連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「味わい深い魅力があふれる、現金払いだけのこだわりを貫く昔ながらの飲み屋」
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2023年10月27日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「味わい深い魅力があふれる、現金払いだけのこだわりを貫く昔ながらの飲み屋」

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき

第51回「味わい深い魅力があふれる、現金払いだけのこだわりを貫く昔ながらの飲み屋」

なんでもかんでも便利になった世の中だからこそ、不便なことに逆に魅力を感じることもある。Z世代の間で昭和レトロや平成レトロがトレンドになっているのも、それがひとつの理由だろう。スマホでいくらでも撮れて、気に入らなければ撮り直しできる写真も、あえてインスタントカメラを使って撮る。撮った写真はその場で確認できないし、加工もできなければ、焼いてみたらブレていることも目をつぶっていることもある。けど、やり直しができない一瞬だけを切り取ったその一枚に言葉にできない何とも言えない魅力があるのだろうと思う。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

ただ、美味さに惹かれる贅沢

ひと昔前まで飲食店での支払いは、ほぼ現金かクレジットカードかの二択だった。手数料の関係でクレジットカードを嫌う店も多かった。けれど、交通系電子マネーに流通系電子マネー、QRコード決済、様々な電子マネーが登場して浸透した今、現金決済だけの店はだいぶ減った。
美味しくて雰囲気も良くてホスピタリティも高い、そして支払い利便性も高い店はいくらでもある。一方、今でも現金払いだけを貫く希少な店もある。たしかに不便だ。事前にATMに行くのを忘れると面倒くさい。いまだ現金決済だけなんて店主が職人気質の頑固おやじなのかもしれない。さらにインボイス登録してない可能性もある気がする。登録してますか? なんて野暮なこといちいち確認しないからもしかしたら経費として扱ってもらえないこともあるかもしれない。だけどそんなこと関係なく行きたいと思わせる店がある。そういう店はハマればすべての不安が一掃されて、すべての不便は魅力に変わる。
「今日はお金おろしとかないと」と朝思って、ランチの後におろして、日中仕事に勤しみ、夜の楽しい食事を堪能して、現金で払う。現金だとお金の価値の重みをいつも以上にかみしめる。その面倒くささがあるから、朝からのプロセスもすべて含めて一日が思い出となって、記憶の深さも増す。
こだわりを持った味わい深い店には、本当にそれが好きな、気の置けない仲間を連れていきたい。今回紹介するのはふぐや蕎麦などの季節の日本料理と日本酒の店が中心だ。例えば蕎麦と言っても立ち食いから近所の町蕎麦、つまみながら最後蕎麦で〆るようなシャレた飲み屋、蕎麦割烹、地方の様々な蕎麦文化を継承した店まで多岐にわたり、それぞれ違った良さがある。普段立ち食いや近所の蕎麦しか食べたことがないという人を連れていっても、比較するものがないから本当の魅力を掴みきれないだろう。自分のことをよくわかっている大人の仲間と一緒にしっぽりと楽しみたい店となる。
■左々舎 東京都千代田区外神田2丁目10-2
神田明神下の季節料理。このあたりは古くからのお店が軒を連ねる昭和情緒あふれる界隈。中でもここ左々舎は1952年建造の木造家屋がタダモノではない空気をにわかに醸し出している。席はお座敷の掘りごたつとカウンター。冬はふぐ、夏は鱧。ふぐのコースは一万円以下からあるし、コースでなく一品ずつでも頼める。一品ものは、ほやばくらいやクサヤ、行者ニンニクなど粋なメニューが並ぶ。おすすめは夏の鱧。骨を切るのではなく1本ずつ手作業で抜くそう。湯引きや照り焼き、肝、浮き袋(初耳でした)、卵、皮の酢の物、真薯、チリまでまるっといただける。しかも、酢の物を最初ではなく最後に持ってくるのも秀逸。季節ごとに行って楽しみたい店である。ちなみに昼は、焼き魚や鉄火丼、自家製カレーや生姜焼きなど、手ごろにランチ営業もしていて近隣の会社員たちに人気らしい。
■山田屋 東京都新宿区四谷4-28-20
新宿御苑と四谷三丁目の間に佇む季節料理。去年のコラムで紹介しているが…それほど僕と相性が良い店ということでご容赦いただきたい。こちらも冬のふぐを中心に、夏は鱧や鮎、夏ふぐなど。御苑で三代続く老舗はいかにも昔ながらの品の良い小料理屋という佇まいで、座敷に二席とカウンター。ムダな会話はしないけど不愛想なわけではなく、良い感じの距離感で会話できる朴訥とした店主と女将。こちらのふぐコースも一万円以下から。もちろん一品ずつも頼める。ふぐ有馬煮(有馬山椒たっぷり)、揚げ出し、いかの姿煮、海老真薯や茄子田楽、からすみなど酒が止まらなくなるメニューが満載。どれもこれも奇を衒うことなく、季節の旬の食材を丁寧に料理してくれていて、酒好きにはたまらない。
■巽蕎麦志ま平 東京都新宿区納戸町33
牛込神楽坂で四十年。夜の蕎麦懐石のみという蕎麦の名店。こだわりを感じる設えと調度品。一人で切り盛りしている老練の蕎麦職人の店主は一見寡黙でとっつきにくそうだが、実は非常にやさしい。そんな店主との小気味好い会話を楽しみながら、季節の前菜やつまみ(珍味)の盛り合わせ、そして蕎麦の実のスープや蕎麦寿司、蕎麦がき、蕎麦の実雑炊、揚げ蕎麦、せいろと蕎麦をひとしきり堪能する。若い頃は蕎麦懐石なんぞ美味いのはわかるが腹にたまらないし、そんな興味はなかったが、歳を重ねると志向と味覚が変わってくる。そして日本に蕎麦屋は数あれど意外と美味い蕎麦屋は少なかったりするから、本当に美味いと思える蕎麦をつまみに酒を楽しむなんていうのは、大人になった今最高の贅沢だと思える。
■東西南北 東京都墨田区東向島2-29-1
数年前とあるTV番組で知ってから気になったもののコロナもあってなかなか機会に恵まれなかった。ようやく訪れることができたこの店は、最寄り駅が京成曳舟。用がなければ行かないエリアだが、この店を目的に行く価値はあると思っている。創業は1987年、大正時代の長屋の実家を改装して始めたとか。銘酒と珍味と掲げた看板に偽りなく、センスが光るこだわりの珍味や季節の旬の食材を使った和食が並ぶ。木工細工が施された店内には自家製からすみや柚餅子(ゆべし※柚子に特製味噌を入れて数カ月~数年熟成させたもの)が吊るされていい味を出している。入手困難で希少な日本酒も取り揃え、エントリーには三種飲み比べもある。こちらの店主も一見気難しそうかと思いきや、酒の話、つまみの話を振ると一気に会話が弾む。話してみるとどうやら店主は酒があまり飲めないとのことだが、にもかかわらずその鑑定眼と舌は流石の一言である。こちらでまず度肝を抜かれるのが付き出し。自家製からすみも柚餅子もねっとりしていてなめらかで濃厚で、酒がすすむ。この付き出しだけで二時間滞在できそうなクオリティである。刺身の盛り合わせや鯨ベーコン、かき揚げなどどれも絶品。真の酒好きがいたら、ぜひ連れていきたい店のひとつなのは間違いない。
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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