連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「池袋編」

ランチハウス ミトヤ

LOUNGE / EAT
2020年3月1日

連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「池袋編」

第18回「 人間の様々な欲求が放たれ、充満し、渦巻く街・池袋」

ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」のボードメンバーの伊地知泰威氏の連載では、究極に健康なサンシャインジュースと対極にある、街の様々な人間臭いコンテンツを掘り起こしては、その歴史、変遷、風習、文化を探る。第18回は、東京の3大副都心と位置づけられる池袋の楽しみ方について。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

その時の気分でいかようにでも楽しめる魅力的な街

渋谷・新宿と並び東京の三大副都心の池袋。官公庁や銀行、企業などの機能を持つ丸の内・日本橋・六本木などの都心部内域と郊外の接点として、百貨店や商店街あるいは歓楽街を擁して発展してきた街である。

池袋駅は、年間延べ約10億人が利用する巨大ターミナルステーションで、JR東日本の駅別乗車人数は2018年度では2位(新宿が1位)。しかし、6位の渋谷に大きく差をつけていながら、その世間的イメージはどうも他に比べて「地味」と言える。

何かにつけて「池袋は埼玉の領土」と揶揄されているように、従来からの東武線・西武線に副都心線も加わって埼玉の玄関口としての機能が強固になったためか、「東京感」が薄い点が大きいだろう。
また新宿や渋谷は新陳代謝が激しいのに対し、池袋は1978年のサンシャインシティ開業以降に大きな変化がないことも理由にあると思う。しかし、私はそれこそが池袋の魅力だと思っている。

池袋は、東口・西口・北口の3つの玄関口から構成されるが、どこもそれぞれ昔ながらの雑多で猥雑な空気を持つ一角を残しながら、全体としてはそれぞれ違った個性も持つ。どこで遊ぶかはその日その時の気分と相手で、いかようにでも楽しめるのが最大の魅力である。
渋谷がハチ公なら、池袋はいけふくろう。いけふくろうが東口にいるということは池袋の中心は東口なのか。

いずれにしても池袋の中で最も万人に対応できるエリアはこの東口だろう。西武とパルコが存在感を放ち、ビックカメラに東急ハンズに、何よりサンシャインシティがある。ファミリーやカップルにも支持されるエリアである。
そんな東口に用事があるときに寄りたいのが、「ジュンク堂書店」。旭屋、三省堂、芳林堂、リブロ……以前は「書店の街」と呼ばれていた池袋。その多くは撤退・閉店してしまったが、日本随一約2,000坪の売り場面積と圧倒的なラインナップを誇るジュンク堂書店は、今もなお元気。圧倒的なラインナップと活況感溢れる店内は、いつもワクワクする。
さらに、ジュンク堂書店の脇道を入ったところにある焼きとん「みつぼ」は私の焼きとん史の始祖的存在。「ジュンク堂書店→みつぼ」は私の池袋シルクロードと言える。
東口と言えば、目の前に1920年(大正9年)創業の老舗洋菓子店「タカセ」を知っておくと便利。最初はあんパンの店としてスタートし、昭和初期に爆発的ヒットを生んで名を馳せた。尾崎豊が好んで通ったというのが有名な、巣鴨や板橋にも店舗を構える東京北部では相当知られた洋菓子店である。

1Fはベーカリー、3Fはレストラン、9Fはコーヒーラウンジ、私が好んで行くのは2F喫茶室である。駅前でありながら自社ビルならではのゆったりした店内。ここでは年配の男たちが商談を交わしている。優雅で、しかし貪欲でオフェンシブな昭和の男臭さを感じる。仕事の合間に息抜きしながらも、いい具合に緊張感を保てるのが好きな場所だ。
祖母が約50年間池袋西口に住んでいた私にとって、西口は池袋で最も馴染み深いエリアである。約20年前に大人気ドラマの舞台となったから、その世代に人たちにとっても池袋と言えば西口が第一想起かもしれない。西口公園をはじめ東武や丸井がシンボリックな存在だが、「東京芸術劇場」、1921年にフランク・ロイド・ライトの設計で建てられた重要文化財「自由学園明日館」もあるから、実は池袋ではもっとも文化的な匂いを残すエリアとも言える。
そして、何と言っても西口は「立教大学」のお膝元。

駅から大学に抜ける西口グルメ通りにはパチンコ店やガールズバーなどが並び、昼間に通るとたむろするカラスたちに出くわすものの、来店意欲をそそられる店は多い。
焙煎所が直営している「ドリームコーヒー」、深い味わいのコーヒーと軽食が楽しめる地下に潜む喫茶店「本格珈琲 昭和(※現在休業中)」、ボリュームたっぷりの定食屋「キッチンABC(※東口にもあり)」、学生だけではなく大人にも嬉しい手ごろな店が多彩に揃っている。
「ランチハウス ミトヤ」もそのひとつ。入口には、定食屋のマーチャンダイジングに欠かせないサンプルショーケースに魅力的なメニューが陳列され、店内に壁貼りされているメニューも圧巻。

このアプローチ手法からして、炭水化物を過剰摂取してしまいそうながっつりボリューミーで味濃いめの定食が出てきそうなことは、容易に推察できる。
そしてその期待値に違わず、いや、期待値以上にボリューミーな定食がサービスされる。食べ方とかお行儀とかそうしたものは気にせずに、かっ込みたくなるガテン系定食。糖質カットとか炭水化物ダイエットとか高血圧とかそうした言葉など気にも留めなかった若かりし頃を思い出させる、何とも言えぬ満足感。喰ってパワーをつけるとはまさにこのことであろう。
北口は100%歓楽街、かと思いきや実はチャイナタウンの側面も持つ。チャイナタウンと言っても楼門もなければ観光的要素もない。メニューに昆虫がラインナップしている中華料理店や食材店や雑貨店などが点在し、その数は全部で約200店舗。そのチャイナタウンに隣接するように風俗店が集まる雑居ビルやラブホテルが立ち並び、昼間からパトカーが巡回している。ここは人間の本能に塗れたエリアである。
そんな北口の世界観を示唆するように、駅前には「カフェド巴里」「伯爵」といった艶やかな老舗の喫茶店がある。煌びやかなシャンデリア、ステンドグラス、原色の生花、眩い水槽、蝶ネクタイのスタッフが店内を彩り、打ち合わせにもノマドにも男女の密談にも困らない。
北口でクイックに食事をするなら「新珍味」は面白い。1952年(昭和27年)から池袋で続くこの店は、ググれば色々な歴史的・政治的背景が隠されていそうなことが窺える。そんな物語はさておいても、ここのターローメンは北口を回遊する前に精を付けるには丁度いい。

酸辣湯麺のような酸味と辛味、そこにニンニクが相容れた独特の餡ラーメン。餡かけではなくスープがすべて餡の餡ラーメンだ。ニンニクが力を付けてくれるのか、カウンターに山盛りに置かれた魔法の白い粉が力の源なのか定かではないが、いずれにしても疲れた体に即効性で効き目を感じるスタミナ補給食であることは間違いない。
北口のテッパンは1956年(昭和31年)創業の焼きとん「三福」。駅から10秒で傘いらず。15:00オープン。日曜営業。1Fカウンター、2Fテーブル。
焼きとん以外に刺身や旬菜、果てはアヒージョにグラタンなどサイドメニューも豊富。

一人でも二人でもファミリーでも、もはや遅めランチにも対応できるから、行かない理由を見つけるのが難しいくらいウェルカムされている酒場である。

金串に刺さった焼きとんは妙味。中でも限定のタタキナンコツのうま味にはやみつき。塩ベースの淡く深いもつ煮込みも逸品。それを酎ハイで流し込む。

家で真似したいと作り方を聞けば教えてくれるスタッフの温かい人柄も染みいり、ここでの時間は福々しいものとなる。
東口・西口・北口と三つの顔を持つ池袋。どの玄関口も食うに困らず飲むに困らず。各々そこはかとなく文化的な匂いをさせながら、雑多で猥雑。学びの欲求、食の欲求、色の欲求……人間の内に秘めた様々な欲求が外に放たれ、それらが充満し、いまだに渦巻いている。池袋の魅力はそんな欲求の渦にあると感じる。
タカセ(喫茶室)
住所|東京都豊島区東池袋1-1-4 タカセセントラルビル2F
TEL|03-3971-0211

ランチハウス ミトヤ
住所|東京都豊島区西池袋3-30-10 久保ビル1F
TEL|03-5953-5788

新珍味
住所|東京都豊島区西池袋1-23-4
TEL|03-3985-0734

三福
住所|東京都豊島区西池袋1-27-1
TEL|03-3971-1773
伊地知泰威|IJICHI Yasutake
株式会社サンシャインジュース 取締役副社長 1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に従事。その後PR会社に転籍し、PR領域からのマーケティング・コミュニケーション・ブランディングのプランニングと実施マネージメントに従事。30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」を立ち上げ、現職。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman
                      
Photo Gallery