祐真朋樹・編集大魔王対談|vol.15 篠山紀信さん、クリスチャン・ルブタンさん
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10年ほど前、パリのランカスターホテルのレストランでデヴィッド・リンチとクリスチャン・ルブタンがランチをしている光景を目撃した。僕がその時誰とランチに行ったかは憶えていない。ただただ二人が発する強いオーラとその取り合わせの妙に衝撃を受け、しばらくその光景が頭から離れなかった。数年後、デヴィッド・リンチが撮影したルブタンのイメージヴィジュアルが発表された。僕の脳裏には即、ランカスターホテルのランチの光景が蘇った。ルブタンのヒールは、いつ見ても惚れ惚れする。挑発的な形と色使いでありながら、身につけると女性の体に無理なく馴染むデザイン。その力はどこから生まれているのだろうか?ここ5年ほど、僕は篠山紀信さんと仕事をさせて頂く機会が増えた。巨匠からの誘いを受けるのはとても嬉しい。なんといっても巨匠はベリー・チャーミングな人だから、一緒にいて楽しいのである。そして、みなさんご存じの通り、写真が上手い……なんて、僕が言うのは僭越至極なのだが、素晴らしい作品が目の前で出来上がっていくライブ感が爽快そのものなのである。2015年の暮れから撮影を開始した、原美術館とのプロジェクト「快楽の館」も、巨匠にお声掛け頂いたもの。僕はいくつかのブランドの下着や靴を用意して撮影に挑んだ。でも撮影2日目を迎えると、「裸が一番いい。ただし靴だけは履かせたい。それもルブタンがいい」という思いが僕の中で膨らんできた。そして、「巨匠もきっとルブタンの靴以外はいらないんじゃないかと思っているに違いない」と感じ始めた。裸の女にルブタンの靴。このコンビネーションの魅力は、国を超え、世代を超えて、もしかして性別をも超えて、訴えてくるものなのかもしれない。「裸にルブタン」は、僕が考え得る最強のヌードタッグだ!そんな巨匠の最強のヌード写真が、歴史あるエレガントな美術館で展示される。この素晴らしい空間を、是非!ルブタン氏に見て欲しい。それも巨匠と一緒に。二人に何かを共有してもらえたら、これほど喜ばしいことはないではないか!と考え、この企画と相成った。(文/祐真朋樹)
Interview by SUKEZANE TomokiPhotographs by HATA Junji (Cyaan)Text by HATAKEYAMA Satoko
ヌードと靴の自然で美しい一体感
祐真朋樹・編集大魔王(以下、祐真) 今日はお忙しいお二人に貴重な時間を割いていただき、ありがとうございます。まずは、ルブタンさんに写真展についての感想をうかがえたらと思います。
クリスチャン・ルブタンさん(以下、ルブタン) この写真展が話題になっていることは耳にしていましたし、事前にいくつかの作品もインターネットなどで拝見していたので、ここにうかがえるのを楽しみにしていました。そして今日、実際に篠山先生の作品を目の前にして思ったのは、様々なサイズで作品が展示されていることでヌードの美しさがより際立っているということです。よく一緒に仕事をする写真家のヘルムート・ニュートンもヌードと靴を題材にしていますが、篠山先生は同じ題材でも全く違う視点で撮っているのだということも強く感じました。
さきほど館内を案内していただいた際にも解説していただきましたが、ヌードを撮る際の感情やモデルの個性の表現方法についても非常に興味深かったです。
祐真 なるほど。ルブタンさんは今回の展示方法が、作品の美しさをより際立たせていたと感じられたわけですね。篠山先生はそのあたりはいかがですか。
篠山紀信さん(以下、篠山) サイズ感についてはそんなに意識はしていませんでしたが、ルブタンさんの視点は面白いなと思います。私自身が見ていただく方にいちばんに感じてもらいたかったのは、自分が今立っている場所に裸のモデルが立って、まさにその場所で撮られたのだという事実。過去と現在が入り乱れて不思議な気持ちになるのは、この美術館が80年前に建てられた建築物だということと元は私邸だということも密接に関係しています。そういう場だからこそ、他にはない特別な雰囲気が出るとも思っています。
ルブタン おっしゃる通りだと思います。私も建築が好きですが、単に写真を見るだけではそのスケール感はなかなかわかりづらいものです。実際にここを訪れてみると、建築物自体が美しいのはもちろんですが、建物とヌードが融合された作品が展示されていることで全体のスケール感がよくわかりますし、この空間がより引き立っています。バランスがすごくいいのでしょうね。館内のいたるところでヌードを撮り、その場所に展示をしているということも、面白さを引き立てる重要な要素になっていますよね。
篠山 そうなんです。そこは私が狙ったところでもあるんです。
ルブタン それはやはり篠山先生が類稀なる才能をお持ちだからこそなのでしょう。以前、ロシアのボリショイ劇場に行ったことがあるのですが、そこは舞台の奥行きが80メートルもあったんです。その場所で人物写真を撮りたくて、私としては写真を撮ればその奥行きが出るだろうと思っていたらそんな簡単なものじゃなく、全く奥行きが感じられない写真になったことがあります。ですので、なおさら「美しさ」と「スケール感」というのは深い関わりがあるのだと感じましたし、プロの写真家の手にかかるとこんなにも美しく表現できるのかと、今日の体験を含めてとても強く感じています。
祐真 ところで、今回の展覧会に登場したモデルは、ほとんどがルブタンさんの靴を履いています。ご覧になってどう感じましたか。
ルブタン 私は、24年前から自分の名前でブランドを立ち上げて靴を作っていますが、最初は着飾るための靴、いわゆるドレスシューズだけを作っていました。そのうちにアンドレス、すなわちヌードに近いようなシンプルな靴も作るようになったのですが、本日拝見した作品では、ドレスシューズじゃない靴を選んでいただいていましたね。シューズだけが目立つということでもなく、ヌードと自然に一体化していてとても美しいと感じました。
祐真 ヌードと靴の「一体感」は、僕自身がスタイリングで最も強調したかったところでもあります。撮影当日はいくつか他のブランドの靴も用意していたのですが、結果的にほとんどがルブタンさんの靴になりました。この撮影ではルブタンさんの靴が裸の女性にすごく合うということを改めて知ることができましたし、出来上がった作品も美しく感動的でした。
Page02. 靴は女性を引き立てるものでありながら、消えるものでもある
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靴は女性を引き立てるものでありながら、消えるものでもある
篠山 ルブタンさんは服に合う素晴らしい靴をいくつも作っていますが、この展覧会で登場する靴は全て、裸と一緒になることでより魅力的に見えていると思います。ですから結果的には、ルブタンさんのヌード写真でもあると思っていますよ(笑)。
ルブタン ありがとうございます。篠山先生から嬉しいお言葉をいただいて、1980年代に師匠から靴作りを教えてもらった時に言われた言葉を思い出しました。「靴は女性を引き立てるものでありながら、消えるものでもある」。つまり、スタイリングをした時に靴がぴったりマッチしていれば、女性の個性が如実に引き立ち、靴の存在感は自然と消えるものだということです。これは私の師匠が1950年代にクリスチャン・ディオール氏から言われたものだそうなのですが、まさに今回の展覧会に当てはまる言葉だと思います。さらに、私は靴のデザインをする時は、服を着ている女性ではなくヌードの女性でスケッチをしています。そういう意味でも、今回の篠山先生の作品には感覚的に近いものをすごく感じますね。
篠山 大事なのはまさにそこです。ルブタンさんの靴じゃなくちゃいけないんですけれど、だからといってルブタンさんの靴が主張しすぎているわけでもない。私が作品を通して伝えたいことを一番美しくストレートに表してくれているのがルブタンさんの靴ということです。主張しながらも、いつしか存在が消えるのもしかり。作品を邪魔しないどころか、むしろ盛り立ててくれている。かといってルブタンさんの宣伝写真にはなっていない。私はそういうところもルブタンさんの靴のすごいところだと思いますね。
ルブタン 私自身、作品を拝見していて非常に面白いなと思ったのが、選んでいただいている靴がほとんど黒だということ。黒だからこそモデルの肌の色がさらに美しく見え、コントラストという部分でも効果的なのだと思います。そして、さっき先生がおっしゃってくださったように、作品の邪魔をしていない。肌の色はある意味ニュートラルな色でもあって、そこに黒い靴を合わせるということは、モノクロ写真に近いのかもしれませんね。そういう捉え方をしても興味深いと思いますし、それらの融合がお互いを邪魔していないのだということをとても強く感じました。
祐真 確かに、そういう見方も面白いですね。
ルブタン それに、選んだモデルもとても素晴らしいと思いました。普通、ヌード写真というとどうしても作られたものになってしまうし、ファッションとなるとポージングを含めて1つの見せ方に固定されてしまうものです。ですが、先生の作品は芸術としてヌードを捉えながらも、常に自然体で撮っていらっしゃる。ヌードそのものを尊重し、尊敬する気持ちが作品に現れていると思います。
篠山 ありがとうございます。私もモデルにポーズをしてもらってオブジェのようにしようと思っていなくて、撮られる側の感情が自然に出てくる動きをしてもらって撮っています。そこの部分をルブタンさんは洞察していただいたのかなと思います。
ルブタン この仕事を始めた当初、私はパリのフォリー・ベルジェールというミュージックホールでインターンをしていました。そこではダンサーたちのためのシューズのデザインをしていて、実際にシューズを履いて動く方たちのためにした靴のデザインが私の原点になっています。人工的に作り上げたものではなく、本物のリアルな動きや形を表現していく。そういう意味でも、篠山先生の作品と私の靴には、感覚的に通ずる美学があるように思います。今日は本当にありがとうございました
篠山 こちらこそありがとうございました。
祐真 素敵な時間でした。お二人とも、今日はどうもありがとうございました。
篠山紀信展「快楽の館」
会期|2016年9月3日(土)~2017年1月9日(月・祝)
開館時間|11:00~17:00
※11月23日(祝)をのぞく水曜は、20:00まで
※入館は閉館時刻の30分前まで
休館日|月曜(祝日にあたる9月19日、10月10日、1月9日は開館)、
9月20日(火)、10月11日(火)、年末年始(12月26日~1月4日)
入館料|一般1100円、大高生700円
※原美術館メンバーは無料
※20名以上の団体は1人100円引
会場|原美術館
東京都品川区北品川4-7-25
篠山紀信|SHINOYAMA Kishin
1940年東京都出身。日本大学芸術学部写真学科在学中から広告制作会社ライトパブリシティ写真部で活躍。1961年、日本広告写真家協会展公募部門APA賞を受賞。1968年よりフリーランスの写真家として活動を開始する。同年、最初の作品集「篠山紀信と28人のおんなたち」(執筆:三島由紀夫、発行:毎日新聞社)を出版。以来、刊行した写真集は300冊を越える。日本を代表する写真家として活躍を続け、受賞も数多い。
クリスチャン・ルブタン|Christian Louboutin
1964年フランス・パリ出身。幼い頃からナイトショーのダンサーのファッションや靴に興味を持つ。その後、シャルル・ジョルダン、シャネル、イヴ・サンローランなどの靴の製作に関わる。1991年にブティックをオープンし、自身の名を冠したブランド「クリスチャン ルブタン」をスタート。斬新かつフェミニンなスタイルがたちまち話題となり、ファッション業界で大きな注目を集める。1992年にはパリ、1994年にはニューヨークに路面店をオープン。2010年、日本初となる路面店を銀座にオープン。2012年にスタートした化粧品部門「クリスチャン・ルブタン・ボーテ」は日本では今年6月より展開開始。