連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「昭和の多目的ルーム、『喫茶店』」
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2022年4月1日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「昭和の多目的ルーム、『喫茶店』」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第33回「昭和の多目的ルーム、『喫茶店』」

「昭和レトロ」がちょっとしたブームになっている。自分は昭和生まれだからそんなに遠くない昔に感じるけど、実際は早三十年以上前の話。遊び盛り働き盛りの令和時代を牽引している世代は昭和の空気感を直肌で感じてないわけだから、非現実世界として魅力を感じて惹かれるのはわからないでもない。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

いわゆるカフェが100mおきに溢れかえっている今、コーヒーはめちゃめちゃ手軽な飲み物になったけど、昔はそれが喫茶店だったわけ。商談するならルノアール。西部警察でも犯人グループは喫茶店で密談し、その様子を通り向いの別の喫茶店から西部署のメンバーが見張っているというシーンは毎回のように流れていた。
喫茶店と言えば、僕の中で特に記憶に残っている店が二つある。浅草の「ボンソワール」と新宿の「談話室 滝沢」。
わが家には毎年浅草寺にお参りに行って食事をする風習があり、昔は食事の後必ず「ボンソワール」に寄っていた。子どもの記憶なのでおぼろ気だが、六区にあって、2Fはフレンチか洋食で蝶タイの黒服スタッフがサービスしてくれる正統派レストラン、1Fが喫茶店だった。食事の時点で父は既に泥酔、普段からコーヒーを飲むという習慣がない父はひとりで先に帰宅し、母と祖母とケーキとコーヒーで〆て帰るのがルートだった。
「談話室 滝沢」は高校大学の頃、伊勢丹新宿やバーニーズの後に立ち寄る喫茶店だった。新宿東口(やや南口)の地下。現在は椿屋珈琲店になっている。当時もやや格式高かった印象がある。調べてみると、「滝沢がお客さまに売るものはコーヒーでなく、社員の人格、礼儀作法の販売である」という方針を掲げ、ホスピタリティを徹底していたらしいから、当然と言えば当然か。あの時代にコピー機も置いていたというから驚く。喫茶ではなく「談話室」と謳っている点で、やはり大事な商談をする場ということだったのだろう。
ちなみに、僕が喫茶店に行きたい理由は色々ある。その時々でこだわりたいポイントは違う。
①    静かな場所で美味しい珈琲で一服して頭を休めたい。
この場合は、五反田「トゥジュール デビュテ」、表参道「レジュ グルニエ」、神保町「伯剌西爾」、「壹眞珈琲店」、自由が丘「アンセーニュ・ダングル」のカウンター席とか、本格的な喫茶店もある。つい長居してしまうが。
②    競馬を見ながらメシを食いたい。
競馬中継なら、浅草「ブロンディ」、「ペガサス」、錦糸町「桃山」など、まあWINS近くの喫茶店はたいがいどこも中継してくれている。
③    美味しいナポリタンやパフェが食べたい。
④    ちょっとあいた時間で仕事がしたい。
いずれにしても、どこにどんな店があるか把握しとかないと、いちいちスマホで調べて右往左往する。そうならないためにも、僕は自分が行きがちなエリアの店は、その特色とともに脳ミソにマッピングしている。そんな中からオススメをいくつかご紹介しよう。
1.珈琲西武 東京都新宿区西新宿7-9-16 西新宿メトロビル2F
新宿東口と西口に構える、パフェが有名らしい店だが、ほぼ全席に電源が完備されていてテーブルが広い。そのパフェは食べたことないけど、小腹が空いたときのサンドイッチやドリア、ピラフなど食事もあって、新聞もある。場所柄、隣席が風俗の話、パパ活の話をしていることもあるけれど、それもまた知らない世界の見聞を広げるのには丁度いい。ちなみに、西口の方が空いててオススメなのだが、その風貌に似合わず意外にも2019年オープンらしい。
2.珈琲家 東京都中央区日本橋茅場町1丁目6-2 桂昇ビルB1F
この店を知ったきっかけは、ホットケーキが食べたくて行ったお店。オーダーしてからコネコネして焼いてくれるホットケーキは素朴で実直でスーッと入ってくる、「やっぱこれだよね」とうなずく味。エリア的に頻繁に行く機会はないけど、日本橋界隈に行くと立ち寄る。丁寧に仕込んでいるビーフシチューやサンドウィッチも抜群に美味いからご飯でもいいし、静かな空間だからひと休みでもいい。最近行ってないから久しぶりに行きたくなってきた。
3.ニット 東京都墨田区江東橋4-26-12 小沢ビル1F
エリア的に土日なら競馬中継にも対応しているんじゃないかと思うけど、平日しか行ったことがない。錦糸町花壇街の入り口に構える創業五十年以上の老舗だ。外面はだいぶ年季が入っている。ワインレッドの椅子、仕切りの植物、淡いライティングなんかは、昭和の色気を醸し出していながら清潔感を保っていて、良い感じ。ドラマや映画のロケでもかなり使われているらしい。ここもパンケーキが人気で(食べたことはないが)、他にパフェやプリンなども揃う。土日になるとそれらを目当てに混雑するとか。そして、平日ランチのナポリタンやドライカレー、焼肉定食もラインナップする充実ぶりが嬉しい。
美味しい珈琲を筆頭に、食事して、寛げて、仕事できて。充実したメニューがあって手頃で気軽。でも家族と一緒に和気あいあいする感じじゃないからファミレスとも違う。時にTV中継もあったりするからカフェともまた違う。外装や内装や家具、ライティング、BGM、ホスピタリティ、創業当時のこだわりが凝縮された空間構成の中で、どんな目的や欲求にも対応してくれて、そこで過ごす刹那的時間が極上なのが、昭和レトロな喫茶店の証。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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