アストンマーティン ラピードSに試乗|Aston Martin
Aston Martin Rapide S|アストンマーティン ラピード S
アストンマーティン ラピード Sに試乗
「DB9」、「ヴァンキッシュ」とともに、アストンマーティン創業100周年を記念するニューモデル「ラピードS」は今年1月のジュネーブモーターショーでデビューした。先行する2モデル同様のアストンマーティンの哲学が貫かれた、この4ドアのアストンを西川淳氏がさっそくテストした。
Text by NISHIKAWA Jun
アストンマーティンというけれど……
正式には、アストンマーティン・ラゴンダ社という。
その昔、60年代の半ばまで、“もうひとつ”の高級ブランド、ラゴンダ名義で“ラパイド”という4ドアサルーンが存在していた。
4ドアアストンマーティンの「ラピード」は、その歴史から名を引き継いだものだ。
2010年にデビューしたラピードが、この春のジュネーブショーで、「ラピードS」へと進化した。追加グレードではない。いわゆるマイナーチェンジ、というやつで、それゆえ、基本的なスタイリングはまったく変わっていない。
それでも、見ためにけっこう“変わった”イメージを覚えるのは、フロントマスクのイメージががらりと変わったからだろう。
デザインにはワケがある
とても大きなグリルに変更された。インパクトの強さでは歴代アストンマーティンで最高レベルだとおもう(ちなみに、ナンバーはグリル中央に取り付ける)。
とはいえ、昨今はやりの“目立ちたがりなビッグマウス系”とは一線を画する品の良さもあって、たとえば、グリルフィンの材質は本物のアルミニウムを使っており、上のふた隅が窪んだデザインとともに、アストンマーティンの伝統をきっちり踏襲しているというわけだ。
実をいうと、この大きくなったグリルには、デザインのインパクト以外に、もう一つの“効能”があった。
それは、歩行者保護に積極的な役割を果たすよう、設計されていた。アルミニウム製の巨大な一枚グリルは、4つのピンでボディに取り付けられており、万が一、歩行者と接触した場合に衝撃でピンが外れ、グリル全体が内側へ押し込まれる。
つまり、一枚のグリルが衝突時のインパクトを和らげる緩衝材として作用するというわけだ。
フロントフードの下にも“工夫”があった。
とはいっても、他のブランドのように付帯システム、たとえば少量の火薬を使ってフードを持ち上げるポップアップ式など、を使うわけじゃない。エンジン搭載位置を、従来よりも19mm下げることで、アルミフードとエンジン頭頂部との間に十分なクッション空間を確保したのだ。
重いエンジン(アストンのそれはオールアルミ製で12気筒エンジンのなかでは軽い方だが)の搭載位置を下げることはそのまま、重心位置が下がることを意味する。
重心位置が下がれば、運動性能が上がる。しかも、このやり方ならば、余計な装置を積まなくていいから、重くならない。シンプルな解決策だが、だからこそ、スポーツカーにとっては大歓迎、いいことずくめなのだった。
Aston Martin Rapide S|アストンマーティン ラピード S
アストンマーティン ラピード Sに試乗(2)
スポーツカーの肉体
そして、低い位置に搭載されたエンジンこそが、新型ラピードSのハイライトである。
従来型と同様に、6リッターのV12自然吸気としたが、内容・仕様は刷新されており、そのことは、+81psの558psと大幅にアップしたエンジンパフォーマンスと、燃費性能の改善に現れている。
組みあわされるトランスミッションは、“タッチトロニック2”とよばれる6段AT。トルクコンバーター付きにもかかわらず、そのダイナミックな変速フィールには定評がある。
また、本格スポーツカーには必須のパッケージ、トランスアクスル方式(トランスミッション本体がリアアクスル上に置かれているため、重量バランスに優れる)を採用しているのも特長だ。
パワートレインだけじゃない。
アストンマーティンの骨格として定評のあるVHアーキテクチャは、ついに第4世代を迎えて、アルミニウムにマグネシム合金、そしてコンポジットをくわえたハイブリッドボディとなった。
そこに新開発エンジンを低く積み込み、あらたに“トラック”モードをくわえた3段階(ほかは“ノーマル”と“スポーツ”)の電子制御アダプティブダンピングシステム「ADS」と、最適化された“タッチトロニック2”およびスタビリティコントロールDSCを得て、“4ドアアストンマーティン”のスポーツカー本気度には、従来モデル以上に期待がもてそうだ。
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アストンマーティン ラピード Sに試乗(3)
アストンマーティンの世界に身をゆだねる
他の2ドアアストンと同様に、ラピードSのドアも、スワンスィングと呼ばれる開き方である。ラピードSの場合、当然、4枚のドアがスイングアップする。4枚とも開けた光景は、なかなかにスーパーカー風だ。
頭をドアに打ち付けないように気をつけて、コクピットへ滑り込む。景色と匂いは、まさにブリティッシュラグジュアリィ、アストンマーティンワールド全開だ。
インテリアデザインそのものに変わった印象はないけれども、選び抜かれたマテリアルの数々、ベニアウッド、レザーハイド、アルミニウムなどをふんだんにあしらった室内は、ながめているだけでも幸せになる。それをオーダーできるということは、想像するにさぞかし、もっともっと極上な気分なのだろう……
クリスタルのキーをダッシュセンターの中央押し込むと、V12エンジンが轟然と目を覚ました。
サウンドは骨太で逞しく、そして乗り手の気分を盛り上げるに十分なほど、乾いている。けれども、不快な振動はない。NVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス)対策にぬかりはなかった。
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アストンマーティン ラピード Sに試乗(4)
当意即妙 アストンマーティンのスポーツカー
国際試乗会は、スペイン・カタルーニャ地方の小村を起点におこなわれたが、町を出て、開けたカントリーロードに出たとたん、進化の成果がまず、両の掌に伝わってきた。ADSのモードは、いきなり、“トラック”だ。
ノーズの動きが、断然にシャープで、しかも当意即妙である。エンジンとフロントアクスルが一体となって、軽やかに動き、その反応が両手に心地いい。ステアリングホイールを通じて車体の前半分を、まるで両手で抱え込んでいるかのように動かせるのは、まさにエンジンフロントミッド&ローシップのおかげである。
車体を望みの方向に向けやすいうえに、パワートレインの反応も自然にクイックだから、その後行程にも余裕と自信をもって対処できる。
正直にいうと、ホイールベースの伸びたぶんだけ2ドアよりも一体感が薄れているはずだとおもっていたが、何の事はない、出掛ける直前に試乗した従来型とはまったくちがった、ことによると新型「ヴァンキッシュ」に近いフィールで走らせることができたのだから、たまらない。
新型AM11エンジンのパワーレスポンスも素晴らしく、ピレネー山脈に連なる決して広くはないワインディングロードを、初めて走ったにもかかわらず、思う存分、攻め込むことができた。
そして、加速と同時に、山や谷に響き渡るエグゾーストサウンドの素晴らしいことと言ったら……音と動きの協奏曲が、ドライバーの心を大いに踊らせた。
ラピードSには、もちろん、ラグジュアリィサルーンとしての一面もある。ADSを“ノーマル”にして、ゆっくりとクルージングしても悪くない。ドアを2枚余計に設えただけの利便性は、確かに大きい。ビジネスエクスプレスとしても、大いに活躍することだろう。けれども、このクルマの本質は、やはり、そのリアルスポーツ性にこそあった。
スポーツサルーンでは決してない。
ラピードSは、真にスポーツカーだった。
Aston Martin Rapide S|アストンマーティン ラピード S
ボディサイズ|全長5,020×全幅2,140(ミラー含む)×全高1,350mm
ホイールベース|2,989 mm
トレッド 前/後|1,590 / 1,615 mm
重量|1,990 kg
エンジン|5,935cc V型12気筒
最高出力| 410kW(558ps)/ 6,750 rpm
最大トルク|620Nm / 5,500 rpm
トランスミッション|6段オートマチック
駆動方式|FR
サスペンション 前|ダブルウィッシュボーン
サスペンション 後|ダブルウィッシュボーン
タイヤ 前/後|245/35ZR20 / 295/30ZR20
0-100km/h加速|4.9 秒
最高速度|306km/h
燃費(NEDC値)|19.9 ℓ/100km
CO2排出量|332 g/km