連載・生方ななえ|第三回 「沁みる味」
Lounge
2015年4月8日

連載・生方ななえ|第三回 「沁みる味」

第三回 「沁みる味」

文・写真=生方ななえ

この本に最初に出会ったとき、なんてかわいらしい装丁なのだろうと、ひとめぼれして手に取った。それは、数年前のこと。

先日、本棚の整理をしていたら、シャンソン歌手である石井好子さんの著書『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』を見つけた。滞在先のパリで出会ったオムレツをはじめとする卵料理から、肉料理、サラダなど、料理とそれにまつわるエピソードが書かれているエッセイである。料理について写真などの説明はなく、文章とたまに小さな挿絵のみ。視覚的な細かい描写がないぶん、かえって読み手側の頭のなかでどんどん料理の想像が膨らんでいき、果てはほのかな香りさえ漂ってくるようだ。それは心地良く、ずっと幸せな気持ちにさせてくれる。

この本を読んでいると、母のお弁当のことを思い出す。

母のお弁当は、から揚げ、ゴマ和え、カボチャの煮物、うさぎのリンゴなど、私の大好物がいっぱい。そしてトマトの赤、卵焼きの黄色、ブロッコリーの緑と、色鮮やかで見た目も楽しい。冷凍食品は使わず必ず手づくり。あの小さな箱に、栄養を考えていろんなおかずをちょっとずつ、おかずが移動しないようにといって、ぎゅうぎゅうに詰める。ただあまりにもぎゅうぎゅうに詰めるので、作ったときにお弁当箱から上にはみ出したおかずたちは、蓋を閉めた瞬間、つぶれる。そして味が混ざってしまう。母はいろんな工夫をしてつぶれないようにするのだが、やはりつぶれる(それが母の人柄をあらわしているようで、そんなお弁当が私は好きだ)。味が混ざるのを嫌がるひともいるかもしれないが、私にとってのお弁当はそれであり、そしてとってもおいしいのである。

本に載っているのはフランス料理やいろいろな国で出会った料理で、和食を中心とした母の作るお弁当とはまったくちがうのだけど。

母が私のために作ってくれたごはん。
そして著者である石井好子さんもいつも誰かのためにごはんを作っている。

生方ななえ|モデル|巴里の空の下オムレツのにおいは流れる

小鳥のしおり。本から顔や尾っぽがちょこっと出ているのがな んともかわいい。

家族や友達との楽しくあたたかな食事。場所は、家のキッチンや居間、緑ひろがる青空の下……などなど。心込めたごはんを前にして、時には一日の疲れを癒し、時にはつらい胸の内を開け、時には明日への活力を気力・体力ともに備える。誰にでも思い当たることのある食事にまつわるすてきなエピソードが、この本には溢れていて、食べることのよろこび、心を込めて料理をつくる大切さを教えてくれる。

最後、本のあとがきには「おいしいものというのは、なにもお金のかかったものではなく、心のこもったものだと私は信じている」と書かれている……なるほど。

生方ななえ|モデル|巴里の空の下オムレツのにおいは流れる

『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』
著者│石井好子
発行│暮しの手帖社
定価│1050円

滞在先のパリやいろいろな国で出会った料理、家族やお友達との楽しくあたたかな食卓。すてきなエピソードが、食べることの喜び、心を込めて料理をつくる大切さを教えてくれます。1963年度(第11回)日本エッセイストクラブ賞を受賞、今なお読み継がれているロングセラー。

           
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