連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「五反田編」

プランタン

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2020年8月29日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「五反田編」

第24回「聖と性が織りなす街・五反田」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第24回は、場所やシーンによって多角的に楽しめる街、五反田をナビゲート。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

都心ながら、四季折々の自然も楽しめる緑豊かな街

城南五山と呼ばれるエリアがある。島津山、御殿山、八ツ山、花房山、池田山。五反田にある山の手有数の高級住宅街のことだ。中でも、五反田駅東口から桜並木をのぼった高台の池田山エリアはその最高峰として知られている。
立ち並ぶお屋敷や大使館を抜けていくと、美智子上皇后のご実家跡地の「ねむの木の庭」、岡山藩池田家下屋敷跡を品川区が整備した「池田山公園」が象徴的に存在する。春の梅や椿やツツジが咲き誇り、夏は緑が生い茂り、秋は紅葉で染まる池田山公園は名称こそ公園だが、四季折々で違った表情が楽しめる庭園。五反田の由緒正しき“聖なる”高台とも言える。
一方で、聖なる高台の足下には、“生なる”いや“性なる“五反田がある。五反田と言われて多くの人が想起するのはこちらのエリアだろう。五反田のことをよく知らない頃、はっきり言って五反田は性風俗産業の聖地だとすら思っていた。「もつ焼きばん」や「東京オイスターバー」は若い頃からよく行っていたけれど、男だけで五反田に行くというのは彼女や妻に伝えるのはなんとなく憚れる、そのくらいピンクなイメージがあった。
そもそも五反田にそうしたイメージが付されたのは、大正時代に鉱泉が見つかって宿泊施設が立ち並ぶようになってから。隣の大崎が工場地帯として体を成していくのと並行して、工場地帯で働く人々が息抜きをする花街として発展したという。今もその名残を各所にとどめ、街には無料案内所やラブホテルが散見され、男だけで歩けば胡散臭いキャッチにしばしば声をかけられる。
そんな五反田の西口、目黒川沿いに「五反田ヒルズ」と呼ばれるビルがある。最初友人に誘われたときは、先述のイメージがあったからいかがわしいビルかと疑って忌避感を覚えた。しかし、実態は昔ながらの味を残した場所だった。正式名称は「リバーライトビル」と言うらしいが、ネオンサインに「ニコニコタウン」と書いてある通り、笑顔が絶えない大人の遊び場である。3階より上はビジネスホテル、地下1階から2階はスナックや飲食店。飲食店と一括りにしたものの、小料理屋もしくは割烹と言い直した方が正しいか。食通を唸らせる人気店も多く軒を連ねている。予約が取れないと評判の「食堂とだか」などはその代表格。
日本一の立ち喰い寿司とも称される「都々井」も、この五反田ヒルズに構える。高架下で27年営業し、工事の関係で立ち退きとなりやむなく一時閉店となった名店。閉店を惜しむ声が絶えず、2018年に復活したという。立ち喰いだからひとりで気軽に入れるし、二軒目でも〆でもOK。食べたいものを紙に書いて注文すると目の前で職人さんが握ってくれる。光り物や貝もきちんと美味い。店内は清潔感があるから女性客も多い。立ち喰いながら施される仕事のすべてが丁寧で気が行き届いている。喰って呑んで腹いっぱいでもアンビリーバブルにリーズナブルなので、五反田に行ったら一度は立ち寄ってみるべき店だろう。
さて、そんな五反田だが、最近ではITベンチャーがスタートアップの地として選ぶケースが増え、一部では「五反田バレー」などと呼ばれているのも知られるところ。会計ソフトの「Freee」は今も五反田に本社を構え、web接客ツールKARTEの「プレイド」も今はGINZA SIXに移転したが創業の地は五反田。また、小さな子どもがいる家庭ならTOCの「アカチャンホンポ」に行くこともあるだろう。そんなわけで五反田=夜ではなく、昼もビジネスやファミリーで訪れることが増えている街なのだ。
では、昼の五反田を楽しむなら。駅前の「トゥジュール デビュテ」の深煎りコーヒーをゆったりと味わうのもいい。コーヒー好きなら知らない人はいない名店。難儀で重たい案件を抱えた時、キャパオーバーの案件量を抱えた時、一人で一瞬現実逃避して気持ちを落ち着けたい時にピッタリだ。
西口の「ビアンコ」もゆったり落ち着けるいい店だ。あるいは、東口の歓楽街を抜けた先の「プランタン」でドカ食いしてストレス発散してもいい。あまりに年季が入りすぎていて、申し訳ないけれど営業中かどうかが初見ではわかりにくい。が、ピラフ、オムライス、スパゲッティ(無論パスタではない)など、喫茶店のオーセンティックなメニューをフルラインナップしている王道の喫茶店。無性にナポリタンが食べたい!大食い男性ならそんな時があるはず。ぜひ足を運んでもらえればと思う。
そうは言っても、平日の真っ昼間は時間がない。そんな時は高架下。立ち喰いうどんの日本一として名高い「おにやんま」。または、煮干し中華そばの「きみはん」。僕は中華そばが好き。そして煮干しラーメンも好き。「凪」のような濃ゆい煮干しラーメンも好きだけど、きみはんのそれは煮干し独特の香りとコクをきっちりと残しながら、えぐみやしつこさはない。初めて食べたのは、肉を喰って、都々井で寿司を喰って、都々井の上階で酒を呑んで歌った後の深夜。そんな状態でもサラリと食道を流れて胃腸にストンと落ちてくれた。そして翌朝ももたれることなくスッキリしていた。そこから夜はもちろん、昼も立ち寄っている。
その時に肉を喰った店は、「とり口」。中目黒の鳥よしで研鑽を積まれた大将が手掛ける焼き鳥は絶品だ。おまかせで5800円(3800円もあるらしいが)というのは安定感・安心感が高い。とり口は、恵比寿の巻でも紹介したそれがしグループの店。味、価格、接客……客側が当たり前と思っていることは当たり前以上にありながら、清潔感やホスピタリティが極上。口うるさい姑がごとく店内隅々を小指でなぞっても、おそらくは埃ひとつ見つけられないんじゃないかと思わせるレベルで行き届いている。
それがしは五反田で他にも「和牛それがし」「鳥料理それがし」などいくつか店舗展開していてどれも間違いないのだけれど、オーナーがずっと焼き鳥をやりたくてようやく始めたのがこのとり口だと言う。酒も肉もその取り合わせも絶妙だし、前菜や箸休めやラストの甘味もすべてに技とこだわりが垣間見えて秀逸。気取らず砕けずの良い塩梅の空気感。だから五反田の夜となるといつも決まって足を運んでしまう場所だ。
「聖」と「性」、一見相反するものが呉越同舟する五反田。高台と谷、昼と夜、場所やシーンによって様々な角度から「生」を存分に実感できる楽しみ方ができるのが五反田のいいところ。顕在化している大望や願望も、潜在的に抱える情欲をも満たしてくれそうな気がする街だ。
池田山公園
住所|東京都品川区東五反田5-4-35
TEL|03-3447-4676

都々井
住所|東京都品川区西五反田1-9-3 リバーライトビル
TEL|03-6417-3564

プランタン
住所|東京都品川区東五反田1-24-1
TEL|03-3449-6645

きみはん
住所|東京都品川区東五反田2-1-1
TEL|03-3491-2005

とり口
住所|東京都品川区西五反田2-28-10
TEL|050-5595-4868
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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