三原康裕│第3回 アバンティ代表取締役 渡邊智恵子さんと語る(1)
あなたがいま着ている「綿」をかんがえる
第3回 アバンティ代表取締役 渡邊智恵子さんと語る(1)
ファッションデザイナーの三原康裕さんが、社会的な活動によって世論を動かしている人びととの対談を通し、いま世界をより良い方向へ変えるためには具体的になにをすべきか、そして未来の“クリテリオン=基準”とはなにかを探る連載「Criterion MIHARAYASUHIRO」。
第3回目は、日本におけるオーガニックコットンの第一人者であり、オーガニックコットンのリーディングカンパニーであるアバンティの代表を務める渡邊智恵子さんにご登場いただいた。
写真=Jamandfixまとめ=竹石安宏(シティライツ)
農・工・商の分野に関わるオーガニックコットン
三原 渡邊さん、お久しぶりです。今日はよろしくお願いいたします。
渡邊 本当にお久しぶり。お元気そうでうれしいです。
三原 ではまず、渡邊さんが取り組んでおられるオーガニックコットンについて、あらためて概要と現状をご説明いただけますか?
渡邊 わかりました。綿というのは農業の分野と、糸から生地、最終製品にまで加工する工業の分野、さらにそれを商業の分野で売っていくという、3つの分野に渡る素材です。なかでも一般的に「無農薬有機栽培綿」と呼ばれているものは農業の分野ですが、工業においても生産過程で環境にダメージを与えます。オーガニックコットンはそれら3つの分野でいかに環境へのダメージを減らすか、その基準をつくることが大切なんです。
三原 なるほど。それぞれの分野で環境への取り組みが必要なんですね。
渡邊 そうですね。まず農業ですが、先進国と発展途上国では現在どのようにして綿の栽培が行われているのかをご説明するとわかりやすいでしょう。
先進国については機械化農業が発展しており、除草剤や化学肥料、殺虫剤などの化学薬品に頼りきっていいます。また綿は枯れ葉剤を使って機械で収穫することも多いんです。
それと水についても抜きには語れません。綿の栽培には大量の水が必要であり、地下水などを汲み上げ、灌漑施設がつくられています。現在環境問題は二酸化炭素や温暖化がクローズアップされていますが、つぎは水だといわれており、灌漑も地球上から淡水が減りつづける原因のひとつになっているんです。
三原 先進国の農業は生産性の向上とコストを抑えるために、そういったことを追求してきたわけですね。
渡邊 そうです。こうした近代的な機械化農業は、環境に甚大なダメージを与えてきました。それに対し、発展途上国の農業は環境ではなく、人へのダメージが大きいんです。
環境と人にダメージを与える綿花農業
三原 それは労働賃金や衛生上の問題ですか?
渡邊 農民の職場環境は非常に劣悪です。発展途上国の農民は文盲率がとても高く、殺虫剤や除草剤などを使う場合も注意書きをちゃんと読めないために誤って使ってしまい、世界で500万人に人的影響を与えているというデータもあります。
それに現在の農業は、遺伝子組み換え品種の種を買うことからはじまるというのが現状であり、それは先進国でも発展途上国でもおなじです。発展途上国の場合は収穫を抵当にして種を買うのですが、ようするに借金することからはじめなければならないわけです。しかし、農業は自然に左右されるものなので必ずしも返せる保証もなく、借金を苦にして心を病むようなケースもあります。また、農薬での健康被害も大きな問題です。
三原 精神的にも肉体的な面でも苦痛を強いられながら、農業を営んでいるということですね。
渡邊 はい。たとえばインドでは、ここ3年で農薬による疾患や借金を苦にした自殺により、およそ10万人の農民が亡くなっているといわれています。それにもうひとつ重要な問題が、児童労働が基本になってしまっているということです。
三原 ベースとして組み込まれているんですか。それは先ほどお聞かせいただいた、文盲の原因にもなっているんじゃないですか?
渡邊 その通りです。だいたい5歳から14歳くらいの女の子が労働者として駆り出され、小学校や中学校へ通えずに働いているわけですから、文盲率を高めていることにもなっています。
三原 それは教育制度の問題でもあるのでしょうか?
渡邊 もちろん発展途上国にも学校はあります。しかし、学費は無料かもしれませんが、教科書代を親が払えず通わせられない場合もあるでしょう。それに児童労働は労働賃金が安く、たとえばおなじ仕事でも子どもは一日10ルピーで、大人ではお母さんは20ルピー、お父さんは30ルピーになります。ですから、経営者としては安い労働者を雇用しますよね。それで大人の失業が増えるわけです。こうした状況が悪循環になっているんですよ。
三原 なるほど。コットンは衣類の大半に使用されていますが、現実的にはその大部分が、環境にも人にも悪影響を与えているといえるわけですね。
知られざる綿花農業の実態
渡邊 こうした現状は、繊維に携わるひとのあいだでもあまり知られていないんです。それはなぜかというと、日本における原綿は現在99.99%が外国からの輸入です。それに綿製品の約90%も海外からの輸入品となっており、農業の分野にまでは関心がいかないからです。
三原 たしかに、僕にもリアリティはないですよね。
渡邊 ですから私たちは、繊維業界のひとたちに原綿がどのような環境で栽培されているのかをもっと知っていただきたいと思っているんです。それは「オーガニックコットンに替えてください」ということではなく、いまの現実を知っていただくこと自体が大事だと思っています。
三原 いまのお話では、コットンは悪い面ばかりですね。
渡邊 環境やひとに対してはそうですが、実際に従事している農民たちは綿で食べているわけですから、なくしてはいけないものだとも思いますね。
三原 そうですね。では、先進国の綿花農業の現状はどのようになっているのでしょうか?
渡邊 先進国においても、綿花栽培はあまり良い状況とはいえません。先ほどお話したように、コットンは水を使えば収穫量は増えますが、その分費用がかかります。つまり農作物としては効率が悪いんです。それとオーガニック農法というのは輪作をしなければならず、土さえオーガニックにしておけばなにを植えてもいいわけですから、収穫金額の大きい作物を植えるのは当たり前のこと。綿花は収入金額が比較的低い作物になりますね。
三原 その分、綿花を栽培する農家も減っているんですね。
渡邊 そうですね。1エーカーの畑でなにを栽培すればどれだけ収入が得られるかということは、農民にとっては死活問題なので重要です。そういった面で近年問題になっているのがトウモロコシであり、化石燃料の代替えエネルギーであるバイオエタノール原料として価格が高騰しています。農産物でも食料としてではなく、エネルギー面で注目されているんです。そのため、おなじ畑でも収入が大きいので農民はトウモロコシを栽培するようになるわけです。こうした状況はアメリカに多くなっていますが、ブラジルも現在トウモロコシで潤っています。
渡邊智恵子
1952年北海道斜里郡生まれ。明治大学商業学部卒業後にレンズ製造会社であるタスコ・ジャパンに入社。1985年、同社副社長就任中に子会社としてアバンティをに設立し、代表取締役に就任。
1990年にはじめてオーガニックコットンに触れ、同年アバンティに専念してオーガニックコットンを専門に扱うようになる。1993年にはアメリカ・テキサス州に現地法人を設立し、日本テキサスオーガニックコットン協会の設立に尽力。2000年からはNPO法人日本オーガニックコットン協会(JOCA)の副理事長に就任。NPOへの参加や講演会などを積極的に行い、オーガニックコットンの普及やグローバルスタンダード確立のための活動を行っている。
アバンティ直営ウェブストア「プリスティン」
http://www.pristine.jp/