ピーター・バラカン×中野香織「21世紀のダンディズム」を語る(第2回)
Lounge
2015年3月18日

ピーター・バラカン×中野香織「21世紀のダンディズム」を語る(第2回)

中野香織『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』発刊記念

ピーター・バラカンさんと21世紀のダンディズムを語る(全4回)

第2回 現代イギリスの階級意識──「イギリス人が口を開けば、誰かに嫌われる」

第1回では、「ダンディズム学」は日本特有の現象かをテーマに、ピーター・バラカンさんにお話をうかがいました。
今回は、イギリス出身のバラカンさんが見たチャールズ皇太子や故・ダイアナ妃、英国貴族など、現代イギリスの階級意識について語ります。

文=中野香織Photo by Jamandfix撮影協力=レ・コントアール・ド・ラ・トゥールダルジャン

細分化した階級意識

ピーター・バラカン 今回は中野さんから対談の相手として指名されましたが、ぼくはそれほどカッコマンじゃないですけど……。

中野香織 ナルシスティックなのは好かれないようですね。でもダンディってナルシストが多いんですよ。ブランメルなんかも同時代のひとに必ずしもよく思われていないのですが、「外見ばっかりにこだわりやがって、ほかにすることはないのか……」っていうイライラをかきたてたのかもしれません。

バラカン それもそうかもしれないけど、なによりも、自分の階級から這い上がろうとしたことが許せなかったんじゃないですか? イギリスって、すごくそういうところがあるんですよ。とくにあの時代だったら、なおさらそういう感覚は強いと思いますね。

中野 今も、ですか?

バラカン かなり、ですね。

中野 トニー・ブレアが「クラスレス・ソサエティ(階級なき社会)」ということを言いはじめたあたりから、階級、階級って昔ほど言わなくなったのかと思ってました。

バラカン ケイト・フォックスというひとが書いた『ウォッチング・ジ・イングリッシュ』という本があるんですけど(Kate Fox, Watching the English: The Hidden Rules of English Behaviour)。イギリス人の態度とか行動について書かれた、わかりやすい本で。昔だったら上・中・下と分かれていたクラスが、いまは境界がぼやけていて5つぐらいになっていると書かれています。アッパーミドル、ロウワーミドルがくわわって。

中野 まんなかが細分化された感じですね。

バラカン アッパーとロウワーのミドルが、非常にこだわる。自分がミドルじゃなくて、アッパーミドル、だとか(笑)。ほんとうに上流のひとたちは案外、こだわってもいないし、偏見ももっていない、ということらしいです。

著者・中野香織さんより「サイン本」プレゼント!

中野香織さん

中野 今の保守党党首のデイヴィッド・キャメロンも、ロンドン市長のボリス・ジョンソンも、上流階級で、偏見から自由だなという印象はあります。とりわけジョンソン市長なんて、身なりもあんまり気にしなかったりしますものね。

バラカン トニー・ブレアが言うほど、クラスレスではないですよ。拝金主義の方向へ変わってはいるけど、まだまだ、階級意識は根強い。

中野 具体的には?

バラカン しゃべり方ひとつとっても、ちょっと難しい言葉を使ったら軽蔑されたりとか。

中野 えーっ!?

バラカン 相手が誰かによるけれども。今はどちらかといえば、庶民ぶるというか、自分の実際の階級、生まれ育ちよりも、ちょっと下に見えるような話し方をするのが、流行っています。

中野 逆スノビズムですか?

バラカン 上流ぶるくらいなら、くだけてみるほうがいい。そういうところはけっこうありますね。そんな雰囲気のなかで、ふつうにきれいに話したり、インテレクチュアルに話したりすると、ダメ(笑)。

中野 けっこう気を遣いますね。

バラカン ダイアナ妃のころあたりからかな、庶民的な話し方をするひとが増えたのは。

中野 80年代、スローンレンジャーが話題になりはじめた時代?

バラカン ダイアナ妃はけっして女王のようなしゃべり方はしない。チャールズ皇太子はするけれども。ダイアナも、絶対そういう環境で育っているはずなのに。あの世代から、変わりましたよね。

中野 ダイアナ妃は意図的にそんなしゃべり方をしていたのでしょうか? 王室の慣習を破ってやるわ、みたいに……。

バラカン いや、あの時代のムードだね。無意識になびいていくもの、かな。ダイアナ妃はチャールズと結婚する前からそんな雰囲気がありましたよ。べらんめえにしているわけじゃないけど、普通のひと、というような。上流なのに庶民的、というのがいちばん、好かれる。

中野 ボリス・ジョンソンもそうですね。むしろエキセントリック。狙ってるのかな? と思ったりしますけど。

バラカン イギリスはエキセントリックを愛でる国ですからね、日本とちがって。お金持ちは自分の道を行く、というひとは多い。それはそれで誰もとやかく言わないところはあります。

英国貴族といっても……

バラカン 昔からことわざみたいな感じで、「イギリス人が口を開けば、誰かに嫌われる」という表現があります(笑)。しゃべり方ひとつで、家庭、教育、バックグラウンド、すべてを物語るから、あるひとに対しては、すごく隔たった印象を与えることがあるのです。

中野 どういう場合に、嫌われるんですか?

バラカン 高いところからは、嫌われない。下から、ですね。とくに近いところの下。ほとんど「ねたみ」だと思う。

中野 外の世界からはそういうふうには見えないところが、またコワい。

バラカン 上流志向の強いひとほど、ねたみは強いかもしれませんね。昔は自分の身分をわきまえているというか、満足しているひとには「そういうもんだ」という意識があって、這い上がろうという野心なんてなかった。おそらくアメリカの影響で変わったんじゃないですか?

中野 アメリカの影響で平等になる、というわけではなく?

バラカン クラスシステムは何百年もつづいてきたからね。ブレア政権のときに、貴族院(House of Lords)の議員は世襲制ではなく、一代限りに変わりましたよね。それでも貴族の意識がなくなるのに、あと100年はかかると思います(笑)。

中野 今は貴族っていっても称号だけの貧しい貴族も多いですよね。

バラカン 大邸宅はあってもお金はないから自宅の一部を観光地にして観光収入で生活していたりとか。

著者・中野香織さんより「サイン本」プレゼント!

ピーター・バラカンさん

中野 ナショナル・トラストの大邸宅なんかでそんなリアルな現代貧乏貴族の暮らしぶりを見ることがあります。それから、貴族なんだけど庭師をしている、っていうひとの記事も読んだことがありますよ。「ロードなんとか」って名前の前に「ロード」がつく庭師(笑)。

バラカン それはそれで、なんだかいい感じではあるね(笑)。

中野 経済状態がいいから階級が高いってわけじゃなく、経済状態が悪いから階級が必ずしも低いわけでもない……。そのあたりがイギリスのおもしろいところですが、その複雑さが階級に対する感情をややこしくしている原因でもありそうですね。

ピーター・バラカンさんと21世紀のダンディズムを語る(全4回)
第3回 イギリスと日本のメディア比較
につづく

関連記事|中野香織プロフィール フレグランス道場

ピーター・バラカンのわが青春のサウンドトラック
(レコードコレクターズ増刊)
ミュージック・マガジン/1600円

60年代のロンドンで青春を過ごすという幸運──
はじめて行ったコンサートでビートルズを見た感激、デビュー間もないジミ・ヘンドリクスを生で聞いた衝撃──
1960年代~70年代初頭のロンドンなればこその強烈な体験の数々と、それらを通して音楽への愛と理解を深めていった若き日々…。
『レコード・コレクターズ』の連載「Once Upon A Time In England~ピーター・バラカンが語る十代の音楽体験」(2005~08年)が一冊に。当時見に行ったコンサートのプログラムやチケットなど超貴重品を満載したカラー口絵、愛聴盤ガイドつき!
http://peterbarakan.cocolog-nifty.com/blog/

01_shop_tour_daikanyama

撮影協力|
レ・コントアール・ド・ラ・トゥールダルジャン
Tel. 03-5428-4591
http://www.latourdargent.co.jp/daikanyama/

           
Photo Gallery