『ソーシャルメディアの夜明け』著者・平野友康氏インタビュー
『ソーシャルメディアの夜明け』著者・平野友康氏インタビュー(1)
「ビジネスとIT」ジャンルでAmazon 1位獲得
「ITといえど“ラブ度”なんですよ」
メディアクリエイターである平野友康氏は、2010年からTwitterやfacebook、Ustreamなどの「ソーシャルメディア」を駆使したメディアデザインを行う活動を展開している。そして昨年末には、『ソーシャルメディアの夜明け』という一冊の本を上梓するにいたった。ソーシャルメディアとはいったいなにか。その答えは、万人が解するだろう平易な内容で整えられたこの本を読めばわかる。そうではなく、平野氏がなぜそこまでソーシャルメディアに惚れ込んだのかを、訊きたかったのだ。
Text by KASE Tomoshige(OPENERS)Photographs by NISHIMURA Saiko(SELF:PSY'S)
それぞれの幸せがあるはず
この『ソーシャルメディアの夜明け』はたしかにITの本である。ソーシャルメディアを実践してきた著者によるビジネス書、という側面もある。しかし読んだ率直な感想は、「じつはエッセイに近い」というものであった。ソーシャルメディアに感動した著者が夢中になっていく──そのときどきの情景を訥々と綴っているからである。
──ITの本ですが、難解な専門用語はまったく出てきませんね。
なんというか……難しい本が嫌いなんです。難しいことをやさしく書こう、というよりは、難しい本はイヤだな、と思って書きました。勉強をいっぱいした人たちに僕なんかが勝てるわけない(笑)。だから思い切り主観的な、物語を感じる本にしたかったんです。
──なるほど、と言っていいんでしょうか(笑)。
学術的な研究成果や、資料に基づいた話題はいっさい扱っていません。そのかわりに、僕自身が身をもって体験したこと、気付いたことをできるだけ正直にわかりやすく書こうと。“分析”よりも、“気づき”をたくさん紹介したかったんです。自分の経験が読者の力になればと、書いているときにはそんなことばかり考えていました。
──文章自体がとても読みやすい。
いわゆる統計とか理論に基づいて分析された本っていうのは世の中にたくさん出ているし、わかりやすく整理して提示できる方々はいっぱいいます。でもそういう本ではカバーできないような、隙間というか、ソーシャルがなんとなくワクワクしちゃうその理由はなんなんだろうとか、そのあたりを伝えたかったんです。あとは、ソーシャルメディアってなんだかイケる!と思っているんだけど、なにがイケるのかじつは誰もわかっていない。この“イケる感”をちゃんと説明したいと考えたら、こういう文体、というかこういう雰囲気になっちゃっいました。
──そんな文章のなかにいくつか引っかかるキーワードが散りばめられていますね。とくに「ラブ度」という言葉が印象的でした。
よかった、ちゃんとキーワードに見えたんですね。「ラブ度」、すなわち愛着や信頼以外に、大事なものはないだろうという。最初はソーシャルメディア上のキーワードだと思っていたんですが……執筆の途中に震災があって、それによってまじめに生き方を考える人も多くなったせいか、結局、あらゆることに対して「ラブ度」なんだな、という思いは強くなっていきましたね。
──“とにかく利益”とは少し違う世界がある、という感じですね。
数や利益だけを追求するなんて、あまりにも品がないし、そんな世界はいつか結局破綻してしまうと思うんです。それよりも、少しでも “しっくりくる生き方”を探したり、大切にしている環境に身を置くほうがいいんじゃないかと。いままでの時代って、マスメディアに与えられた人生像とかイメージに毒され過ぎていたのかもなぁって。そんなことに気づくと幸せになれるかもしれない、という話なんです。
──もう少し具体的にお願いします。
もし自分が大会社の社長であったら、失業率の高さや雇用制度の変化は考えるべきだと思います。しかしそうでなければ、東京には東京の、海外には海外の、フリーランスにはフリーランスの、それぞれの幸せがあるはずなんです。つまり総体的な幸せを求めて疲弊するよりは、アイデアひとつでもうちょっと幸せな生き方ができるんじゃないかな、という思いが強くなって。そう考えた時に、ソーシャルメディアはこれから活躍できる場になるな、と。この先2、3年で、自分たちが食べていくには十分のフィールドに広がるんじゃないかと。
『ソーシャルメディアの夜明け』著者・平野友康氏インタビュー(2)
「ビジネスとIT」ジャンルでAmazon 1位獲得
「テクノロジーはろくでもない、と思っていた」
生き方まで変えてくれるもの
──ソーシャルメディアにしろSNSにしろ、まだまだ知らない人が多いように思います。
いまはソーシャルと言えば「ソーシャルゲーム」のほうがメジャーかも知れないですね。テレビCMもやっていますし。でも僕、ソーシャルゲームってどうしても好きになれない。なぜって、僕が思うソーシャル的なものって、もっとこうなんていうか、自分たちの幸せのためにコツコツと育むものだと思っているんです。ちょっと乱暴な言い方ではありますが、お金やゲームで得られるものじゃないっていうか。だから僕は今回の本やこうした記事をつうじて、なんとなくでも「あ、ソーシャルっていいかも」って思ってくれる人が増えればいいなって思ってるんです。
──ソーシャル的なものの対極ってなんですか?
マスメディア病というか、なにかと大きなところから考えたがるのが、対極かな。具体的に言えば、「まだまだ日本はダメだ」なんて言う人がいたとして、あなたは政治家かと(笑)。ソーシャルは小さく育むもの。ソーシャル的な考え方の場合は、批判するよりもまずは自分自身や、自分と繋がってる人たちとこれからの社会をどうしていきたいかって考える。その嘘のない気持ちから具体的な行動に移っていく。なかなか難しいんですけど、そっちのほうが幸せな生き方だと思ってます。
──全体ではなく、個々を考えた方が生理的に納得いきますね。
ソーシャルメディアを既存のメディアだと思わない方がいいです。Twitterやfacebookでも、使っていて一番グッとくる瞬間って、知り合いがなにかの決意をしていたりとか、なにかの言葉に心をつかまれたりした瞬間だと思うんです。なにもかも捨てたいと悲しみに暮れた時に、「どうしたの? 大丈夫?」と言ってくれる人がいたとか。そういうことがものすごく大事だと思うんですよね。そもそも「全体」なんてないんです。たとえば「ネットの意見」なんてものは存在しない。ネットの意見、テレビの意見、世論……すべて実態のないものばかり。飛躍した結論になっちゃうけど、結局、「いい友達作ろうよ」という当たり前のところに行き着くんです。
──「人間味のあるテクノロジー」という表現も面白いと思いました。
もともと演劇とか映画とか、そういうのをやりたかったので、テクノロジーに興味はなかったんです。ただ、せっかく生まれてきたなら、何か世の中を良くすることができたらいいなぁ、とは思っていて。
──ITで社会の役に立ちたい、ということですね。
テクノロジー系というのは、この仕事をしながらも、じつはろくでもないものだな、と思っていたんです(笑)。すぐなにかの中毒になっちゃうし、便利なようで不便だし。PCの前でみんなカチカチカチカチやってるわけじゃないですか。もっと言えば、二本の足で歩きもせずネットショッピングは便利すぎて消費中毒になっちゃうし……こりゃダメなんじゃないかと。
──終末感が漂ってますね(笑)。
もう、せっかく生まれてきたのにごめんなさいみたいな(笑)。ビルが乱立して、土もなく、これでは人類マズいなと。しかもこの状況を加速させるような仕事に就いているんだよな、って思うわけですよ。頭の片隅で、インターネットライブ? だからなんだ、ソフト製作? だからなんだ、と思っていたんです。心のどこかで。
──そんな状況でソーシャルメディアに出合ったんですね。
生き方まで変えてくれる──そんなことが星の数ほど生まれるメディアってのは、そうそうあるものではないです。本当に感動しました。つまり映画とか小説とか、演劇とかを超えるようなものが、“インフォメーションテクノロジー”で自分がこの先作れるんじゃないか、という可能性が見えてきた。こんな仕事をしながらも、いつかどこかでアナログに戻らなくちゃ、と思っていたので。まだITで進化していいんだ、まだやって大丈夫なんだと確信しました。それが、本当にうれしかった。
『ソーシャルメディアの夜明け』著者・平野友康氏インタビュー(3)
「ビジネスとIT」ジャンルでAmazon 1位獲得
「電子書籍がついて付いてたら、いいじゃないですか」
本の原稿をfacebookにアップ
──(経営する)デジタルステージの販売イベントで、全国に行かれていたそうですね。しかし実際に全国に行くよりも、Ustreamでイベントをやった方が、より多くの人と繋がることができた、という記述があります。まさにソーシャルメディアの面目躍如。
もうビジネス的に言うとそれがすべてですよね。ソーシャルメディアにおいて大事な側面が二つあって、それは生き様と、もうひとつはビジネスの話。たとえばこのインタビューをUstreamで……夜の9時くらいに、ちゃんと告知してから流すと、300~500人は聴いてくれるんですね。
──それって現実なら結構大きなホールですよね(笑)。
500人も入る市民ホール、ひと晩借りたらいくらかかるんだ、っていう。会場費、司会、受付、といろいろ考えなきゃいけなかったことと同じことが、ポン、とできちゃうわけですよね。これがどういうことか認識し、それぞれが自社の活動に置き換えることがビジネスチャンスだと思っています。講演会でも、なにかのワークショップをやるにしても、ものすごいチャンス。このインタビューをUstreamで流して、視聴しているユーザーのほとんどが、『ソーシャルメディアの夜明け』という本のことを知る、という状況がつくれる。世界中、どこにいても。
──ネタの訴求性がきわめて高い。
誰でもはじめられるメディアだからこそ、視聴者やファン候補の人たちと一緒に小さな種から育んでいくことができるんです。僕の本も「お前どこの社長なんだよ? なんで本を書いてるんだよ?」ってところからはじめて、それがもう、発売日決まるだけでおめでとう、おめでとうというメッセージが入るようになる。そもそも本を書いてることを知っている、というのが凄いですよね。だって今までは本が出てから、本を書いていたことを知るのが普通だったでしょう? それが今回は本が出る前に何千人もがそのことを知っている状況だった。それが本当に凄いです。
──さて製作過程で、常識外れ、掟破りがいろいろあったそうですね。
じつは書いている最中の原稿を、facebookにどんどん上げていたんです。そのうえで、こう変えたほうがいいのでは、とか、この部分わかりにくいな、っていう意見を誰もが言えるようにしたんです。表紙のデザインもどれがいいか訊いてみたり。そういうのも、「ラブ度」が高まりますよね──って言っちゃうといやらしくなるんだけど(笑)。
──ビジネスの部分の話ですから。
アンケートに投票したり、書き込んでくれた意見に僕が返事したりすると、おそらく“自分もかかわった本”みたいな気分になるのではないでしょうか。それならやっぱり買いますよね。「勝手に原稿出したらダメじゃない?」という人もいました。「平野さんは出版の常識を知らないかのもしれないけど、出版社から怒られそうですね」とか、丁寧なご心配のメールがきたり。
──Twitterユーザーには馴染みがありますが、#(ハッシュタグ)が表紙に印刷されていますね。
そうですね。つぶやくときは“#YOAKE”を付けていただくと。あとはこれです。電子書籍が2冊付いている(笑)。
──紙の書籍のオマケに、電子書籍のライセンスが2枚付いてくる、と。版元は泣きますね(笑)。
そういう無茶が出来るように、版元の会社を友人たちと立ち上げました。そうじゃなければきっとこんな企画できなかったでしょうね。そもそものことの起こりは、発売1カ月前にTwitterかfacebookで、「なんで電子書籍出さないの」と言われたのがきっかけで、「そうだよな……じゃあつけちゃえ!」みたいな。大損ですけど(笑)。製本に余計なコストがかかるうえに、電子書籍の売り上げはゼロになるわけですから(笑)。まあいろいろ大変だったんですけど、でもこのおかげで本を買った人には、2冊の電子書籍のライセンスが無料で付いてくる。じゃあ1冊は誰かにあげようという、お楽しみがあるんですよね。紙(の本)に電子書籍をつけるなんて、普通の出版社じゃいろいろ事情があって難しいだろうし。でもどうしてもいまの凝り固まったように見える出版界に、一石を投じたかったんです。せっかく本気で一冊の本を書いたからには、その出し方でも真剣勝負がしたかったんです。たかが本、されど本。だって、これって自分の分身なわけですから。
平野友康|HIRANO Tomoyasu
1974年、群馬県桐生市生まれ。95年、鴻上尚史主宰「劇団第三舞台」をプロデュースする、(株)サードステージのデジタル事業部を立ち上げる。97年4月から2年間、ニッポン放送「平野友康のオールナイトニッポン」でパーソナリティを務める。98年、(株)デジタルステージを設立し代表取締役に。同年国内初のVJ用ソフトウェア「motion dive」を開発する。その後も写真を映画のような映像にする「LiFE* with PhotoCinema」やFlashサイトが誰でもつくれる「ID for WebLiFE*」、総合的なHP制作ソリューション「BiND for WebLiFE*」などのソフトを発表しつづけ、数々のアワードを受賞する。2010年からは、ソーシャルメディアを駆使したメディアデザインにかかわる活動を展開。2011年1月、坂本龍一氏のピアノソロツアーを全世界に配信した「skmtsプロジェクト」は全世界で20万人が視聴、音楽ライブ中継のあらたなスタイルを築いた。同年12月には2枚の電子書籍を付録とした画期的な一冊、『ソーシャルメディアの夜明け』(メディアライフ)を上梓した。
デジタルステージ公式サイト
http://www.digitalstage.jp/
公式ツイッター
https://twitter.com/#!/dshirano/
『ソーシャルメディアの夜明け』
著者|平野友康
発行|メディアライフ
価格|1980円
http://www.digitalstage.jp/book/yoake/