連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「中目黒編」

ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ

LOUNGE / EAT
2020年1月9日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「中目黒編」

第16回「百人百様の付き合い方ができる街・中目黒」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第16回は、2000年代の再開発で劇的に生まれ変わった中目黒を紹介する。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

街が生まれ変われば、楽しみ方も変わる

中目黒は、ここ10年で大きく変わった。「いや、渋谷ストリームやスクランブルスクエアができた渋谷の方が様変わりしただろう」という人もいるかもしれないが、そうではなくて中身の話である。容姿外観だけで言えば、中目黒は東横線高架下が一新された程度だから全体としてそれほど変わったようには見えないけれど、その中身、中目黒にある店やいる人は昔の雰囲気とは違う。大きな要因のひとつとしてよく言われるのは、2008年に開通した副都心線の影響である。
副都心線が開通される前の中目黒は、桜木町を終点とする東横線と北千住を終点とする日比谷線が直通運転するハブステーションとしての機能があった。今は副都心線が東横線と直通運転をするようになって、横浜の元町・中華街から渋谷を抜けて副都心線の終着駅である埼玉県の和光市、さらには東武東上線となって川越市、その先の森林公園駅まで一気通貫した。神奈川県横浜市の元町・中華街~埼玉県比企郡の森林公園まで距離にして88.6㎞、元町・中華街~北千住までが43.9㎞だから、ほぼ倍。43.9㎞区域の人に加えて、88.6㎞区域の人たちにとっても中目黒は至便な場所になった。

これを機に中目黒は変貌を遂げていった。その最たる例が、お花見シーズンになると毎年賑わう目黒川だろう。

目黒川の桜は昔から変わらず素晴らしいのである。ただ私の記憶では、10年前はお花見と言えば上野公園。目黒川はむしろ穴場だった。

ゴザを敷いて場所取りをして、時に気合の入った鍋を囲いながら酒を酌み交わす上野公園がその象徴的存在だったが、今や左手に苺の入ったピンクのスパークリング・右手にスマホでセルフィ―しながら闊歩する目黒川が、上野に取って代わる存在となった。
その流れに追随するかのように、高架下も耐震補強工事を契機に2016年に一新、再生された。元々は新橋~有楽町間の高架下に近しい匂いを放つ、味のある飲食店が軒を連ねる場所だった。一番奥(祐天寺側)にあったもつ鍋の「鳥小屋」をはじめ、ホルモン焼き、ジンギスカン、豚テキ、鉄板焼き、ケーキ屋……鳥小屋以外の店の名前が思い出せないけれど、21世紀になったばかりの頃は相当な頻度で行った。
まだ「蟻月」もない当時のもつ鍋と言えば鳥小屋、また中目黒が発端となってジンギスカンがブームになったこともあった。とにかくいろんな店が狭い高架下に蝟集して、どこのお店もトイレの清潔感は疑問符付きだったけれど、それも含めてあり余る昭和情緒があった。頭上の線路を走る電車の音が何よりの食事のスパイスにもなった。今は書店、カフェ、小洒落た居酒屋、昨日どこか別の街でも見たような店ばかりが立ち並ぶ、個性のない場所になってしまった。
とはいえ、もちろん、昔から変わらない店はある。目黒川の向こう(代官山側)、当時の店内BGMは80年代JPOP、チェッカーズやおニャン子、聖子や明菜だったけれど、今は槇原敬之やジュディマリ、ブリグリなど90年代JPOP。完全に我々アラフォー世代がターゲティングされている。ぎゅうぎゅうに詰まったシャリに大ぶりのネタを乗せた愛らしい握り、「いろは寿司」のことである。お手頃なランチもいいし、夜メシを食べた後の〆に寄ってもいい。今も昔と変わらない空気で包んでくれる、拠り所だ。

夜メシ後の〆と言えば寿司かラーメン。ラーメンなら駒沢通りの歩道橋の下にある「宝来」だろう。どうにもこうにもわかりやすい赤暖簾と赤看板と赤提灯が迎えてくれる。
ここは熱々のもやしそばが人気らしいが私は五目そば、あるいは五目かた焼きそば。その味や食感を形容する様々な陳腐な表現は置いといて、「間違いない」の一言で十分伝わると思う。閉店時間が確か22:00頃とやや早めなので、2軒目で行く場合は注意が必要だ。

高架下が変わって以降、私の中目黒の主戦場は線路の反対側(駒沢通り側)の目黒銀座になった。目黒銀座には、店主の個性が滲み出る町寿司や書店、昔ながらのスポーツ用品店、ほっこりするビストロまで揃っている。

中でも、通りの中腹からやや祐天寺寄りにある「TATSUMI」は、モツ(内臓)好きなら知らない人はいない2011年スタートの名店。
内臓料理はフレンチの世界ではアバ(abats)料理と言うらしく、アバ料理自体は珍しいものではないけれど、これほどまでに多彩にアレンジして提供してくれる店は珍しい。大きな黒板にずらりと並ぶメニューから、食べたいものすべてはとても選びきれない。無類のモツ好きの私はもちろん、そうでなくてもこれだけラインナップされると目移りしてしまうだろう。私が毎回頂くのは、豚のセルベル(脳みそ)。パリパリのパイ生地に包まれた濃厚にとろける脳みそは、やっぱり美味いのである。お酒が進んじゃう。煙もくもくのホルモン焼きや焼きとんもいいけれど、こうした内臓の楽しみ方もいいものである。

それともうひとつ。目黒銀座を抜けて少し脇の地下にある「ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ」、こちらもジビエ好きなら知らない人はいない名店。前身のお店が2004年に開業し、2009年に現在の名に変更したらしい。ジビエはフランス語で天然野生鳥獣の食肉の意。ヨーロッパでは貴族の伝統料理として発展し、日本でも古くは自然からの貴重なタンパク源であり薬肉として頂くジビエの食文化は根付いていた。
ブッパの圧巻たるや、壁一面を占める熟成庫。鹿や雉、猪、鴨など様々な肉がドライエイジングされて食べ頃のものを、その凝縮された滋味深い味わいが最も堪能できる方法で調理し、選りすぐりのワインとあわせて提供してくれる。中でも炭火焼きは絶品。冬になったから早速お邪魔して先日頂いた、網獲りの青首鴨も悶絶。自然の力できちんと生き抜いたものを丁寧に供養してすべての部位を余すことなく頂く命もあれば、家も餌も人の都合で作られた環境の中で生かされて機械的に処理されて頂く命もある。すべての命に感謝しながらパワフルな自然の恵みを頂く。広大な山野を駆け巡って育った生命力溢れる肉のうまみは豪快で繊細。冬の最高のご馳走である。
古くからの街並みが一掃され、それに伴い文化的余香もほとんどなくなりつつあるのは寂しいけれど、数少なくなった昔からの変わらない居場所を愛し続ける人もいれば、変化して躍進する一面を楽しむ人もいて、あるいは新しい文化を作っていきそうな場所に寄り添う人もいる。街が生まれ変われば、私たちの楽しみ方も変わる。百人百様の付き合い方があるのが、中目黒だろう。
いろは寿司 中目黒目黒川沿い店
住所|東京都目黒区上目黒1-5-13
TEL|03-5722-3560
営業|11:30~14:00/17:00~翌5:00

宝来
住所|東京都目黒区中目黒1-4-18
TEL|03-3791-7057
営業|月~土 11:30~14:30/17:00~22:30(L.O.21:30)
日 11:30~21:00
水曜・祝日定休

TATSUMI
住所|東京都目黒区上目黒2-42-12 スカイヒルズ中目黒1F
TEL|050-5263-6566(予約専用)
営業|平日・土・祝 18:00~00:00 (L.O.23:30)
日曜・第三月曜定休

ラ・ブーシェリー・デュ・ブッパ
住所|東京都目黒区祐天寺1-1-1 リベルタ祐天寺B1
TEL|03-3793-9090
営業|火~土 18:00~02:00(L.O.01:00)
日18:00~24:00(L.O.23:00)
月曜定休・月一で不定休あり
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
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