウディの研究開発担当取締役のウルフガング・デュラハイマーは「バッテリーのエネルギー密度がいまの2倍になり、価格がいまの半分になれば、我々はEVを市販化する」と語っていた。
そのときがやってくるのが、いまから待ち遠しい。