連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「根津編」
LOUNGE / FEATURES
2020年3月23日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「根津編」

第19回「見どころ満載で魅力が詰まった街・根津」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第19回は、東京大学のお膝元にある小さな街、根津を散策する。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

古き良きを残した話題のスポットが点在する谷根千エリア

近年、谷中・根津・千駄木の通称「谷根千」と呼ばれるエリアの人気が極めて高い。根津神社や寛永寺といった寺社仏閣を中心に形成され、徳川家最後の15代目将軍慶喜の墓がある谷中霊園があり、文豪・夏目漱石もこの地で暮らしたというから、文化性・歴史性が高いエリアで、戦災の被害が比較的少なく、再開発の手もさほど入っていないため、昔の街並みが今も生きているのが人気の理由だろう。有形文化財に指定されている串揚げ処「はん亭」をはじめ、古民家のカフェや雑貨屋も多い。
とは言え、「谷根千って具体的にどのあたり?」という人も少なくない。私も友人に「谷根千で飲もう」と誘うと、大概「何線で行けばいい?」と聞かれるし、私自身も20代の頃は「イナムラショウゾウ(パティスリー)」「ウルフズヘッド(アクセサリー)」しか知らなかった。谷根千は、ざっくり言えば、JR山手線日暮里駅・鶯谷駅・地下鉄千代田線千駄木駅・根津駅、この四つの点を結んだエリア。実は都心部から電車一本で行ける至便な場所にある。
雑誌やWEBなどでも谷根千特集は定期的に散見されるし、外国人富裕層向けの旅行業を営む友人曰くも、谷根千は浅草や新宿と並んで人気のエリアだと言う。なぜだろう。例えば、私たちが初めてパリに行ったらエッフェル塔や凱旋門はおそらく訪れる。けれど二回目以降は「ローカルな場所をディグりたい(掘りたい)」と思ったりする。おそらくそれと同様に、東京に来たらまずは東京タワーや雷門は行くけれど、その次…それが谷根千なのだろう。そういう意味では、東京人も意外と知らない谷根千を選択するのは正解のような気がする。
今回はそんな谷根千の中でも「根津」を散策したいと思う。なぜなら、「根津神社」でこれからつつじまつりが始まって一年で最も見頃を迎えるからだ。

桜や紅葉と比べると注目度は低いつつじだが侮ることなかれ。満開のつつじはそれらに匹敵するほど圧巻で美しい。

約2,000坪の境内で約100種3,000株のつつじが見頃を迎えるのは例年GW。初夏の訪れを感じながら、咲き誇るつつじを楽しみたいもの。

コロナウィルスの影響で関連する諸行事は中止のようだが、今年も4月4日~5月6日まで開催予定だそうだ。
※2020年3月26日追記:新型コロナウイルス感染症の感染拡大に伴い、「第51回文京つつじまつり」は中止が決定
根津神社のつつじを愛でた後は、あんみつでも食べながら一息つきたい。当然そんな気分になる。
和菓子屋や甘味処が数多くある根津の中でも有名なのは「芋甚」。創業は1912年(大正元年)。

創業時は芋屋、甚蔵さんが始めた芋屋だったから芋甚らしい。こじんまりした店内は満席なことも往々にしてある。

それでも行きたいと思うのは、お店のおばあちゃんが柔和だし味わいも優しいから。
芋甚には「アベックあんみつ」なるメニューがあるので、初めて行くならこれを頂きたい。
バニラアイスと小豆アイスが乗ったあんみつは、しつこくなくあっさりいける。アイスモナカや大阪焼(大判焼)は120円でテイクアウトできるのも嬉しい。根津において、根津神社から芋甚に繋ぐリレーはまさに勝利の方程式。潮崎→鹿取よりも浅尾→岩瀬よりも鉄壁である。
ちなみに、芋甚に行くと、斜め対面にある店全体を蔦で覆われて存在感を放つ不思議な店が目に付くはず。
ここは週末3日間だけ営業する洋菓子屋「ル・クシネ」。素材にこだわり甘さをおさえたプリンやシュークリームが人気で、価格も手頃なのが嬉しい。

この店を覆う蔦は藤。藤の花が咲き誇るのがこのつつじまつりの時期。芋甚で食べて、ル・クシネでおみやを買って帰るのも良い。
さて、谷根千は、千駄木は1丁目から5丁目で構成されて計20,000人以上、谷中は1丁目から7丁目で計約8,500人が居住しているのに対し、根津は西側の1丁目と東側の2丁目のみしかなく計6,500人の非常に小さい街である。そんな小さな街にはなぜだか蕎麦の名店がたくさんある。
完全予約制でコースのみの「根津雙柿庵」、朝7:30から営業している「鷹匠(※現在は一時休業中)」、池之端藪や神田まつやで修行した店主が2015年に創業した「蕎心」など。根津神社入口の交差点にある「よし房 凛」もそのひとつ。
開業は2003年、下町情緒に溶け込んだ上品な佇まいに落ち着く。店内の快活な雰囲気は気持ちがいい。石臼でひいた打ち立ての蕎麦は、風味・コシ・喉ごし、どれを取っても素晴らしい。白く濃ゆい蕎麦湯も染みわたる。「あー、久しぶりに蕎麦を食べた」と心底思える満足感。蕎麦を食べるが為だけに根津を訪れて朝から晩まで蕎麦三昧、なんて楽しみ方も面白いかもしれない。
もちろん味わい深い酒場も根津には多い。中でも連日賑わっているのが、駅至近の路地裏にある「車屋」。1階はカウンターとテーブル、2階は座敷で安心感溢れるTHE酒場の設え。アルコール摂取を促進する多彩なメニュー短冊が所狭しと壁に貼られている。
揚げものには、鳥やナンコツだけではなくて、稚鮎やどぜうや鯨もラインナップされていて、つい期待感が増す。そんな車屋の名物は鯖の棒寿司。「車屋」で検索すると、スマホの画面は鯖寿司で覆い尽くされる。それもそのはず、フォトジェニックな艶と光沢。上質な鯖ならではの、品のいい脂。口の中でとろける脂。ギルトフリーな脂。そして絶妙な〆具合。これを酒で流し込んだ時の口福感はハンパナイ。光り物が苦手な人はごめんなさい。自分は好きでよかったと思える瞬間である。「好きなものの対象が多ければ多いほど、幸福の機会は多い」というようなことをラッセルは幸福論で言っているけど、その言葉に全面的に賛同したい。
日本の最高学府・東京大学のお膝元にある小さな街・根津には、東京人にも意外と知られていない魅力が詰まっている。東京に生まれ、東京で育ち、東京に住んでいる自身や身内の当事者ではなく、外部の第三者によってその魅力に気づかされた、灯台下暗しだった街。この小さな街には見どころがありすぎて、まだまだ掘り起こしてみたいのである。
根津神社
住所|東京都文京区根津1-28-9
TEL|03-3822-0753

芋甚
住所|東京都文京区根津2-30-4
TEL|03-3821-5530

よし房 凛
住所|東京都文京区根津2-36-1 コーポ吉田1F
TEL|03-3823-8454

車屋
住所|東京都文京区根津2-18-2
TEL|03-3821-2901
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
Photo Gallery