クライスラー300 SRT8に試乗|SRT
Chrysler 300 SRT8|クライスラー 300 SRT8
アメリカン ハイパフォーマンス セダン
クライスラー 300 SRT8に試乗
昨年末、クライスラーブランドの日本での復活を告げた「クライスラー 300」。つづいて、今年のはじめには、ハイパフォーマンスカーブランド、SRTが日本上陸。同時に、クライスラー300をベースとした「クライスラー 300 SRT8」が発売された。そこに投入されるSRTのテクノロジーとは? その出来映えとは? 大谷達也氏が解説。
Text by OTANI Tatsuya
Photographs by ARAKAWA Masayuki
SRTはなにがちがう
フツーの「300」とどこがちがうのかと問われても、すぐには答えられない。
でも、見た目の印象は明らかにちがう。
こちらのほうが数段力強く、そしてワイルド。
新型300でギリギリ隠していたワルっぽさが、ついにむき出しになってしまった感じだ。
SRTはStreet and Racing Technologyの略。クライスラー内でハイパフォーマンスカーづくりを得意とするヴァイパーとプリマス・プロウラーというふたつのチームを統合して誕生した特別なブランドだという。いってみれば、メルセデス・ベンツのAMG、BMWのMみたいなものだ。
でも、SRTはヨーロッパのハイパフォーマンスカーとふたつの点で大きくことなっている。ひとつは、使われているテクノロジーやクルマ全体から醸し出される雰囲気がいかにもアメリカ車らしいこと。もうひとつは、あっと驚くくらい価格が安いことにある。
HEMIエンジンとは
SRTのテクノロジーを象徴するのは、そのエンジンだ。
クライスラーの高性能エンジンがHEMI(ヘミ)の愛称で呼ばれており、この名が半球形(hemispherical)の燃焼室を持つことに由来していることは多くのファンが知るところ。
でも、いまさら半球形燃焼室なんて、めずらしくともなんともない。にもかかわらず、なぜクライスラーが誇らしげにヘミの名を用いているかといえば、そのバルブ駆動方式がOHV(オーバー・ヘッド・バルブ)であるところに理由がある。
Chrysler 300 SRT8|クライスラー 300 SRT8
アメリカン ハイパフォーマンス セダン
クライスラー 300 SRT8に試乗(2)
HEMIの伝統
少し難しい話になるが、OHVとは吸排気バルブをエンジンのいちばん高いヘッド部に置いたバルブ駆動形式。いっぽう、バルブの駆動タイミングを決めるカムシャフトはクランクシャフトと近い低い場所にあり、これとバルブをプッシュロッドという一種の棒でつないでバルブを駆動している。
OHVが登場する以前のSV(サイドバルブ)方式にくらべると、OHVには燃焼室をコンパクトにできるというメリットがあったが、一般的にいってOHVでは吸排気のバルブが一直線に並ぶレイアウトとなり、バルブ面積を大きくすることが難しかった。これを簡単な数式で書くと、シリンダー径>(吸気バルブの直径)+(排気バルブの直径)となる。
ここでクライスラーは、バルブ駆動のメカニズムに工夫を凝らすことにより、吸気バルブと排気バルブを向かい合わせのレイアウトすることに成功。しかも、このおかげで燃焼室形状を半球形に近づけることができた。燃焼室形状を半球形にすると燃焼室の表面積を減らすことができ、冷却損失を減少できる。
クライスラーがヘミエンジンを投入した1960年代当時、これは画期的な設計だった。
でも、OHVでは難しかった「バルブを向かい合わせにするレイアウト」も、いまや一般的なDOHCでは簡単にできる。それどころか、DOHCでは自然とそうなってしまう。だから、わざわざヘミと断るまでもないのだけれど、いまでもOHVで高性能エンジンをつくりつづける彼らのプライドが、伝統的なヘミという呼び名を生き延びさせる原動力となっているのだろう。
おもわず頬がゆるむ
伝統的なテクノロジーに自社のアイデンティティやオリジナリティを重ね合わせているのは、直6をいまもつくりつづけるBMWもおなじこと。また、アメリカはレースの世界でも独自技術にこだわることが多いが、それでいながらヨーロッパ勢と接戦を繰り広げることが少なからずある(ル・マン24時間のGT ProもしくはGT1クラスでは2009年から2011年まで3年連続でアメリカ車が優勝した)。
だから、基本設計が古いからといって侮ることはできないのが、アメリカのハイパフォーマンステクノロジーなのだ。
クライスラー300 SRT8に搭載されるV8 6.4リッターエンジンは472ps/6,100rpmと631Nm/4,150rpmを発揮する。しかもこのエンジン、レスポンスのよさやスムーズさでは、ドイツ製の最新パワーユニットに劣ることはない。
むしろ、50年のときをかけて磨き上げられたメカニズムが緻密に動作していることが実感として伝わってきて、おもわず頬が緩んでしまうくらいだ。
それでいながら古くさい高性能エンジンによくある気むずかしさは皆無。5段AT+後輪駆動の発進マナーも滑らかで、多少エンジン音がうるさいことを除けば、奥様が街中へお買い物に出かけるのに何の不自由もない。
Chrysler 300 SRT8|クライスラー 300 SRT8
アメリカン ハイパフォーマンス セダン
クライスラー 300 SRT8に試乗(3)
牙をむく
ただし、スロットルペダルを深く踏み込むと、300 SRT8はそれまで隠していた凶暴さをむき出しにする。4,000rpm以上の加速感は暴力的といってもいいだろう。ヘミのパフォーマンスが存分に発揮される瞬間だ。
先々代のメルセデス・ベンツ「Eクラス」と基本部分を共用するボディは剛性感が高く、強いショックが入ってもミシリともしない。また、前席は幅方向に広々としており、後席ではゆったりと膝が組めるほど室内空間には余裕がある。
ステアリングの操舵力は重め。また、握りも太めで、どっしりとした安定感を強く感じさせる。
少なくとも、山道をヒラリヒラリと走り抜けるタイプでないことだけは確かだ。
どっしりしているといえば、乗り心地も同様。ボディが頑丈だから不快な感じはしないものの、硬いサスペンションの先に大きく重い20インチタイヤがぶらさがっていることを意識させられる感触だった。
バーゲンプライス
でも、これらはあくまでもヨーロッパ基準の評価結果だろう。反対に、アメリカのハイパフォーマンスカーを乗り継いできた向きであれば、その正確なステアリング、フラット感の強い乗り心地、スムーズでレスポンスのいいエンジン、内外装のつくり込みの確かさに「おお、アメ車もここまできたか!」と感慨深くおもうはずだ。
いずれにせよ、わずかな詰めの甘さをとやかくいうよりも、アメリカ車らしいマッチョな世界を存分に楽しむほうが、このクルマの良さを満喫できる。JC08モードで5.9km/ℓ、踏めば瞬間燃費が3km/ℓに落ちる燃費の悪さにも、この際だから目をつぶろう。
なにしろ、こんなにオリジナリティが高く、クォリティだって決して悪くないハイパフォーマンスサルーンが638万円で手に入るのだ。ドイツ製のライバル車だったら、その2倍以上することは、いまさらいうまでもないだろう。
Chrysler 300 SRT8|クライスラー 300 SRT8
ボディサイズ|全長5,090×全幅1,905×全高1,485mm
ホイールベース|3,050 mm
トレッド 前/後|1,630 / 1,615 mm
重量|2,020 kg
エンジン|6,416 cc V型8気筒 OHV
圧縮比|10.9 : 1
ボア×ストローク|103.9×94.6 mm
最高出力| 347kW(472ps)/ 6,100 rpm
最大トルク|631Nm(64.3kgm)/ 4,150 rpm
トランスミッション|5段オートマチック
駆動方式|FR
タイヤ|245/45ZR20
燃費(JC08モード)|5.9 km/ℓ
価格|638 万円