新連載|Bar OPENERS 第1回 「辛口のバーボンには、スイートなデューク・エリントンを」
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2015年10月6日

新連載|Bar OPENERS 第1回 「辛口のバーボンには、スイートなデューク・エリントンを」

新連載|Bar OPENERS

「辛口のバーボンには、スイートなデューク・エリントンを」(1)

ここは、ウェブ上にのみ存在する、架空のバー「Bar OPENERS」。酒と音楽、そしてバーという空間を楽しむ大人がくつろぎを得られる稀有な場所。その店主を務めるのは実際に自身でバーを経営する小林弘行。OPENERS的な肩肘の張らない、バーの楽しみ方と、今宵使えるウイットに富んだ酒と音楽にまつわるうんちくを連載でお届けする。

Text by KOBAYASHI HiroyukiPhotographs by ITO Yuji (OPENERS)

酒と音楽、そのふたつの要素が交わる場所

はじめまして。このたび「Bar OPENERS」の店主を務めることになった、小林と申します。

最初に申し上げておきますが、僕は酒が嫌いでした。別に両親が酒乱だったとか、バーテンダーに大切な恋人を奪われた、といったトラウマがあるわけではありません。単純に酒というものの味覚が苦手だったのです。そのくせ、当時の僕はただ女性に恰好良く見られたいがためだけに、不純に酒を飲んでいました(のちに勘違いと判明するのですが)。

しかし年若き男性という生き物は、おおかた、そんなものではないでしょうか。いま振り返って、なぜ酒を好きになったのかを考えてみると、バーテンダーを目指したのがすべてのきっかけ、のような気がします。とはいえ、酒というものは、すぐに好きになれるものでありません。

Bar OPENERS-あなたと夜と音楽に、乾杯

経済的にも経験値においても、大人にならなければ本当の意味で酒なんてものはわからない、と僕は思っています。確かに若いころから年上の気前のいい紳士、もしくは妖艶にして、怪しげで甘い香りの女性に可愛がられれば高い酒を体力に任せて飲むこともあるでしょう。でもそれは飲んではいるものの、わかっているとはいえません。酒は身銭を切っていろいろな経験をしなければ、要するに大人にならなければ理解しうることのできない世界なのではないでしょうか。

だからといって、いつまでも草食系でなんの夢を見ることもなく、若いころから酒を避けていたのでは、おいしく飲める段階へと足を踏み込むことはできません。人生、なんのためにもならないような経験が、大事なところで役に立つこともあります。だから酒に限らず、なにごとも経験というものは大切にすべきだと、僕は日々のフルーツをカットするかのように、胸に刻んでいます。

僕が夜の世界の住人として生きていこうと思った理由のひとつの要因は、音楽、特にジャズです。お店で誰にも気づかれないように、酒に合う音楽をあててマリアージュさせては、胸に訪れるちいさな喜びを噛みしめています。まだまだ浅い知識ではありますが、酒と音楽が気持ちよくフィットした際には、こっそりカウンターの下で小さくガッツポーズ、とまではいきませんが、心のなかでほくそえんでいることは間違いありません。

甘くて辛い、人生のごときマリアージュ

新連載|Bar OPENERS

「辛口のバーボンには、スイートなデューク・エリントンを」(2)

ところで、今夜はどんなマリアージュにしましょうか

それには、みなさまのバーにおける酒のイメージをおうかがいしなくてはなりません。

やはりウイスキー。タフで男らしいバーボンでしょうか? とはいうものの、バーボンというスペルは、ブルボンとも読めますよね? それを不思議に思ったことはありませんでしたか? 僕は以前より、不思議に思っていました。アメリカの田舎の酒である、バーボンと優雅なフランスのブルボン王朝。そのふたつの関係が、実はありありなんです。ですが、これはまた後日説明するとしましょう。

Bar OPENERS-あなたと夜と音楽に、乾杯

そんなわけで今夜、おすすめする一杯は「114オールドグランダッド」です。簡潔に言いますと、男の酒です(でもそんな男の酒を女性が飲んでいたりすると、僕はうっとりしてしまうのですが)。

この「114」とはアメリカンプルーフなので日本のアルコールにすると2分の1で57%という数値になります。ちょっと強いですが酒質がしっかりしているのでとてもバランスがいい。しかも語呂が「114(いいよ)」となっているあたりが、日なたのような笑顔で孫の言うこと全肯定してくれるおじいちゃんのようで、とても良い。

そんなバーボンに合わせるのはジャズ界のグランダッド、デューク・エリントンです。この人のカリスマ性には母性すら感じます。まぁ、この偉人、おそらくはジェンダーレスな感覚のもち主だと思われるのですが……。

その一杯に合わせて、今回ご紹介するアルバムはエリザベス女王に捧げた『女王組曲』です。作曲家にして奇才の持ち主であるオリヴィエ・メシアンよろしく、自然や鳥のさえずりからインスピレーションを受けた曲の数々が「114オールドグランダッド」のシャープさをおおらかに包み込んでくれるため、実にすばらしい相性を見せてくれるのです。

今回登場した「114オールドグランダット」とデューク・エリントン。このふたりのおじいちゃんに思いをはせ、辛さのあとに訪れる、チョコレートのような優しさを楽しむも良し、遠き日のおじいちゃんとの思い出を琥珀色の水面に映し、ノスタルジックに一杯やるのもまた良し。甘くて辛い、人生のごときマリアージュをぜひお試しください。

あなたと夜と音楽に、乾杯。

           
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