連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「大井町編」

肉のまえかわ

LOUNGE / FEATURES
2020年6月13日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「大井町編」

第22回「昭和レトロな横丁とはしご酒を楽しめる街・大井町」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第22回は、安くて旨い飲食店が多く立ち並ぶ昭和風情の街、大井町をナビゲート。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

ノスタルジックな飲み屋が立ち並ぶディープなエリア

2020年に予定されていた東京五輪は新型コロナウイルスの影響で延期になったが、この五輪に向けて、東京各所で再開発が進み、街角の古い家やビルは次々と壊されて新しい建物に生まれ変わり、狭い路地は拡張されて広い道路になった。
東京の各所がどこもかしこもピカピカに生まれ変わったその一方で、より希少性が増し存在感を増したヨレヨレの「横丁」は人気の観光スポットとなった。横丁の多くは戦後闇市や赤線がルーツ。路地裏やガード脇や線路下に様々な小店が集まり、煙や匂いが立ち込める。必ずしも清潔とは言いがたいエリアも多く、数年前までは「おやじの聖地」と侮蔑され、そして敬遠されていた。しかし近年は、海外からの観光客や昭和を知らない若者たちの恰好の人気スポットとなった。
その魅力は、「昭和レトロ」や「ノスタルジック」という言葉で包括的に表現されがちだけど、小店が集まり、赤提灯や暖簾をくぐり、モツとホッピーを安く飲み食いし、というハード面のそれだけではない。いちばんの魅力は、「人と人との距離感」だと思っている。間口の狭さと敷地の狭さゆえ、席につく前に隣の客に「あ、すみません」の挨拶から入らざるを得ない距離感。店主に「何がおすすめですか」と聞き、メニューに見あたらないつまみを食べている隣の客に「それなんですか」とつい聞いてしまう。初対面の客や店主とも不要な会話をしないことが不自然であり、物理的に”密“な距離感が、自然に心の距離を”密“に縮めてくれる。時にはそれが、セックス目的の出会いの場と化したり、殴り合いの喧嘩に発展したりということもあるけれど、それは人が集まる場なら当然のこと。それもすべて享受して楽しめる場所が横丁である。
横丁と言えば、渋谷のんべい横丁や新宿思い出横丁やゴールデン街、吉祥寺ハモニカ横丁あたりが思い浮かぶが、今回は大井町。大井町は、線路に平行に走るように、「東小路飲食店街」「平和小路」「すずらん通り」が広がる。平和小路でうずら料理を出してくれる「うずら亭」や、すずらん通りで中華を出してくれる立ち飲み「臚雷亭(ろーらいてい)」など少々珍しいお店も多い。掲げられた看板からしてボリューミーな洋食店「ブルドッグ」は見た目に違わない食べ応えとボリュームで有名店だし、東小路の入り口近くの「いさ美寿司」は老舗の立ち食い寿司の有名店。いかげそ1貫30円からという値段に初見の時は驚きのあまり目玉が飛び出そうになる。立ち飲み、中華、寿司、スナックと十人十色の個性が入り混じった玉石混合スタイルが、今風な作られた横丁ではなく、まさにリアルな昭和の横丁感を醸成している。
東小路飲食店街を歩いたことがあれば目にしたことがあるだろう、「肉のまえかわ」もこのエリアの有名店のひとつ。生業は肉屋だけど、酒類を扱うようになってから気付いたら立ち飲みの人気店になったとか。酒のアテは揚げ物に串にチャーシューと肉なら何でもあるが、人気は、ささみと肉のたたき。ビールは店内奥の冷蔵庫から取り出して精算。割り物はカウンターでお願いして作ってもらう。普通に頼むと薄いので濃いめで頼むとプラス200円。プラス200円すると滅茶苦茶濃い。その粗い感じがいい。すべてキャッシュオンなのもいいし、そういえばここでは割りばしも使わない。すべて串で食べる。徹底したコスト管理によってこの価格を生み出し、そして雰囲気を作り出しているのもたまらない。
ここに来たら、「臚雷亭」や「いさ美寿司」にも行きたいところだが、タイミングが良くないとたいがい満席。そんな時は、せんべろ立ち飲みの代名詞となったチェーン「晩杯屋」で十分だ。チェーン店と聞くと敬遠したくなる人もいるだろうけど、メニューを見れば値段はだいたい100円~200円代にも関わらず特段質が悪いわけでも量が少ないわけでもないから、悪くない。
または、駅前に屋台スタイルで構える「貝焼き遠藤」もいい。波平とマスオとノリスケが飲んでいそうな、昭和生まれなら懐かしい昔ながらのリアル屋台。冬はやや寒いし夏はやや暑いけど、はまぐり、つぶ貝、ホタルイカなど旬の貝が揃っているから、八代亜紀よろしくぬるめの燗でひっかけたくなる。どちらも1軒目から行くことはないかもしれないが、2軒目以降どこで挟んでもいいし、0.5軒目ウォーミングアップ代わりに使ってもいい、使い勝手のいい店だ。
ちなみに、大井町は酒好きにやさしい街でありながら、暮らしにやさしい街としても名を馳せている。大井町は区役所もある品川区の暮らしの中心地。
大井町駅前
アクセスは品川から1駅、駅前にはアトレや阪急大井町ガーデン、イトーヨーカドーが立ち並ぶ。品川区と言えば、全区民に3万円、子どもには5万円の給付金を支給する「しながわ活力応援給付金」を発表して都民をざわつかせた、暮らしにやさしい街の代表なのだ。
暮らしにやさしい街には、住民に代々愛される「町焼肉」や「町中華」が根付くものだ。
町焼肉の代表は「ヴィクトリー」。品川区-大田区界隈に住む友人知人に何度となくおすすめされたこの界隈で勝ち続けている有名店は、以前は生で提供していたというハラミが大人気。僕の中で、町焼肉で愛されている店はたいがいハラミがイチオシで人気という印象。町焼肉は地域の家族たちに愛されてナンボ。おそらく、カルビやロースをたくさん食べたい子どもたちと、カルビやロースは重いからタンやミノをつまみに飲みたいお父さんお母さん、そのちょうどいい塩梅を取って家族みんなが笑顔で迎え入れられるのが、程いい脂と食感のハラミなのだろう。話が逸れたけど、ヴィクトリーではハラミだけでなくタンもカルビも、塩でもタレでも、白米も酒もすすむすすむ。大井町に来たら2軒目3軒目はマストだけど、ここで本能のまま食べてしまうとお腹いっぱいになってこの後が楽しめなくなってしまうので、ほどほどに抑えておかないといけない。
ヴィクトリーの目と鼻の先にあるのが「丸吉飯店」。丸吉に行くようになってから10年近く経つが、ずっと「まるよし」だと思っていたら「まるきち」だということを最近になって知った。1Fはカウンター、2Fがテーブル。熱々で大ぶりな餃子は客が全員食べているんじゃないかという人気メニューで、質・量ともに食べ応えあり。タンタンメンがベースになったような丸吉麺と、たっぷりのニラやもらしが入ったスタミナ麺は、見ているだけで精力アップした気になれるほどパワフル。遠慮のないしっかりしたコクたっぷりの味付けだけど胃の中にスルスル飲み込まれていく。
3密を避けた新しい生活様式の浸透が叫ばれる今、横丁や町焼肉や町中華といった古い生活様式=これまでに培われた文化はどうなるのか。美味い酒と美味いアテがあるだけじゃ成立しないし、飲んでる店が古ければいいという話でもない。初対面の人とも自然に言葉を交わして、馴染みの客とも挨拶があって、店主と目で会話して。年齢、性別、会社や肩書や学歴といった属性が関係なく、ただ波長が合うかどうか、居心地がいいかどうかだけが基準になる特殊な空間。LINEやZoomでは事務的なコミュニケーションはできても、それ以上の心の共鳴は物理的な3密が許容されない限り生まれてこない。みんなが羽を伸ばせる日が早く戻ってくることを願うばかりである。
肉のまえかわ
住所|東京都品川区東大井5-2-9
TEL|03-3471-2377

晩杯屋
住所|東京都品川区東大井5-3-5
TEL|03-5460-0313

貝焼き遠藤
住所|東京都品川区大井1-2-20
TEL|03-3773-1551

ヴィクトリー
住所|東京都品川区大井1-50-15
TEL|03-3776-4564

丸吉飯店
住所|東京都品川区大井1-50-14
TEL|03-3776-5730
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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