Chapter 6 クリュッグ|驚きに満ちたシャンパーニュ
KRUG|クリュッグ
驚きに満ちたシャンパーニュ
これは香水? テーブルに置かれたグラスにクリュッグ グランド・キュヴェが注がれると、まず、花束のような芳しい香りに、そして、グラスの底から立ちのぼるダイヤモンドダストのような繊細な泡にはっとする。鼻をかすめたはずの香りは、口にふくんだときには爆発し、つぎつぎと驚きがやってくる。クリュッグを飲めば、これが、シャンパーニュ以外の何ものでもないのに、明らかにちがう特別な存在感を放っていることに誰もが気づくのだ。
Photo&Cooperation by Kenichi SaitoEdit&Text by Yumiko Akita
一族の記憶で紡がれたスタイル
クリュッグの初代当主、ヨハン・ヨーゼフ・クリュッグ氏は、ヴィンテージの出来、不出来によるバラツキがないシャンパーニュを求め、1843年にクリュッグを創立した。まだ、ランスにはセラーがなく、この場所が畑だったころの話である。以降クリュッグのスタイルには、シャンパーニュであることを凌駕する特異性が生まれた。その特異性を守る理由のひとつが、クリュッグ家の人びとが記憶にとどめた「クリュッグらしさ」を頼りにつづけられてきたアッサンブラージュ(ブレンド)である。レシピはない。あるのは記憶された「クリュッグらしさ」のみ。そして、「クリュッグらしさ」がもっとも端的に表現されているのが、ノン・ヴィンテージのグランド・キュヴェである。
芸術的なアッサンブラージュ
アッサンブラージュは2月に1週間かけておこなう重要な作業だが、現在は、クリュッグの品質を記憶している家族から、5代目当主のアンリ氏、レミ氏、6代目当主のオリヴィエ氏の3人、シェフ・ド・カーヴ、3人のエノロジスト(醸造家)の計7人でおこなっている。アッサンブラージュにふさわしいワインは、10月の終わりから、一人ひとりが1000種類ほどを3カ月かけてブラインドテイスティングし、20点評価でクリュッグの品質に合わない10点以下は却下、ふるいにかけていく。このときに、何をグランド・キュヴェにするのか、今年はヴィンテージができそうかといったことも決められるのだ。
そうして、最高を極めた「クリュッグらしさ」のアッサンブラージュが完成すると、6年以上の瓶内熟成を経てグランド・キュヴェとして出荷される。グランド・キュヴェは、主体となるワインのほかに、6~10年の50種類以上のリザーヴワインを35~50%ほどアッサンブラージュしている。フレッシュでありながら複雑性も併せ持っているのはそのためだ。「グランド・キュヴェは、まるでブルゴーニュの古いグラン・クリュの白ワインを飲んでいるような深みがあります。開けたてよりも翌日の見事な風味や1週間経っても消えない泡。これがただの飲物ではないことがわかります」とワインジャーナリストの斉藤氏も語っている。
水平の複雑性、垂直の複雑性
クリュッグの複雑性を構成する要素には、水平と垂直、ふたつの大きな軸がある。区画とリザーヴワインのことだ。クリュッグでは250の小さな区画のぶどうを使用していて、そのうち40パーセントを占める自社畑以外は栽培農家から買い付けたものだが、重要なのは畑の格付けではなく、その区画にどんなクセや特徴があるのか、ということ。なぜなら、ピノ・ノワール、良年だけ使うピノ・ムニエ、シャルドネの、区画ごとにちがう個性を、まるでモザイクのように組み合わせることで、風味の複雑性を表現するからだ。まずこれが、水平の「複雑性」である。
もうひとつ、複雑性を表現しているのが、さまざまな年代のリザーヴワインのストックである。クリュッグでは、すべてのベースワインが木樽による一次発酵を経てゆっくりと還元的な酸化をさせることで、ワクチンを打ったみたいに、原酒そのものの抵抗力がつき、長期熟成に耐えられるのだという。樽発酵をさせるのは、赤白ワインのように樽の風味をつけるわけではないので新樽は使用しない。その後は区画ごとの鮮やかな個性をくすませないよう、風味をフレッシュに保つためにステンレスタンクで保存されている。これが垂直の「複雑性」を表現している。
縦の糸と緯の糸を織りなすように生まれたグランド・キュヴェの驚きもさることながら、良年だけつくられるヴィンテージ、単一年のシャルドネ100パーセントの単一畑クロ・デュ・メニル、単一年のピノ・ノワール100パーセントの単一畑クロ・ダンボネ……それぞれの特異性に打ちのめされてしまうにちがいない。大地の恵み、時の魔法、記憶の芸術。クリュッグは、うたかたの夢を教えてくれる、偉大な飲物である。
KRUG Grand Cuvée クリュッグ グランド・キュヴェ
ぶどう品種|定められていない
価格|2万3100円
花や果実の芳しい香りは言葉にならないほど複雑。口に含むとアロマが爆発、花、果実、ブリオッシュ、バター、クリームの香ばしさが次々と現れる。凛とした酸味、フレッシュさと熟成感、厚みがありながらエレガント。フィニッシュがびっくりするほど長く、余韻に残る優雅な甘さは絶妙。
取材協力|
Krug
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商品問い合わせ|
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