連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「恵比寿編」
LOUNGE / EAT
2019年8月30日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「恵比寿編」

第10回「新古が混在し、味わい深さが宿る大人の街・恵比寿」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第10回は、充実したグルメや感度の高いファッションスポットが数多く立ち並ぶ恵比寿をナビゲート。ただの“オシャレな大人の街”だけでない、その魅力を探る。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

チグハグな印象が街に深みを与える

御三家、三巨頭、三強。一般的に「3」で括られることは何かと多い。けれど「3」で括られても、実態は2強+1、あるいは1強+2なことは往々にしてある。中学男子校御三家の「開成・麻布・武蔵」は武蔵が遅れを取っていると言われているし、競馬の平成三強「ビワハヤヒデ・ウイニングチケット・ナリタタイシン」もクラシック三冠は分けあったが古馬以降はビワハヤヒデの強さが際立っていた。
毎年発表される「SUUMO住みたい街ランキング関東版(株式会社リクルート住まいカンパニー)」も、2015年以降三強の様相を示している。横浜、吉祥寺、そして恵比寿である。ただ、これも実質は恵比寿の1強ではないかと思っている。アンケート様式について詳しくは知らないけれど、横浜や吉祥寺には純然たる「住みたい」という願望だけではなく、地価や賃料や物価相場を踏まえた「現実的に住めるかどうか」という算用が隠然と含まれていると推察している。
恵比寿がなぜ人気なのかは散々語られているが、治安・アクセスともに申し分ない上に、“オシャレな大人の街”であるというのが理由らしい。1994年に恵比寿ガーデンプレイスが開業して以降、恵比寿はそういう位置づけになった。
その象徴的存在の「タイユバン・ロブション(現在のジョエル・ロブション)」は日本フレンチの最高峰として君臨し、クリスマスシーズンにはバカラのシャンデリアに色めきたつ。ボクも子どもの頃に母との用事で恵比寿にいった時は、ガーデンプレイスB1Fにあった「パパスカフェ※現在は閉店」でお茶をするのが楽しみだった。
最近はガーデンプレイス内の「Longrain」が東京の夜景を眼下にモダンタイ料理が楽しめると話題になった。
ただ、ボクの恵比寿の入口は、“オシャレな大人の街”ではなく“ラーメンの街”だった。
1990年代後半、恵比寿は紛れもなくラーメンの街だった。「恵比寿ラーメン※現在は閉店」「らーめん香月※現在は移転」「九十九ラーメン」はラーメンブームの先駆けだった。当時、ラーメンと言えばメンマが乗った醤油味、町中華スタイルのラーメンの方がまだ主流。並木橋の山頭火はまだなく、AFURIは生まれてもいない。
恵比寿ラーメンは食べる機会がないまま閉店してしまったけれど、九十九の元祖マルキュー味噌チーズラーメンは斬新だったし、来日したハリウッドスターがリムジンで夜中に香月に行ったことが話題になったこともあった。ボクも香月の背脂チャッチャ系に切り昆布をトッピングするのは好きだった。
しかし、ボクが恵比寿で一番通ったラーメン屋は間違いなく「ちょろり」である。今はランチ利用が多いけれど、デビューは深夜だった。
二十歳そこそこの頃。当時、恵比寿郵便局からガーデンプレイスに向かう坂の途中に「FAB※現在は閉店」というBARがあった。それこそ“オシャレな大人の街”に相応しいBARだった。それまでは翌日、頭がガンガンする安い居酒屋の酒しか知らなかったボクに、悪酔いしない美味しい本物の酒を教えてくれたのが、この店だった。
大して飲めないくせに居心地が良いから朝までいて、陽が差し始めるような時間に出て、帰る前に寄ったのがすぐ近くにあるちょろりだった。飲んだ後の〆に間違いない、香ばしく揚げたネギが散りばめられたあっさりした醤油ラーメンに、仔袋と腸詰をつまむ。美味しいお酒を教えてくれたのも、美味しいお酒を飲んだ後の美味しいラーメンを教えてくれたのも、ボクには恵比寿だった。
そして、FABでその美味しい酒を作ってくれていた先輩が数年前に恵比寿に出した店が、「恵比寿それがし」。日本酒と和食の店の日常使いできる店だ。
そもそも美味しい酒を作ることを生業としていた人が始めているから、酒に対する真摯なこだわりはわざわざ語る必要もなく、日本酒のセレクトとそれにあわせる肴はセンスの塊。
ボクが大好きな春菊サラダやメンチカツは一見シンプルだけれど、手をかけないシンプルとは違って、細やかに趣向を凝らしながら無駄をそぎ落とした完成品たるシンプル。季節で変わる土鍋炊き込みご飯には毎度舌鼓を打ち、お通しのしじみ汁にも最後のセロリシャーベットにもハッとさせられる。
さらに、それがしの神髄はそのホスピタリティにある。席に座って渡されるおしぼりや、お手洗いに行った時にそれがわかる。痒いところに手が届くとはまさにこのこと。三ツ星店のようなサービスが日常使いのこの店で触れられて居心地が良い。日本酒に日本食、そして日本のおもてなしという日本文化が随所に詰まっている。
さて、恵比寿には昔「エビスグランドボウル」というボウリング場があった。最上階はバッティングセンターだった。今時のハイテクな3D映像マシンから投げ込まれるそれではなく、無機質にボールが飛んでくるレトロなものだった。都心のど真ん中の駅近でボウリングもバッティングもできる場所は希少で、よく通った。今はなくなり、「SHAKE SHACK」が1Fに入るアトレ西館になっている。
エビスグランドボウルはなくなってしまったけれど、恵比寿にはクラシックなエリアが多い。西口には60年の歴史を誇る恵比寿西口駅前商店街「えびすストア」、大盛が爆盛の定食屋「めし処こづち」、東口にはイタリアの裏路地の食堂を思わせる駒沢通りの「コルシカ」、恵比寿なのか銀座なのかわからないドラマのロケ地で有名な喫茶店「喫茶銀座」。
その喫茶銀座の裏側は、“オシャレな大人の街”に似つかわしくない“オトナのエリア”がある。そこに煌々と光り輝くネパール料理店「クンビラ」が面白い。
1978年創業の日本初のネパール料理専門店は、エキゾチック空間と謳うだけあって異質な存在感を放っているけれど、存在感があるのは料理も同様。医食同源がコンセプトのここは、すべて無添加で手作り。

野菜たっぷりで、ヒマラヤから仕入れるスパイスや薬草もふんだんに使っていて、スパイシーなのにとてもやさしい。鶏一羽を丸ごと使って何時間も煮込むという名物のヒマラヤ鍋まで平らげて、〆に雑炊まで頂くと、もうお腹はパンパン。けれど不思議ともたれない。それでいてリーズナブル。

オトコが仲間と「今度ネパール料理行こうぜ」とはなりにくいけれど、食べ終わった後の満足感と翌日の爽快感は、一夜限りの刹那的充足感とはまた違った喜びを味わわせてくれるから、面白い。
ボクは、恵比寿を“オシャレな大人の街”と括られることになんとも言えない違和感と抵抗感がある。

原宿なら“若者の街”、新橋なら“サラリーマンの街”、新宿なら“眠らない街”、深く考えれば雑だけれど違和感は少ない。ただ恵比寿のそれは違う。

ヒルズやミッドタウンが都内に立ち並ぶ今となってはガーデンプレイスも最先端の流行スポットではなくなり、それらの先駆者的立ち位置としていい味わいを出し始めているし、街の隅々にも歴史が隠されたエリアやスポットも点在している。恵比寿の魅力は一言では形容できない、新しさと古さが交わらないチグハグな深みにあると思う。
香湯ラーメン ちょろり 恵比寿店
住所:    東京都渋谷区恵比寿4-22-11
TEL:    03-3444-7387
営業:    11:00~翌3:20 日曜定休
恵比寿それがし
住所:    東京都渋谷区恵比寿西2-3-11 1F
TEL:    03-6416-3981
営業:    月~土17:00~24:00 
日・祝 15:00~23:00 年末年始休み
クンビラ
住所:    東京都渋谷区恵比寿南1-9-11
TEL:    050-5571-1714
営業:    平日   11:30~14:30 & 17:00~22:30(LO)
 土日祝 11:30~22:30(LO)

伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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